予想だにしない
「えぇ!?そうなの!?」
目が覚めた私に、メロディは正体や気絶してる間に何があったか説明してくれた。
アカの時の記憶はあるけれど、流石に気を失ってる間の事は知りようがないからね。
「まさかメロディのネコミミが偽物だったなんて……」
「そこなの!?」
「そこだよ!ケモミミは大事な所だもん!」
王女だと言う事も驚きだが、ケモミミ程ではない。
王族は地球にも居たが、獣人はこの世界にしか居ないのだ。
「少なくともお前以外には大事な所じゃねぇよ」
クラウスは興味ないと言わんばかりに、ケモミミの話題を切り捨てる。外を知らなかったクラウスにも珍しいだろうに。
……でも、クラウスが少女相手に「研究させてくれ」とか言い出したら嫌すぎるから、このままで良いか。
「それで?下調べしてた王女様達は随分とタイミング良く現れたが、何処までが予想通りだったんだ?」
クラウスの言い方はかなり棘がある。
言ってしまえば誘拐犯を捕まえる為にメロディに利用されたのだ。不機嫌になるのも致し方なし。
だが、それに対するメロディの答えは意外なものだった。
「そうね……敢えて答えるなら《何も》かしら」
「……何も?」
「ええ。何も予想通りじゃなかったわ。
貴方達が衛兵の詰所にやってくるのを待ってたら、突然拐われた子供達だけが現れるし。慌てて待機させてた衛兵を引き連れて乗り込んだら、貴方達は秘密の地下室で戦ってるし。
おまけにアカリが実は竜人で様子がおかしい。
これの何処を予想しろって言うのよ」
「う~ん……確かに」
改めて言われると、自分達が無茶苦茶してる様な印象を受ける。
常に最善手を尽くしてきた筈なのに、おかしいなぁ。
「クロウが直ぐに地下室を見つけたから良かったものの……
そうでなかったら商会長に言葉巧みに追い返される所だったわ」
そうか、あそこでクロウさんじゃなく本当に敵の援軍が来てたら、流石に不味かったかもしれないのか。
「クロウさん、助けてくれてありがとう。
それにいきなり殴りかかっちゃって、ごめんなさい」
「いえ、私はメロディ様の指示通り動いただけです。
それに怪我はしてないので問題ありませんよ、アカ……リさん」
先に緋の方を見ているクロウさんは幾らか私を警戒してる様だ。
やっぱり世の中、第一印象は大事な様だ。林檎泥棒を居候させてくれたクラウスが稀なだけだ。
「……ねぇ、それで今私達は何処に向かってるの?」
目が覚めた時からクラウスの背におぶられて、何処かに進みながら話していた。ネコミミカチューシャ事件で忘れかけていたが、思い出すとやっぱり気になるのだ。
「そんなの決まってるでしょう?
実行犯を捕まえたのだから、残るは黒幕よ」
角を曲がった先に見えたのは、この街で一番大きな建物――
――セイヴィア領主の館だ。
―――ダイ視点―――
中庭へと上がっていくエレベーターの中で、俺様は静かに怒りを募らせていた。
「あの野郎、俺様を騙しやがって……
あと少しで俺様の天下が戻ってくる筈だったのに」
剣舞のハチャなんて冒険者に頭を任せてから、ろくな事がねぇ。
絶対に捕まらねぇって言うから従ってやったのに捕まるし。
俺様に取引を持ちかけてきたあいつも、結局は偉そうに命令するだけでしかなかった。
「やはり、最後に頼りになるのは俺様自身の力だけだな」
俺様は衛兵が現れた時のどさくさに紛れて、染色魔法で魔法使いの一人を俺様の様に仕立て上げ自身は背景に溶け込み、やり過ごしていた。
白衣の男にかけられた薬品のせいで肌は痛むが、効果は弱まってきた様でギリギリ耐えられる程度だ。
「なんで俺様が痛い思いをしてまで、必死に逃げなきゃいけねぇのか」
それもこれも全て化け物女のせいだ。
いつか必ず復讐してやる……と言うか、街中でけしかけた魔物がさっさと殺していれば、こんな事にはならなかったのに。どいつもこいつも役立たずばかりだ。
「……おっと、中庭にはまだ衛兵が居るから、また染色魔法をつかわなきゃだな」
エレベーターが上まで辿り着き、仮設トイレの扉を開く。
景色に溶け込んだ俺様は気配を殺し、人にぶつからない様に慎重に進む。
(魔法の特性上、獣人の様に嗅覚が鋭い奴には気取られるが、これだけの人が出入りしてる状況で、俺一人を嗅ぎ分けられる奴なんて居やしまい)
そう、決して嗅ぎ分けられない。
その臭いに恨みを持つもの以外には――
「ブルルッ!」
力強い鼻息を浴びたダイが振り返ると、そこに居たのは見覚えのある魔物だった。
「な、なんで……?」
自分がけしかけた事を、この魔物自身は知らない筈だ。
男はそう考えていた。
だが、様々な臭いが入り乱れる商店街を通っても平気な魔物が、暴れだす程に強烈な臭いを放つコリオーバー。その粉末を投げつけた手には、例え人間の嗅覚では分からずとも確かにその臭いが残り続けていたのだ。
「ま、待て。話せば分かる……」
腰を抜かし、慌てて後退る男。
しかし、怒りに満ちた獣に言葉など通じない。
振り上げられた蹄は、確かに男の脚を捉えた。
「ぎゃあああぁぁぁ!!!」
その叫び声から衛兵に見つかったのは言うまでもない。