譲らない親
「恐らくタツヤの父親だ。大方タツヤを連れ戻しに来たんだろう。
彼に見つかるのは流石に不味いから、直ぐに『ゲート』で――」
私が指を鳴らすとクラウスと私の姿が消える。
「『蜃気動』を使って衣装部屋に姿を飛ばしたから、ここに居ても大丈夫。
クラウスは先に帰っても良いけどどうする?」
私はタツヤ君を応援したい。
この場で出来る事は無いが、事情を詳しく知っておけば後で何か出来るかもしれない。
だから残る事にした。
「お前自信満々だが、その魔法は相手に探知系の魔法使われたら結構簡単にバレるからな?」
この魔法の欠点をよくわかっているクラウスの言葉に私は耳を塞ぐ。
大丈夫、今回は透明になるだけ。
不審な動きはしないから関知もされない筈。
「いや、普通は透明化も探知も出来ないからね?
……とにかく残るなら絶対にバレない様に」
「巫女って本当に凄いんですね」
この魔法は自信作なので、褒められるととても嬉しい。
どや顔で胸を張ったが、透明なので誰にも気づいてもらえなかった。
私の「残るのか?」と言う質問に対して、クラウスの返事はない。
一向に『ゲート』が開かないので、結局残るらしい。
タツヤ君に突っ掛かってたのに、少し意外だ。
私達が準備できた丁度その時、勢いよく扉が開かれる
「タツヤは居るか!」
「タツロウ、僕の家に勝手に入ってきてそれは――」
クラウス達よりも一回りくらい年上だろうか。
その男は、頑固親父感溢れる顎髭を蓄えていた。
テイラーの反応を見るに、この人がタツヤの父親で間違いないのだろう。
タツロウはテイラーを無視して部屋を見回す。
その視線は透明な私達を素通りし、タツヤの所で止まる。
取り敢えず見つからなくて一安心。
「今日は戦闘訓練をサボったそうだな」
「教官には、ちゃんと休むと伝えました」
「ここに来てると言う事は、サボりと同義だろう!
何の為に騎士団長に稽古を頼んだと思っている!」
普段は戦闘訓練なんてしてるのか。大変そうだ。
騎士団長って役割の人は何れ程強いんだろう。クラウスやテイラーより強いのかな?
……そもそも二人の戦闘なんて見たことないからわかんないや。
「タツロウ、タツヤには弟子にすると言った。
これからは訓練の合間にでも――」
「タツヤは竜人だ。研究者なぞと遊んでる暇は無い」
「父上!師匠に対してそんな――」
三人の話し合い?は続いているが、この感じだと望む結果にはならなそうだ。
一つ気になるのは、タツロウの態度だ。
最初の印象通り単に頑固親父だったら良かったのだが、テイラーへの見下した様な発言が、まるで庶民を相手にする貴族の様だ。
あまりに気になるので『この声よ届け』でクラウスだけに話し掛ける。
「ねぇクラウス――」
「馬鹿お前!話し掛け――いや、そう言えば音も曲げられるんだったな」
姿は見えないが、相当焦ったのが伝わってくる。
今回は双方向で糸電話の様にしたので、クラウスの声も勿論三人には聞こえない。
「研究者に対する態度って皆こんな感じなの?」
「……まぁそうだな」
「だが、龍人よりも弱い竜人は外に出た時の為に戦闘訓練だけに時間を費やすのが当たり前とされてる。
だから異常な此方に対して、普段より攻撃的ではある」
単に嫌な人って訳でもないのね。
「でも戦闘訓練も良いけど、外の知識とか身につけたり文化的な事もした方が良いんじゃないの?」
「元々筋肉馬鹿が多い種族なのもあるが、結界で閉ざされて凡そ二千年経つ。
そんな昔の知識で固めるより臨機応変に対応出来る武力が重視されるんだ。
今まで竜人も一人も帰って来てないし、人間の世界がまだあるのか疑問に思ってる奴すら居る」
閉ざされてから思ったよりも長いな。最早西暦じゃん。
「……ちゃんと人居るんだよね?」
「それはお前が証明しただろう」
「え、私が?」
私の頭はハテナマークで一杯だ。クラウス先生、出番です。
「お前、女神に勇者と間違えられたんだろ?」
「え、うん」
「女神が勇者を呼ぶって事は、魔王から守るべき世界がまだあるって事だ」
成る程、廃墟に勇者呼んでも仕方ないからね。
まさか外の事を何も知らない私が、唯一の情報源になるとは。
私達が話に夢中になってる間に、向こうの話も終わった様だ。
「タツヤ、帰るぞ」
「しかし父上!」
「タツヤ、いつでも来て良いから一度帰りな」
「二度と此処に来させるつもりは無いがな」
話が終わったと言うよりも、話にならないから終わらせたって感じか。
タツヤ君は少し抵抗したが、テイラーの言葉を聞いて渋々帰っていった。
もう隠れてる必要はないので『蜃気動』を解く。
状況は当初の予想より悪い。タツヤ君の夢が風前の灯だ。
こうなったら明ちゃんがどうにか……
そんな風に考えていると、クラウスとテイラーに肩を掴まれる。
「言っておくが、お前の存在が奴等に見つかるのが、俺達全員にとって一番良くない」
「技術はともかく、知識だけなら何とかなるかもしれない。
出来る限り紙に纏めて、タツヤに渡してみるよ」
言い方はそれぞれだが、それらの言葉が意味する事は同じ。
(私は何もするなって事か……)
だが、今は二人を納得させられるだけの考えがないのも事実。
私は渋々クラウスの家へと帰った。