消えない傷
「うわぁ!」
「ど、どきなさいよ!」
人通りが多かった為に多少の混乱は発生したが、逃げられる人は無事に逃げている。
そう。「逃げられる人は」だ。
「おい、どうしたんだよ」
「お客さん、大丈夫か!?」
馬が暴れると同時に、あちらこちらで人が気絶したのだ。
それを起こそうとしてる人、あとは突然の事態に腰を抜かした人。
理由はどうあれ逃げ遅れた人はまだ沢山居る。
そして、暴れている馬はそんな人達を踏みつけかねない。
『プロト!』
壁を作り馬と気絶した人達を遮断する。
だが馬は一度ぶつかり、其処に壁があるとわかると、前脚を上げ思いきり踏みつけてくる。
「ぐっ、重い……!」
それは予想以上の威力で、全方向に『プロト』を張りながらじゃ防ぎきれない。
他の全てを解除し、馬に触れている部分だけに集中する。
「何でこんなに重いの」
魔物や盗賊と散々戦ってきたのに、まさか馬如きにここまで苦戦するなんて。
それに混乱して暴れてるだけにしては、やけに真っ直ぐ人に向かってきた気がする。
不思議に思っていると、メロディが答えを教えてくれる。
「アカリ、あれは特別に飼い慣らされた魔物よ!
名前はフォースホース。力が強いから気を付けなさい」
成る程、人に攻撃しようとするのは混乱で思い出した本能か何かか。
重そうな馬車を一匹で軽々と牽いてるだけの事はある。
魔物と理解し、その力の強さも肌で感じた今、もう一切の油断はしない。
『プロト!』『サイコ!』
踏まれそうな人を『プロト』で守り、『サイコ』で安全な所まで飛ばす。
『サイコ』のコントロールにまで力を割く余裕はないから、ほとんど投げ飛ばしてる様なものなのは許してほしい。
―――マグマ視点―――
『プロト!』『サイコ!』
アカリが魔法を使うと、フォースホースの攻撃は阻まれ、倒れてる奴は遠くで見守る野次馬の辺りまで吹き飛んでいく。
名前も変わっていて詠唱も無い為、どんな原理の魔法かもわからないが、とにかく全ての人をアカリが守っている。
「凄ぇな……」
その姿は、小さい頃に絵本で読んで憧れた英雄そのもので、思わず見入ってしまう。
だが、今はそんな場合ではない。
「棒立ちしてないで手伝いなさい!」
メロディの叱責で漸く目が覚めた俺は直ぐに動き出す。
ユウカをはじめ、まだ多くの人が気絶し逃げ遅れている。
そんな人達を安全な場所まで運ぶくらいなら俺にだって出来る。
アカリにばかり負担はかけさせない。
―――明視点―――
ユウカちゃんも気を失った様で、マグマとメロディが安全な所まで運んでくれた。
それと同じ様に、他の動けなかった人々も回りの人々が助けて離れていく。
そんな皆の協力もあって、遂にフォースホースの近くに残ってるのは私だけになった。
攻撃する標的を失ったフォースホースが此方に向かってくるが、あとは私が逃げ続ければ良いだけだ。
力はあるがフールウルフと違いスピードは無い為、それくらい余裕だ。
タイミングを計り、私が『フライ』で逃げようとした瞬間、誰かの叫び声が耳に入る。
「まだ子供が!」
咄嗟に振り返ると、私の数メートル後ろの物陰で小さい男の子が蹲っている。
このまま私が避ければ、あの子が襲われるのは間違いない。
『サイコ!』
私は迷いなくその子を野次馬の方へ飛ばす。かなりの勢いになってしまったが、野次馬達が協力してしっかり受け止めてくれた。
それを見届けて安心した瞬間、私の背後で何かが振り上げられる気配がした。
恐らくフォースホースの前脚だろう。
今から『フライ』を使ったんじゃ間に合わない。
(あ、私、また死ぬんだ……)
覚えのある死の予兆に、足が竦む。
考えれば方法はまだあるかもしれないが、上手く頭が回らない。
だが、恐怖に唇を噛み締めた瞬間、突然真横から突き飛ばされる。
(クラウス!?)
咄嗟にその名前が口から出そうになるが、この場にクラウスが居る訳がない。
地面を転がり急いで顔を上げると同時に、私を助けた男がフォースホースに踏みつけられる。
「ぐぁ!」
私を助けてくれたのは、マグマだった。
幸い、直撃はしてない様だが、あの威力じゃ大怪我をしても不思議じゃない。
『サイコ!』
考えるよりも早く魔法でマグマを此方に運ぶ。
標的を失ったフォースホースは直ぐに此方にやってくる。
マグマの容体もまだ確認していない。
もし大怪我をしていた場合、悠長にフォースホースの相手をしていたら命に関わる。
こうなったらフォースホースが此方に来るまでの数秒で、一気に全部解決するしかない。
(『サイコ』で浮かび上がらせる?……いや、あれは上昇気流で持ち上げる魔法。大暴れする馬を制御するには向いてない。
なら……えっと……もうっ!臭くて思考が――そっか!)
頭が働かずイライラしかけた事で、私の天才的な閃きが炸裂する。
(暴れてる原因はこの臭いだ。
なら、それを取り除けばフォースホースも落ち着いてくれる筈!)
それさえ分かれば、あとは簡単。
さぁ、空気魔法使いの本領発揮だ。