変わらない夢のままで……
「あ、そうそう。クラウスに質問がある事自体は本当なの」
クラウスとの会話をこなしつつ、逆に堂々とチョコが入ったボウルに手を伸ばす。
「そうか。だが、さりげなく指をボウルに入れるのは――」
「熱っ!」
「――止めた方がいいって言おうと思ったんだがな」
ヘラに付いてたチョコが熱いんだから、ボウルに入ってるチョコが熱くない訳がなかった。
再び冷水のお世話になる。
「で、質問ってなんだ?」
「この『蜃気動』をさ、空間魔法の『ゲート』に潜らせてから『ゲート』を閉じたらどうなるの?」
見えない向こう側で変わらず動かせるのか、それとも接続できなくなるのか、霧散してしまうのか。
この答えによって出来る悪戯が……いや、単純な学術的好奇心だよ。
「なんであんな凄い魔法が出来るのに、そんなことがわからないんだ」
クラウスは少し考えると、マジックバッグから懐中電灯を取り出した。
勿論これも魔導具なので、正確には懐中電灯ではないが。
呆れた様に「なんでわからない」とか言いつつ、きちんと説明してくれるクラウスである。
「お前の『蜃気動』は、この魔導具みたいな物だ。
お前が魔導具自体で、照らされてる地点が幻だと思え」
クラウスがカーテンを閉めて部屋を暗くしたので、今はライトで照らされた食器棚だけがよく見える。
「そして『ゲート』はこのホースの両端だ」
いつの間にか太めのホースもマジックバッグから取り出している。
このホースは魔導具ではなさそうだが……ゴムっぽい素材も普通にあるんだね。
「さぁライトをホースに潜らせてみろ」
何かもう教育番組みたいになってきたね。
言われた通り懐中電灯をホースの口に当てる。
すると、ホースのもう片方の口から出た光はシンクを照らしている。
勿論、ホースを外してみれば再び食器棚を照らしている。
「つまり、上手くゲートを潜らせても、閉じちゃったら私の居る方に戻ってくるって事だね」
「そう言う事だ」
クラウスの説明は実に分かりやすい。
せっかくの機会だから、前から地味に気になってた事も聞いてみよう。
「魔法の仕組みが大体科学的ってのはわかったけど、空間魔法はどういう仕組みなの?
それだけは見当もつかないからファンタジー感凄いんだけど」
空気魔法は気体に関する範囲全般、熱魔法は色んな物の熱運動。
なら空間魔法は?
それがずっと疑問だった。
「良い質問だな。空間魔法は脳に記録できるんだ」
もう教育番組と言うより、時事問題番組の人って感じだなぁ。
「記録って、記憶と何か違うの?」
「記憶の様にぼんやりとした物ではなく、細部に至るまで完璧に保存するんだ」
う~ん……コピーとかバックアップとか、そんなイメージで良いのかな?
「例えば俺の『感知』は、周囲を記録する事を繰り返す魔法だ。
その記録の僅かな違いから、動く存在を見つけ出す」
ひょえー。なんか凄い面倒臭そうだ。
ファミレスの間違い探しより難しそう。
ファンタジーは現実の面倒臭い事を、ふわっと解決してくれるからファンタジーなのかもしれない
「あと『収納』なんかは、物体を記録して一度分解するんだ。取り出す時は記録を元に再構築する。
だから、収納した物をメモしておいたりしないと、記録は有るのに記憶が無いから永遠に脳の片隅に葬られる物が生まれたりするな。
……ここは笑う所だぞ」
なんか余計な話まで始まった。
それよりも物騒なワードが聞こえたのが気になる。
(分解?……再構築?……)
私の中で恐ろしい想像が生まれつつある。
これを確認する事は大きなリスクを伴う事だ。
だが、この時の私は不安に負けてしまった。
「……じゃあ『ゲート』は?」
「あれは、記憶にある二地点に膜を張ってな。その膜に触れた物を分解、もう片方の膜で再構築している。
勿論光も同じだから、向こうの景色が透けて見えて――」
クラウスが何か言っている。
それを理解したくない私は、否定を求めて核心に触れる質問をしてしまう。
「そ、それは『ゲート』を潜った私も?」
「勿論、一度分解されて――」
「いやあああ!!!」
実際に使ってて問題はないのだから、恐れる必要はないのかもしれない。
でも、あんな言い方されたら怖いじゃん。
知る事は良いことだけど、知らなくて良い事もあると思うの。
ファンタジーはいつまでもファンタジーのままでいて。