絶対に許せない
―――ペイン帝国 テイラー視点―――
「「獣人奴隷?」」
「そうっす。この国に居る獣人は全員そうらしいっすよ」
そう言って屋台で買ってきた水飴と言う甘味を、棒を回して器用に食べるサラ。
人間の国に入ってから、まだ数日。僕達は此処での常識を覚えるのに手一杯だが、サラは既に溶け込んでいる。
そんな彼女が齎してくれる情報は、非常に役立つ物が多い。
「正確には終身雇用って言うらしいっすけど、街の人は奴隷と同じだって言ってたっす。
この国は人間至上主義で、他の国じゃ暮らせなくなった獣人の人権を、金持ちが優越感を満たす為に買い取って下働きさせてるらしいっす。他の国からの評判は悪いらしいっすけど、アタシは仕組み自体は合理的だと思うんすよね~」
水飴を咀嚼しながら淡々と話すサラ。
だが、この国の法律の良し悪しを語れる程、我々三人には知識がない。
「悪いけど僕には理解しかねるよ。タツヤはどうだい?」
「え、僕ですか!?……そうですね。奴隷と言う言葉は余り良い響きでは無いかなと……ウルさんはどうですか?」
「……興味ない」
この様に実のある会話は出来はしない。
(里の龍人だって女神の奴隷みたいなものだろう)
なんて言葉は胸の内にしまっておく。
「仕組み自体は良いんすけど、問題は実態っすよ。
これは噂なんすけど、どうやら奴隷の中には他の国から拐われてきた獣人も居るらしくて――」
「……そんな事より巫女と研究者を捜すべき」
痺れを切らしたウルがサラの話を遮る。この国の特徴を知る事は長い目で見れば巫女を捜す役に立つだろうに、ウルはそこまで考えられないのか、最初から考える気がないのか。
だが、サラは「まぁまぁ、最後まで聞くっすよ~」とウルを宥めた上で、彼女が聞く耳を持つ様に「巫女」と言う単語を強調して話始める。
「わかるっすか?巫女は里が嫌いな団長の弟に出会って間もないにも関わらず、わざわざ団長に楯突いてまで領域の外に連れ出したんすよ?
そんなお節介焼きのいい子ちゃんが、拐われてきて国に帰れない可哀想な獣人を見つけたらどうすると思うっすか?」
「……この国から連れ出そうとする?」
ウルの言葉に「そうっす!」と合わせるサラ。
「そんな事をすれば騒ぎになって勝手に目立ってくれるっす。逆に暫く経っても騒ぎの噂がなければ、この近くには居ない事がハッキリするっす。
だから、アタシらは此処で情報収集を続けてれば良いんすよ!」
確かに、それは実に合理的だ。普段は反発しがちなウルも感心している。
言葉遣いで中身の薄い人物の様に見せかけているが、実は有能な働き者なのかもしれない。
「だから、それまではこの街の食堂を制覇するっすよー!」
……はたまた只のサボリ上手か。
―――ミューゼ王国 明視点―――
「許せないよ!」
マグマの話を聞くやいなや、私は立ち上がり部屋から飛び出そうとする。
だが、マグマは私の腕を掴んで離さない。
「落ち着けって!俺も獣国出身の冒険者から聞いただけだ。
帝国が本当に誘拐してるのか、終身雇用制度を廃止させたい獣国の作り話なのか。どっちも有り得るんだ」
「奴隷扱いってのがまず許せないよ。こうしてる間にも、誰かが鞭で打たれてるかもしれないんだよ!」
「お前は何時代の話をしてんだよ!
家臣に暴力なんか奮ったら、何処の国の貴族でも牢屋行きに決まってるだろ!」
マグマの言葉に私は少し戸惑う。この世界の奴隷扱いは、日本人がイメージするものよりは待遇はかなりマシな様だ。
人権がどうのとも言ってたし、歴代勇者が平和の為に頑張った成果かもしれない。
少し落ち着いて考えてみれば、帝国がどれだけ遠いかも知らない私が一人で飛び出して何になるのか。今は近く確実に怖い思いをしてる子供達を助けるべきだ。
私の思考が纏まり座り直すと、クラウスは話を戻した
「なんにせよ、国が相手となったらそこから辿るのは難しいだろう。こうなったら別の線から考えてみるか……」
(別の線って?)
私がそう聞こうとした瞬間、バタンと勢いよく部屋の扉が開かれる。
皆が一斉に其方に目を向けると、そこに立っていたのはブカブカな領兵のチェストプレートを身に付けた、私と同い年くらいの女の子だった。
女の子は部屋の中を見回すと、クラウスを睨み剣を突きつけて宣言する。
「我が名は疾風のウインディ!
――覚悟しろ、誘拐犯め!」