忍びない調べもの
宿を出発した私とクラウスは、住宅街のど真ん中にある衛兵の詰所……の近くの路地裏に来ている。
その建物は小さめの警察署と言った感じで、流石に交番程は小さくないが領主館の敷地内にある領兵の詰所と比べると見劣りしてしまう。
「さてさて、事件の資料を見せてもらうでござるよ」
「なんだその語尾は……まぁ良い。
ここからは『蜃気動』と『この声よ届け』は常に使っておけ」
誰にも見られない様に物陰に隠れて魔法を唱えると、私とクラウスの姿が消える。
『この声よ届け』は声だけでなく音全般に有効だから、今回は呼吸音や足音も周りに聞こえなくする徹底さだ。本来は内緒話を相手の耳に直接届ける魔法である都合上、クラウスの吐息が耳元で聞こえてこそばゆいが我慢するしかあるまい。
「よし、行くぞ」
こそばゆさを体を揺らして逃がしつつ、衛兵の詰所に堂々と忍び込んだ。
――――――
意外と言っては失礼だが、中では衛兵の人達が忙しく動き回っていた。
ぶつかったら流石にバレるので避けるのに神経を使うが、この様子なら予想より更に警備は手薄そうだ。
『探知』
クラウスは建物内に空間魔法をかけて資料のありそうな場所を探してくれている。
クラウスが集中してる間、衛兵にぶつからない様に『サイコ』であっちへこっちへ動かしてあげるのが私の役目だ。
「……見つけた。二階の部屋に誘拐事件の資料らしきものが出しっぱなしにされている」
「管理が雑ぅ……」
まるで戸口の鍵を閉めない田舎の様な無防備さ。
そんな人達の所へ忍び込むのは忍びないが、これも世のため人のため耐え忍ぶしかあるまい。それが忍と言うものだ。ニンニン。
二階に上がると人も減り、私達はすんなりと件の部屋まで辿り着けた。
扉すら開けっ放しの不用心さは如何ともし難いが、私も家ではよくやるので人の事は言えないか。
「向こうの奥の机だ」
一切迷わずに歩みを進めるクラウス。
頼もしいったらありゃしない。
「よし、これに間違いないな」
クラウスに倣い私もその紙束に目を落とすと、そこには確かに《連続少女誘拐事件》と言う文字が書かれている。
ここは治安が良いと聞いてるし、似たような別の事件と言う事はないだろう。
早速クラウスが資料を手に取ろうとすると、二人の衛兵が部屋に入って来る。
「この部屋で良いんだよな?」
「ああ、間違いない……あの机だ」
クラウスは資料に伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。
透明な私達がバレる心配はないが、資料だけが浮いてたり資料を消すのは不味い。
私達はぶつからない様に少し離れてやり過ごす事にする。
「突然誘拐事件の資料なんか集めてどうするんだろうな」
「さぁ?パトロール以外の真面な仕事が回ってくるなら何でも良いさ」
二人が抱えている紙束は、どうやら追加の資料らしい。
気だるげに話してる様子は、メロディが言ってた程手柄に貪欲って感じでもない。だが、追加で資料を持ってきてくれるなら好都合だし何でも良っか!
すると、気だるそうにしていた衛兵の一人の耳がピンと立ち上がる。
「……誰か居る!」
静かに呟いた衛兵さんに「何故バレたし!?」と声を上げてしまうが、魔法を使っているので当然それは向こうに聞こえてない。
「馬鹿、臭いだ!あいつは獣人だ!」
クラウスの言葉でピンと来た。衛兵さんのピンと立った耳は恐らくシェパード。その嗅覚の鋭さは刑事ドラマでよく知っている。
「本物の犬のお巡りさんだぁ~」なんて燥いでいる場合じゃない。このまま見つかれば豚箱にポイ。ゼブラ柄の囚人服コースまっしぐらだ。
まだ新しく買った服だって大して着れてないのだ。捕まる訳にはいかない。
「……誰も居ないぞ。お前の気のせいじゃないか?」
犬のお巡りさんに言われて部屋中を見て回った衛兵さんが言う。
臭いを無かった事にしてしまうなら今がチャンス。
『マスク!』
獣人の衛兵さんにかける事で、その鋭い嗅覚を完全に封じた。
これで一安心かと思いきや……
「……いや、今度は急に何の臭いもしなくなった。明らかに変だ」
(しまったしまった、不味い不味い)
どうやら『マスク』では極端すぎた様だ。
自分に『マスク』を使っても大した違和感は無かったが、嗅覚の鋭い獣人は確かな違和感を感じるらしい。
こうなったら今ここで別の魔法を組み立てるしかない。
「お前の鼻の調子が悪いんじゃないか?」
幸いにも同僚さんの方はまだ深刻には捉えていない様子。
落ち着いて組み立てても十分に間に合う。
(えっと……他の臭いは通して私とクラウスの臭いを遮断するフィルターを鼻に――いや、そもそも私達から出る臭い自体を遮断すれば良いのか!名前は――)
『防臭!』
自分の臭いを抑え込む透明な着ぐるみみたいな魔法だ。
……これ、解除した後が臭そうだけど、まぁ良いか!
私とクラウスに『防臭』をかけた事で犬のお巡りさんにかけた『マスク』は解除した。一応『マスク』を外す直前に『換気』もしておいたので、私達の残り香もない筈だ。
「……あれ?元に戻った」
「ほら、やっぱり気のせいだって」
同僚に肩を叩かれ、犬のお巡りさんは首を傾げながらも資料を置いて部屋から立ち去る。
バタンと扉が閉められた事で、私はやっと安堵の溜め息を吐いた。