詰んでないか?
―――テイラー視点―――
「はぁ……」
僕は溜め息を吐いて椅子に腰掛ける。
たった数時間ぶりの自室が愛おしく感じる。
「子守りと言うのは、こんなにも大変なのか……」
僕は今、十六歳の女の子を預かっている。
勇者以前の時代なら、もう成人済みの年齢だ。
そんな歳の子を預かる事を〝子守り〟と呼ぶのは不適切に感じるかもしれないが……あの子の事を知ってる人ならば理解してくれるであろう。
初めて彼女に会った時、僕は彼女にかなり失礼な事をしてしまった。
反省はしているが、僕のそんな事情は関係なく酷く嫌われる――筈だった。
別に態々嫌われたい訳ではないが、あんな事をされたのに、僕が謝っただけで「気にしない」と言うのは不思議だった。
とは言え、もう会う事もあまり無いだろうと思っていたら、割りと直ぐに遊びに来たのは不思議を通り越して最早不気味だった。
僕の事を嫌ってない人ですら遊びには一切来ない。貢ぎ物を持って交渉に来るだけだ。
友達の居ない僕にはどうしていいかわからなくて、保護者に尋ねたくらいだ。
『あれはなんなんだ?』
『……ああいう生き物だよ』
全く説明になっていなかった。
何を聞いても同じ答えしか返ってこない。
そもそもこの閉ざされた領域で、謎の人物など居る筈が無い。
里の人とも研究者とも会う僕が見当もつかない存在と言うだけで異常なのだ。
普段なら多めの対価さえ用意すれば秘密も気にしないが、ここまで関わってくると話は別だ。
僕は必死になって聞き出した。
クラウスによると、勇者世界から来た人間だと言う。
あの異質な服も、将棋も、彼女にとっては当たり前らしい。
そんな彼女の当たり前を引き出す為に、刺激を増やしたいと言う事なので協力することにした。
協力と言っても遊び相手をするだけだが……
さて、そんな彼女は人間なので、里の奴等に見つかる訳にはいかない。
そんな彼女を、この家で一人にしていいのかって?
大丈夫。龍人が来る時の特徴は教えたし、龍人でない奴なんて今は里に一人しか……
嫌な予感がして部屋から飛び出す。
それと同時に聞こえる玄関の戸が開く音。
僕の目の前には、メモを持って立ち尽くす彼女と、この里でたった一人の竜人が居た。
―――明視点―――
私の目の前には、私と同い年くらいの男の子が居る。
切り揃えられた綺麗な白髪が印象的だ。
いや、そんな暢気な事考えてる場合じゃないんだけども。
「やぁ、タツヤか?大きくなったな、いらっしゃい!」
廊下の奥からテイラーが全速力でやってきた。
なんか柄にもなく元気だ。私よりもこの状況に焦ってるらしい。
「あ、お邪魔しますテイラーさん。今日はですね――」
「取り敢えず、奥で話そう!」
テイラーは強引にタツヤ君の背中を押して連れていく。
さて、残された私はどうすれば良いか……
私の事を誤魔化さなきゃいけないもんね。
テイラーに付いて行って、話を合わせるのが正解かな。
―――テイラー視点―――
(なんで付いて来てるんだ!)
僕とタツヤが向かい合って椅子に座ると、何故か彼女も僕の隣に腰掛けた。
里に住んでいるタツヤを誤魔化すには、偶然居合わせた研究者のフリをして――いや、タツヤと同い年の子供を研究者と言っても変だな。
そもそもこんな狭い世界で見知らぬ同い年の人物が居る時点でおかしい。
……あれ、詰んでないか?
―――タツヤ視点―――
(この子は誰なんだ?)
僕は今日、テイラーさんの弟子になる為にここに来た。
すると、何故か見知らぬ女の子が居てテイラーさんの横に座っている。
テイラーさんも何故か頭を抱えてるし、多分この子は話に関係無いよな。
でもあまりにも気になるから、取り敢えず話しかけてみよう。
「あの……どちら様ですか?」
―――明視点―――
(……そりゃあそうだよね)
人の家に来て知らない奴が目の前に座ってたら、まず誰か尋ねるのは当たり前だろう。
さてどうしたものか。
私が誰かを説明するのは簡単だが、そんな訳にはいかない。
テイラーに任せようかと思っていたけど、何故か頭を抱えてる。
自分で何か設定を考える?……う~ん、しっくりくるのが思い付かない。
こうなったら自信満々で「ここに居るのが当然の人物である」感を出すしかない。
彼の質問への答えはこうだ!
「あなたの目的は、私が誰かを尋ねる事なのですか?」
―――タツヤ視点―――
(えぇ……)
なんなんだこの子。本当に誰なんだよ。
そもそも僕と同年代の子にこんな子居ない筈だし……誰かの隠し子?
いや……そうだ!
これはテイラーさんの作戦だ!
テイラーさんは僕が弟子になりに来たと気付いている。
だから僕を弟子にしない為に、態と変な人を呼んで話を有耶無耶にしようとしてるんだ!
なら、この子に構わず僕は僕の話をすれば良いんだ。
「いえ。僕はテイラーさんに話があって来たんでした」
―――テイラー視点―――
(今ので誤魔化せたの!?)
タツヤに質問された彼女が訳のわからない事を言い出したから、正直もう終わったかと思ったが……
だが上手くいったのならば、それでいい。
僕のやるべき事は単純だ。
タツヤに彼女の存在を疑問に思わせずに、タツヤを弟子にする話は断り切ればいい
……ハード過ぎないか?