忘れられない記憶、忘れてた記憶
私は、ふと疑問に思った事をクラウスに聞いてみる。
「なんで里から離れて暮らさないの?」
里の近くで暮らしてるから、微妙に里と関わりながら暮らさなければならない。
チート作物や空間魔法を持つクラウスなら、もっと離れて自給自足だってできる。
その方が自由気ままに研究できるのではないか、と考えたのだ。
「残念だが、里を中心とした一定の領域からは出られないんだ」
出られない?
魔王とかに「我にとって危険な龍は封印だ!」って感じで閉じ込められているのだろうか
そんな私の予測は半分当たっていたらしく、その犯人は意外な者だった。
「この龍の領域は女神の結界によって外界と隔てられている」
「いや女神様の仕業かい!」
「お前は何か勘違いしている様だが、別に女神が悪い訳では無いぞ」
びっくりした。女神様が龍を閉じ込めてるのかと思った。
結界とか言ってるしね。何かから龍を守ってるのかな?
一言で説明するのは難しいらしく、クラウスは結界が作られる理由となった出来事を語り始めた。
「昔は龍人も人間のフリをして普通の街で暮らしていたんだ。
種族の違いってのは、何時の世も争いの火種だからな。
その中でも龍にも人にもなれる存在は異端だ。
故に人前で変身しない事は、小さな子供でも守る絶対のルールだった」
隣人が実は龍でしたとかなったら「へぇ凄ーい」じゃ済まなそうだもんね。
と言うか、ちゃんと外には人間も居るんだね。
「しかし、ある龍人の娘が、龍の姿の時に偶然にも其所を進軍していた軍隊に見つかってしまったんだ。
龍とは言え、ろくに戦った事も無い娘だ。
屈強な軍隊に勝てるはずもなく、魔物として討伐されてしまった」
外には人間だけじゃなくて魔物まで居るのか。やっぱりなんだかんだでファンタジー世界だ。
そんな世界で突然ドラゴンと遭遇したら、そういった行動をとってしまうのも仕方のない事なのかもしれない
「そんな龍人を守る為に女神様は結界を張ったんだね」
なんて悲しい話なんだろう。
龍人が人を見下すのは、そんな過去があったからなのかもしれない。
「いや、娘の父親が復讐としてその国を滅ぼしたからだ。
だから、龍人を守る為ではなく、龍人から守る為の結界だな」
……そっちかぁ。
娘を奪われて復讐にしても、国まで滅ぼしちゃったかぁ。
「女神としても許容出来る範囲を越えたんだろう。
当時人間と暮らしていた龍人は全てこの僻地へと導かれ、結界によって外界と隔てられた」
結局女神様に閉じ込められてるのは正解なのか……
明確に誰が悪いとは言いづらい出来事だけど、悲しい話なのは間違いない。
「その当時の龍人達は、一人の行動のせいで全員が僻地に閉じ込められるのを、了承したの?」
「ここは大地も肥沃で鉱山資源も豊富。
魔物は平均よりかなり強いが、鍛え上げた龍の敵ではない。
更には種族を隠す必要もないときたら、そこまで嫌がる理由はなかったんだろうな」
龍人じゃなきゃ暮らすのは大変だが、龍人にとっては恵まれた環境って事か。
女神様もイレギュラーな事態は苦手そうだったのに、頑張ったんだなぁ。
――――――
次の日も、私はテイラーの家を訪ねていた。
今日は将棋ではなく、リバーシの対決だ。
「もう一回!」
「良いけどさ……勝つまでやるの?」
私の再戦要求に、疲れを滲ませながら応じるテイラー。
まだ七戦目だと言うのに。
「やるよ!」
「……少し休ませて」
私の元気な答えに、テイラーは余計に疲れた表情を見せて席を立ってしまう。
ゲームも頭を使うからね。普段から繊維魔法で頭を使って研究してるテイラーは疲れやすいのかもしれない。
テイラーが別室で休んでる間、暇な私はリバーシの石でコイントスをして遊ぶ。
真上に打ち上げて、コインを見ずにキャッチする練習だ。
そんなことして何になるかって?
出来たらかっこいいじゃん!
練習には失敗が付き物で、キャッチ出来なかった石が手に弾かれて廊下を転がっていく。
白と黒の転がる物体を追いかける私。
石ころりんと言った所か。
廊下を転がりに転がった石は、漸く玄関で止まった。
石を拾い上げた時に、目の前を見て、ふと思う。
(ここの玄関は引き戸なんだ)
メモを取り出して、引き戸に関して思い出せる事を書き連ねていく。
一体これが何になると言うのか、私にもわからない。
クラウスに「どんなにくだらなくても、気付いた事は全てメモしておけ」と言われているから、取り敢えず行っているだけだ。
普段は『ゲート』で直接来るので、テイラーの家の玄関を見るのは初めてだった。
だからこそ、クラウスの家は押戸だから違うなと気が付き、こんな所で立ち止まってメモを書いている。
さて、クラウスが何故直接部屋に『ゲート』を繋げるかと言えば、この家は里の人が訪れるかもしれないからだ。
テイラーは普通に飛べる龍人なので、里の人も然程馬鹿にする事はなく、貢ぎ物を持って服を貰いに来る事が稀にあるのだ。
里の人と会う訳にはいかない明ちゃんが、人が来るかもしれないテイラー家の戸の前で立ち尽くすのは、一見危なっかしく見えるだろう。
だが安心したまえ。明ちゃんはちゃんと考えているのだよ。
テイラーからは「来客の龍人は皆、飛んできて龍形態のまま着陸するから、衝撃で音が五月蝿い」と聞いている。
つまりは大きな音がしない限りは龍人の来客は無いのだ。
こんなフラグを立てたからだろうか。
『里の人達ってのも皆、龍になれるの?』
『龍の里って名前なくらいだしな。ほぼ全員がそうだ』
クラウスとのそんな会話を思い出したのは、静かに戸が開いた後だった。