それでも頷けない
ピエロの仮面にフランクな口調、しかも声質からして年齢は四十代くらいだろう。
何処で出会ったって驚く人物であるが、これがセイヴィア男爵のノール様だと言うのだから更に驚きだ。
「素顔を見せられず、申し訳ない。
幼い頃に事故で顔に熱湯を浴びてね。傷痕が痛々しいから人に見せない様にしているんだ」
単純にヤバい人ではなく、仕方のない理由はある様だが――
「それにしたって……もう少し何とかならなかったんですか?」
仮面を選ぶセンスが余りにも欠けてる。
ピエロの仮面なんて、銀行強盗か殺人鬼くらいしかしないだろう。
「この仮面にも、きちんと意味があってね。
領民の笑顔を守る為なら、例え道化にでもなる。そんな僕の魂を込めてるんだ」
真っ直ぐにそんな言葉を突き付けられると、道化師の仮面も案外悪くない気はしてきた。
「尤も、評判は悪いから滅多に人前には出ないけれどね」
じゃあ駄目じゃん……
そう言いたかったが、不敬な気がしたのでギリギリで抑えた。
そう言えばアキナさんも「ノール様は凄腕だけど民に顔は見せなくて人気がない」みたいな事を言っていた気がする。
「それで、そんな滅多に顔を見せないあんたがアカリに何の用なんだ?」
クラウスが高圧的にノール様に尋ねる。
誰が見ても不敬なその態度にセバスチャンはいきり立つが、ノール様が手を上げて制する。
「そうだね……長話もなんだし単刀直入に言おう。
アカリ、君にはこのセイヴィア領の領兵になってもらいたい」
その言葉に私もクラウスも眉間に皺を寄せる。
「それって、スカウトって事ですか?」
「ああ、そうなるね。
バリトン商会のフォースホースが暴れた一件で、君は一切の死傷者を出さずに解決してみせたそうじゃないか。
あの件は君が居なければ大変な事になっていたと聞いているよ」
私の努力が評価されるのはとても嬉しい。
金一封とか貰えるのであれば喜んで受け取るのだが、定職となるとそうはいかない。
「断る。こいつはまだ子供だ。
それに俺達は旅人だ。ここに定住する気はない」
「君は、アカリの兄だったかな?少し黙っていてくれ。
今は君ではなくアカリの意思を聞いているんだ」
ノール様は厳しい言い方でクラウスを黙らせると、今度は優しく私に話しかける。
「勿論、研修期間は設けるし給与も成人と同じ基準で考えよう。住まいなら寮があるから心配はない。
その服……魔法学院の制服に似ているね。もし憧れがあるのなら推薦したって良い。あそこには――」
「なんでそこまでして……」
そんな疑問を溢したのは私だったかクラウスだったか。
それにノール様は何て事はない様に答える。
「どうしても君が欲しくてね」
口説き文句の様なその言葉。
もしもノール様が未婚で若くてピエロの仮面をしてなければ少しくらいはトキメいたかもしれないが、その仮定はどれも満たされてないので悲しい程に場は白けた。
「……ぅおっほん!少し冗談めいた言い方をしたが、本心である事は確かだ。
君程の正義感と実力が伴った魔法使いはそう居ない。
普段、領兵に関する事は妻に任せっきりな僕が自ら動く程だ。君は誇って良いよ」
「ふふん!」
ドヤとクラウスに仁王立ちで自慢するが、先ほど私がノール様に向けた様な目を向けられた。
「それで、どうだろうか。引き受けてくれるかい?」
ここまで評価してくれるし、憧れていた警察官的なお仕事に就ける、またとない機会だ。
だが――
「ごめんなさい。お断りします」
「何か問題があるなら出来うる限りの譲歩はするけれど――」
「それでも、ごめんなさい」
私達は龍人に追われる身だ。
龍の領域から一番近いこの領に定住するのは危険すぎる。
ノール様は私の瞳を二秒ほど見つめると、くるりと踵を返し部屋の出口へと向かう。
「わざわざ呼び立てて済まないね。
そのクッキーは好きなだけ食べてくれて構わないよ」
意外な程にあっさりと諦めてくれたが、とにかくこれで一件落着。
クッキーを食べたらのんびり帰って――
と、そこまで考えて思い出した。
(違う。私の目的は直談判だった!)
ノール様に捜査の手伝いをさせてもらえる様に頼む事を忘れていた。
向こうからの用件を聞く事を優先させてたら、すっかり忘れてしまっていた。
私の事は評価してくれていたし、きっと快諾してくれるだろう。
「あ、待って下さい!お願い――もごっ!」
閉まりかけた扉に対して声をかけるが、言い終わる前にクラウスが私の口を塞いだ。
「何か言ったかい?」
ひょっこり首を出して戻ってきたノール様に対して、クラウスは首を横に振る。
「いいや、なんでもない」
「そうか」
それだけの会話で、今度こそノール様は行ってしまった。
「大事な話があったのに何すんのさ!」
手を離したクラウスにプンスコと猛抗議するが「帰ったら説明する」の一点張りで答えてくれない。
私は不満とクッキーで頬を膨らませて、宿屋へと帰るしかなかった。