言ってはいけない言葉
結局二度寝は出来なかった。
たった七時間睡眠だ。寝不足の為、少しフラフラする。
寝付ける程ではないが、何かをするには集中出来ない。この絶妙な眠さが私を苛立たせる。
(これは隈ができてるかもしれない。
もしそうだとしたら、美少女生命の危機だよ)
私がそんな風に憂いていると、クラウスが呆れた様に注意してくる。
「あまりだらけ過ぎるなよ」
「だらけてません~寝不足ですぅ」
まったく失礼な。
このままじゃ魔法の特訓も儘ならないから、何しようか考えてると言うのに。
「寝不足っつったって、充分寝てるだろ」
「クラウスが寝なすぎなの。健康の為にきちんと寝なさい!」
「健康の為って言うならお前も運動しろよ――」
続くクラウスの言葉は衝撃的なものだった。
「――お前少し太ったぞ」
「……はあああぁぁ!?!?!?」
あまりに唐突な爆弾発言に、私の脳内は大いに混乱している。
(え、待って待って何。何で体重増えてるのバレてる訳?
昨日計ってからしっかり鏡見たけど、見た目に変化は無い。
これくらいなら、ちょっと触った程度でもわからない筈)
「多少の脂肪は必要だが、お前のは少し多すぎるな。
軽い運動くらいはだな――」
「な、なんでそんな事わかるの?
筋肉じゃなくても……ほら!身長伸びたとかかもしれないじゃん」
そもそも、私も偶然体重を計ったから気が付いたのだ。
クラウスがそこまで断定できるのはおかしい。
「忘れたのか?
空間魔法の力は記録だと言っただろう?」
「……それで私の体重も記録してたって訳?」
「そうだ。研究の為には出来るだけ長生きしてもらわなきゃ困るからな。
お前の身長体重、筋肉量や体脂肪率なんかは『測量』で全て記録してある。
俺は多少の知識があるだけで、治療なんかは出来ないからな。
健康な体を維持す――」
「最っ低!!」
怒りなのか羞恥なのか、私の顔は恐らく真っ赤だろう。
胸の内を暴れまわる感情をなんとかして吐き出して抑えようとするが、クラウスの説教は止まらない。
「実際に自己管理が甘いから俺がこうやって言ってるんだろ。
お前に足りないのは我慢だな。
その眠気も食欲も少し我慢すれば耐えれない事は――」
心は尚も掻き回され、私の言葉はどんどん鋭くなっていく。
「我慢我慢ってうるさい!
クラウスだって馬鹿にされるのが我慢出来なくて、里を飛び出したんでしょ!」
「お前、それは今は関係無いだろ!」
私はクラウスの傷はわかっている。
だからこそ、半ば無意識に其所へ攻撃を仕掛けてしまった。
「あーあー。まだ飛べない雛鳥の囀りは聞こえませーん!」
その言葉でクラウスにもスイッチが入り、そこからは汚い罵り合いが始まった。
「なんだと、胃袋寸胴鍋!」
「うるさい……ティラノサウルス!」
「睡眠時間五歳児!」
「っ!…………土竜!」
「ナマケモノ!」
クラウス程の語彙力が無い私が、悪口の言い合いで勝てる訳が無い。そもそも勝ち負け等無い戦いだが……
徐々に私が何も思い付かなくなり、本来なら其所で終わる筈だった。
「……蜥蜴!」
私が必死に捻り出したその言葉を切欠に、クラウスの動きがピタリと止まる。
まだ感情が収まらず、次の悪口も考えていた私は拍子抜けした。
「何?もう思いつか――」
「出ていけ」
今まで聞いたこと無い程の冷たい声と共に、コンパスと鍵を投げられる。
「道なりに北東四十キロ行った所にテイラーの家がある。
自転車はくれてやるからさっさと行け。二度と帰ってくるな」
私が何か言う前に、足下に『ゲート』を開かた。
家の前に落とされた私は、目の前のママチャリを呆然と眺める事しか出来ない。
残りかけの反論を防ぐ様に、今度は自転車の篭に私の荷物が落ちてきた。
――――――
風が木を揺らす音と、私の荒い息だけが聞こえる。
私は真っ直ぐな道をひたすら進んでいる。
時計がないから正確にはわからないが、二時間は経過した筈だ。
流石に疲れたので、一度自転車を止める。
水筒なんて便利な物も、湧水や湖も無い。
仕方ないので口を開けて『結露』で水分補給をする。
総量としては問題無いが、もっとゴクゴク飲みたいのだ。
「何も追い出さなくても良いのに……」
確かに私も悪かったが、そもそもの原因はクラウスのデリカシーの無さだ。
(……いや、それでも流石に悪口言っちゃったのはかっこ悪かったな)
今すぐ戻って謝ろうかとも思ったけど、何故突然あそこまで怒ったのかもわからない。
確か「謝罪に価値を感じない」みたいな事を言ってたし、よく分からずに謝っても許してもらえないかもしれない。
でも許してもらえなくても謝るのが明ちゃんのポリシーだし……
でもクラウスに許されないのはちょっとへこたれそうだし……
う~ん……考えが纏まらない。
「……取り敢えずテイラーに相談しよう」
結局目的地は変わらない。
私がペダルに足を乗せ、もう一度出発しようとした時だった。
突然、大きな地響きと共に強烈な砂埃が襲ってくる。
咄嗟に空気で壁を作り、砂埃を凌ぐ。
隕石でも落ちたのかと一瞬考えたが、それよりも現実的な危険だと私の勘が訴える。
(近くで感じたのは初めてだけど、これは――)
砂煙の中から女性と二体の龍が姿を表す。
それは私が最も会いたくない存在。
「里の龍人……」