今ならまだ遅くない
「……いや、直接依頼をやってる所なら、1ヶ所だけある」
マグマの言葉にメロディは目を丸くしている。
そりゃあそうだろう。だって今さっき解説した事が真っ向から否定されたのだから。
そんなメロディをフォローする様に、マグマは言葉を付け加える。
「専属契約をした冒険者にだけ直接依頼をしてるんだよ。
例え揉め事が起こっても、金の力で解決出来る様な所がな」
お金で解決なんて、いかにも悪の組織がやりそうな手法だ。
「その店の名は、バリトン商会だ」
(バリトン商会……何処かで聞いたことある様な――)
「商堂の向かいの店か……確かに建物は大きかったから、子供達を隠す部屋の一つや二つありそうだな」
クラウスの言葉で思い出した。アキナさんのお店に行った時に見たんだ。
ソプラ様も訪れる店らしいし、お金持ちである事に間違いはない。
「商売に絶対は無いわ。どんなに大きな商会でも政治や気象の変化、流行り病の一つで大きな打撃を受ける事もある。
そんな時の保険として四大国の何処にも属してない冒険者組合との繋がりは重要な筈なのに、それを捨ててでも専属契約を行ってるって事は大きな後ろ楯があると考えられるわね」
「帝国絡み説が信憑性を増してきた訳か……厄介だな」
「それなら、この街に居る間に早く助けに行かなきゃ!」
私の言葉に皆も頷く。
「またバリトン商会に居ると確定した訳じゃないが、それを調べる為にも取り敢えず忍び込んで中を探ってみるとするか」
クラウスの肯定的な返事を聞いたので、私は立ち上がる。
「よし、行くよ。バリトン商会へ!」
決意の一歩を踏み出した私の襟をクラウスに掴まれる。
「えげぇ!」
軽く首が絞まり、ひしゃげた蛙みたいな声が出てしまった。
「なに意気揚々と進もうとしてんだ。お前は留守番だ。
疲労で魔法使えない事を忘れてんじゃねぇ」
クラウスの言う通り、魔法の使えない今の私はほとんど普通の天才美少女女子高生だ。臭いも姿も声も消せないし、最高速度もインターハイ出られない程度だ。
だけど、子供達だけではなくクラウスの事だって心配なのだ。
もし、子供達を助けて逃げようとした所で見つかったら……
守りながら戦う事の大変さは身に染みている。
……やっぱり、ただ待っているだけなんて私には出来ない。
「嫌だ!私も行く!」
「駄々を捏ねるな」
「駄々でも屁理屈でも幾らでも捏ねるから!
粘りがでるまで捏ねてやるからね!」
「お前の言葉はハンバーグかよ!
なんだ?活躍が出来なくて妬いてるって話か?」
「違うよ!上手に調理してその口塞がせるって事だよ!」
私達が睨みあってると、メロディが「はいはい」と言って手を叩き、そちらに意識を向けさせられる。
「貴女達、その低レベルか高レベルか分からない争いは止めなさい。
アカリの事だから、どうせ置いていかれても勝手に向かうわよ。諦めなさい」
今日出会ったばかりなのに、メロディは私への理解度がなかなか高い。
クラウスもそれは否定出来ないのか、溜め息と共に飴玉を一つ私に渡してきた。
「それでも舐めとけ。少しは魔力も回復するだろう」
口に放り込んでも何の変哲もない飴玉だが、魔法には頭を使う世界なのだからこれで良い。
お腹も空いてたし誤魔化すのにもピッタリだ。
「てっきり『お子様には、これがお似合いだ』とか言われるのかと思った」
「……次からはそう言う事にする」
「待って、今のなし!忘れて!」
慌てる私に、記憶力のいいクラウスは微笑むだけだった。
―――マグマ視点―――
アカリとクラウスがバリトン商会に向かった事で、部屋には再び静けさが戻り、賑わっている一階の食堂の声が聞こえてくる。
すると、ユウカが恐る恐る話し出す。
「あの、そろそろ親も帰ってくる筈なので、家に帰りたいなって思うんですけど……」
最後になった鐘から考えて、恐らく今は午後九時前くらいだろう。
そんな時間になっても幼い娘が帰っていなかったら、親も心配するだろう。
「よし、わかった。それなら俺が送っていく」
まだ人通りもあるとは言え、拐われかけた恐怖から一人で帰るのは無理だろう。
それに俺も随分と横になってたから、怪我で消耗した体力も粗方回復したし問題ない。もし襲われても大声で助けを呼ぶくらいなら出来る。
花開くように笑顔になったユウカを見て、幾らかは安心させられた様で俺も安堵する。
帰り支度を始めると、それまで黙っていたメロディが口を開いた。
「……どうしても帰るの?」
「ああ。これ以上遅くなると人通りだって減って危ないし、クラウスも『ベッドだけしか置いてないから留守番の必要はない』って言ってたしな」
そう俺が答えると、メロディは「困ったわね……」と溜め息を吐く。
もしかしたらメロディも一人で居るのは心細いのかもしれないと思い当たり声をかける。
「メロディも家族の所に帰るなら一緒に送って行くが――」
ガチャ。
俺が最後まで言い終わる前に、黒髪の男が扉を開けて部屋に入ってくる。
また新たな領兵がやって来たかと思ったが、着用義務のある鎧を着けていない為、違うと断言出来る。
警戒する俺達にメロディが説明する。
「怯えなくて良いわ。私が呼んだんだもの」
その言葉にホッと息を吐く前に、メロディは更に言葉を続ける。
「尤も……貴方達を帰さない為に呼んだのだけれど」
吐きかけた息が途中で止まる。
「ああ、ユウカの家には連絡を入れておくから安心しなさい」
笑顔でそう語るメロディに、俺は一切安心出来なかった。
雑補足
・領兵の鎧
領主家の家紋が大きく描かれたチェストプレートの着用が義務付けられている。
昔は全身鎧が義務だったが、金属製の全身鎧では真夏や真冬の体調管理が難しい者も居る為、緩和された。
チェストプレートだけでは見映えが悪い為、今でも下半身にも装着する者は多いが、靴だけは履き慣れたものを使うのが一番だと結論付けられた。