特別な一品
生きてます。
「ド、ドーナツ……?」
誰が口にしたかは知らないが、皆が同じことを思っている。
この街を揺るがす一大事件の最重要な証拠がドーナツと言われても、一体何の関係性があるのかさっぱりだ。
「たかがドーナツ、されどドーナツです。
……証拠品を此方に!」
メロディが手を叩くと扉が開かれ、袋を手にした衛兵が入ってくる。
美味しそうな香りが此処まで漂ってくる。恐らくあの袋の中に証拠品が入っているのだろう。
苺クリームの甘酸っぱ――
(……って、あ!苺クリームのドーナツって確か!)
盲点だった。まさかそれが重要な証拠品になるなんて思いもしなかった。
(つまり、ユウカちゃんが呼ばれたのは――)
私の思考が辿り着くのと同時に、メロディもユウカちゃんに向く。
「時にユウカ、貴女はこの匂いに覚えがあるんじゃなくて?」
メロディに言われるがまま匂いの記憶を辿るユウカちゃん。
暫く考えた後に「あっ!」と顔を上げて一人の人物を指差す。
「アカリお姉ちゃんの部屋で嗅いだ匂い!」
途端に周囲の視線が私に向く。
当然だが犯人は私じゃない。
「……ユウカ、その言い方じゃ、アカリが犯人みたいに聞こえるわ。
アカリの部屋で誰が来た後に匂ったのか、きちんと説明してくれる?」
メロディの指摘を受けたユウカちゃんは記憶の糸を辿り、ある二人組を指差す。
「えっと……あ、あの領兵さん達!」
クラウスを襲った疾風のウインディの後に来た、この領主の館の門番をしていた二人組だ。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ王女様!」
「?確かに俺達はその子の部屋には行きましたが、そんなドーナツの事なんて――」
「当然、知らないでしょうね。
何故ならこのドーナツはこのマグマが買って、逃走中の誘拐犯に踏まれてしまった物なのだから!」
大声で言い切ったメロディの迫力に、領兵達は口を噤む。
路地裏でこっそり食べていたのに、大々的にドーナツ好きを暴露されたマグマも縮こまる。
「領兵の服装はチェストプレート以外は自由。
領兵として訪れた時も匂ったって事は、今も決定的な証拠をべったりと付けた靴を履いてるのかしら?」
それは疑問の様な口調ではあったが、この部屋の誰もが二人の足下を注目するには充分な言葉だった。
疑惑の目に囲まれた二人は、額に汗を滲ませながら上擦った声で語り始める。
「そう……偶々!偶々それと同じドーナツを踏んだのかもしれない!」
「昼過ぎに二人で街を彷徨いてる時に馬の暴走騒ぎがあったみたいで、人の波に流された時に何かを踏んだ記憶が――」
暴走騒ぎ。フォースホースのバンバが暴れた時の事を言ってるのだろう。
苦しい言い訳にしか聞こえないが、あの騒ぎの中であれば確かにあり得なくはない話だ。
(――と、天才美少女でない皆さんは思うのだろう)
だが、天才美少女のアカリちゃん……とメロディは、獲物が自ら網にかかったのを見届けてニヤリと笑う。
「あれれ~?この街に住んでいるのに知らないの~?
この苺クリームスペシャルドーナツは一日に十個の限定品なんだよ?」
「朝から必死に並んで買った物を昼食に食べるでもなく、そんな
時間まで外で無防備に持ち歩く人が居るのかしら?
ねぇ、マグマ?」
「……ドーナツは作りたてが一番旨い。開店前から並ぶ様な玄人達はそれくらいわかってる。
人気の無い所で食べる俺が異端なだけで、普通はそのまま店内で食べるよ」
ドーナツ通のマグマの言葉がトドメとなって、遂に観念した領兵……もとい誘拐犯の二人は膝を突きお縄についた。
彼等が私の事を気にしていたのも、もしかしたら私が可愛いと言う理由だけではなく私が邪魔だったからなのかもしれない。
連行される二人組を見送ったメロディは「さて」と手を叩き、再び注目を集める。
「さて、それじゃあ推理ショーも本番……遂に首謀者を暴くとしましょうか」
やっと次回で謎が解き終わる予定です。
なるだけ早く投稿する予定です。