戦う緋は構わない
―――クラウス視点―――
まるで流れ出た血液がそのまま纏わりついたかの様な、緋い鱗に覆われた左腕。
ガリガリと口に残っていた飴を噛み砕き獰猛な笑みを浮かべるアカリ……いや、あれは――
「さぁ、漸く俺の時間だ!」
――アカだ。
―――ダイ視点―――
「や、奴が竜化した!」
「慌てるな!ああなった奴はただ殴ってくるだけだ。
隙を突けば大した事はない!」
一度はあれに煮え湯を飲まされたが、どんなに厄介でも初めから対策を立てていればどうとでもなる。
「喰らいやがれぇ!」
「ひっ!」
高速で跳んできた竜の拳を、部下の一人が怯えながらも剣で受け止める。
小娘如きに怯えるなと叱りたい所だが、竜化した奴はまるで別人の様に態度も豹変していて、その不気味さに恐怖する気持ちは理解できる。
バキィ!
部下が受け止めた剣に皹が入る。
(バリトン商会から渡された一級品がこうも簡単に破損させられるとはな……)
目視で追う事も出来ないその拳の威力は想定以上だが、受け止めた事に価値がある。
「今だ!一斉に斬りかかれ!」
振り切った腕を戻される前に四方から斬りかかる。
体を捻り最低限の傷で抑えた様だが、幾らかは傷を付けられた。
竜人の驚異的な回復力は竜化した部分だけ。
つまり奴の左腕以外に付いた傷は、確実に奴を消耗させる事に繋がる筈だ。
更に、今しがたエレベーターから降りてきたのは、商会が雇った魔法使いの傭兵達だ。
遠距離からの攻撃も加われば、接近戦しか能の無い奴等には万に一つも勝ち目はない。
「化け物女!俺様の作戦の前で、いつまでその威勢が続くかな?」
―――クラウス視点―――
アカの攻撃は相変わらず凄まじいものだったが、盗賊達に合理的に対処される。
『『敵を焼き尽くせ――ファイアボール!』』
魔法使いも加わった事で更に傷が増えていく。
それもその筈だ。例えアカに変わろうとも、アカリが魔法をほとんど使えない現状は変わらないのだから。
俺が苦戦したアカの強さは『感知』による対応力と『プロト』による予測不能な動きがあったからだ。
アカリでいた時よりも戦力になるのは確かだが、傷つく事も厭わずに戦う様は非常に気に食わない。
(あの体はアカリの物だ!)
俺の対処をしていた盗賊達を怒りに任せて無力化し、アカの下に向かう。
アカが敵を倒す為にアカリの体を犠牲にするのならば、俺がカバーに徹するまで。
再び飛び込もうとしたアカの首根っこを掴み、別の敵へ拳を誘導する。
「クラウス……てめぇ、また俺の邪魔をする気か?」
「馬鹿言え、無鉄砲な奴の尻拭いをしてるだけだ」
それは不満げなアカに向けた答えだったのか、俺に相談もせずに勝手な行動をとったアカリへの言葉だったのか、俺自身にも分からない。
俺の答えに舌打ちをしたアカだったが、少なくとも俺を攻撃する気は無い様で再び盗賊へ向かっていく。
アカに斬りかかった剣は溶刀ムラマサで溶解させ、火炎魔法は冷刀オオデンタを抜き切り捨てる。
俺が盾となり、アカが矛となる。
互いの思いを全く理解し合わない歪なコンビネーションだが、盗賊達を確実に追い詰めていった。
「さぁどうする?頼みの援軍も大した事は無かったが?」
「くっ……」
歯を食い縛り悔しがる染色男。どうやら既に万策尽きた様だ。
ここからは消化試合かと俺が安心した途端、再びエレベーターが動き出す。
「……はっ!流石は天下のバリトン商会。まだまだ援軍を送ってくれる様だぜ」
今度は俺が舌打ちをする番だった。
アカになったとてアカリの体力が無尽蔵になる訳じゃない。
ペース配分など考えないあの戦い方では、時間がかかる程にアカリの傷が増えていく。
次は一体どんな奴が現れるのかと警戒し、エレベーターの扉を見つめる。
だが、開かれた扉の向こうに立っていたのは、一人の黒髪の青年だけだった。
「な、なんだ?次の援軍は子供一人なのか!?」
俺も戸惑う染色男と同じ感想だ。
その優雅な立ち姿はとても戦いを生業とする者には見えない。
俺達が一瞬呆けてる間に、考えなしは動き始めていた。
「何にせよ敵なら殴り飛ばすだけだ!」
俺が止めるよりも早く、アカの拳が青年の顔面を砕いた
――筈だった。
「いきなり殴りかかるとは乱暴な人ですね。
聞いていた話とは随分と違う様だ」
アカの拳を片手で受け止めた青年は、何事もなかったかの様にそう呟いた。
次回、12日