明は知らない
「ちょっ!マグマ!?」
マグマの脇腹からは、まだ赤い染みが広がっている。
とにかく急いで止血をしなくては。
『プロト!』
空気の壁で強く押さえ込み、取り敢えずは止まった様だ。
冷静に考えてみれば、普通の馬に轢かれただけでも大怪我するものなのに、それよりも力の強い魔物に思いきり踏みつけられて平気な訳がない。
「どっどど、どうしよう……」
止血したは良いが、この後どうすれば良いのかわからない。
(救急車!……なんてある訳ないし……
病院!……は何処にあるか知らないし……)
苦手な血に塗れた事で、テンパってオロオロしているだけの私を見て、メロディは深い溜め息を吐くと私達の傍にしゃがみ込む。
「見たところ内臓にダメージは無さそうだし……仕方ないわね」
メロディはマグマに手を翳すと、小声で詠唱を始める。
『汝を構成する細胞よ、今こそ力を解き放て――ヒール』
すると、マグマの傷口がみるみる塞がっていった。
「メロディ、これ――」
今の魔法は何なのか。そんな私の質問はメロディの態とらしい大声で掻き消される。
「凄いわアカリ!マグマの怪我まで治しちゃうなんてー」
違う。治したのはメロディだ。
けれど、そんな事は知らない野次馬は、私に称賛の拍手を送ってくれる。
「あの私じゃ――」
「空気読めないわね。話を合わせなさい」
私の否定の言葉はメロディによって切り捨てられる。
よくわからないが、メロディは今の魔法の事を秘密にしたいらしい。
そう言う事なら仕方ない。
マグマの怪我こそ治せなかったが、私だって頑張ったし、この拍手は私宛として素直に受け取っておくとしよう。
―――とある密室―――
「失敗したそうね」
冷たく言い放つ女の声に誘拐犯の二人は縮こまる。
長く女の下で働いている二人にとって、女の言葉は絶対だからだ。
だが、助っ人の男は違う。
「別に失敗じゃねぇよ。大男だって大怪我させたし、女だって後少しで――」
「お黙りなさい!
出荷は明日だと言うのに、彼の商会の馬車まで巻き込んで……とんだ大失態ですこと」
女は不機嫌な態度を隠そうともせず叫ぶと、今度は爪を噛みながらぶつぶつと独り言を呟く。
「あいつに知らせるべきかしら?……いいえ、何もかも頼りきりなんて私のプライドが……それに、今回の事だって念の為と言うだけ。あんな子供、少しくらい放っておいたってきっと……」
「なぁ、あんた――」
「黙りなさいと言っているでしょう!」
二度も言葉を遮られ助っ人の男は女に腹を立てるが、女との取引を成立させる為に最終的には従う他ない。
「とにかく、失敗かどうかも含めて一度様子を見ます。
貴殿方は通常業務に戻りなさい。
そして貴方は、人目につかない様に積み荷の警備でもしていなさい」
三人の男は女の指示に従い、それぞれ部屋を後にする。
「絶対に、計画を失敗する訳にはいかないの……」
誰も居ない部屋で、女は小さく呟いた。
「私の、完璧な人生の為に……」
―――領主の館への道―――
マグマに職質をかけた衛兵の男は、アカリ達が遭遇した事件を報告する為に領主の館へ向かっていた。
「あそこに行くの嫌なんだけどなぁ……」
領兵と衛兵は管轄が違うとは言え、衛兵は現行犯の場合は領兵の管轄の事件にも介入出来る
その為、領兵には嫌われており、パトロールしているだけで「事件を掻っ攫おうとしてるハイエナだ」なんて揶揄される程だ。
それでも衛兵は最低限の仕事くらいは全うしようと、重い足を必死に動かし領兵の詰所がある領主の館へと向かう。
すると衛兵の目の前に、黒目黒髪の男が立ちはだかる。
「君ねぇ、道は広いんだから……って、その杖!」
衛兵が、手に持つ王家の杖を視認した事を確認すると、黒い男は恭しく御辞儀をする。
「衛兵である貴方に、お願いしたい仕事があるのですが――」
男の言葉に、いったい何を頼まれるのかと衛兵は唾を飲む。
衛兵を雇っているのは王家だ。そんな所からのお願いなんて、命令と変わらないのだから……
―――セイヴィア男爵の執務室―――
「悪いねセバスチャン、君はソプラのお付きなのに」
「いえ、我々領兵の主は領主様ですから」
ソプラの騎士をしている男――セバスチャンは、綺麗な御辞儀で領主への忠誠を示す。
「それで用件なんだけど、この宿に居る、とある女の子を連れてきてほしいんだ」
「女の子……ですか?」
セバスチャンの疑問に領主は笑って答える。
「ああ、それも凄い力を持った女の子だ」
―――メロディ視点―――
「――ええ、よろしくね」
「メロディ?」
アカリに声をかけられ、漸く自分の歩みが遅れていた事に気が付く。
通信の魔導具で指示を出すのに集中し過ぎた様だ。
「何でもないわ。
行き先はアカリが泊まってる宿だったかしら?早く行きましょう」
「そうだよ。レッツゴー!」
アカリは能天気な声をあげて、また歩きだす。
まだ目覚めないユウカとマグマを『サイコ』と言う魔法で運んでいる絵面が、どれだけ目立っているか全く気にしていない様子だ。
(本当に面白いわね……)
アカリと出会ってから、私の計画は大きく狂い始めた。
でも、だからこそ、その能天気な顔で次に何をしでかしてくれるのか楽しみで仕方ない。
そして――
(その顔を驚愕に染めるのも、楽しみで仕方ないわ……)