traveler
どこにでもあるような田舎町の、どこにでもあるような農家の長男として産まれ、このまま平凡な人生を送ることに嫌気をさしていた男の顔には、希望が叶ったのに苦虫を潰したような歪みがあった。
10代の頃からの計画は今日終わりを告げる、はずだった。
今までコツコツと貯めた資金、今までの親への恩返しとして貯めた貯金、乾燥食料……その他諸々。夜のうちに手紙を残し家を出るはずだった男の予定は轟音と共に吹き飛んでいた。
夜を吹き飛ばすような音に家を飛び出したギル・ストライフは、目の前の惨劇を受けても驚くほど冷静だった。
――魔法で造られた炎は青いって聞いてたが、本当だったんだな。これが魔法か…
もともと魔法への憧れがあったギルはさらに周りを見渡そうと………
「ギル!何してる!とにかく逃げろ!」
思考を止め、声のした方向に顔を向ければ、必死の形相をしている父と母がいた。ギルより先に家から出て、燃やされている街を見ていた2人は、ギルのさも今から出掛けるような姿に一瞬訝しんだがすぐさま声を張った。
「魔法の軍だ!帝国が攻めてきたんだろう、お前は逃げろ!」
つい先日、親子で帝国に滅ぼされた街の話をしていたばかりだった。帝国から攻められた街は住人が殲滅させられ、何も跡には残らない、と。そしてその締めくくりには、まぁこんな何もない町には帝国もやってはこないだろう、と言っていたことを。
「そんな!1人で逃げられるわけないじゃないか!」
「安心しろ、俺たちも町の皆も散り散りになってなんとか逃げ切るさ。エデン国まで逃げられたら何とかなるだろう。お前はもう出かける準備はできているようだしな。」
今夜家を出ることを察しられたのだろうか、最後には苦笑しながら父に答えられ、ギルはその言葉に従うことにした。父も昔はレンジャーとして旅をしていた過去がある。ギルはそれを毎晩のように酒の肴のように話すのを聞いていたからだ。
「年なんだから無理するなよ、ひとまず先にエデン国に向かう。」
「あぁ、念のため街道は通るなよ?帝国が張っているかもしれんからな。」
頷くことで返事をしたギルはすぐさま家の中に戻り荷物を引っさげて町を後にした。
――背後には青い闇と悲鳴が広がっていった。
ギル・ストライフには魔法の適性はなかった。ただそこに悲観はなかった。父も魔法適性はなかった。ただしレンジャーとしてのスキル――狩猟用の罠、夜目が効くスキル、気配察知など――を取得していた為、自然とギルもレンジャーとしてのスキルを取得していくようになっていった。
そんなギルは父の言いつけ通り、街道を避けその脇道を歩きエデン国へと向かっていった。
帝国が位置するアウリツィア大陸。形としては縦に長い六角形の大陸でシヴァ帝国は大陸の約半分、北方を領土としている。残りの南方は約3対2の割合で、3がエデン国、2がシベリウス連合国が領土を分け合っている。
アウリツィア大陸の東には大海を挟み島国ジパング、西にはヌードリア大陸、南に海底への扉、北には未知の暗黒海が広がっている。
シヴァ帝国は武力で領土を収めている。ギルもそれを味わった。まだシヴァ帝国に傘下表明をしていない街はそうなるのだ。ギルの町のように隠れて集落をつくる町は少なくなかった。
シヴァエデン国境まではすぐだ。だからこそ父を信頼して先に逃げてきた。
国境付近にはリズという街があり、エデン国の冒険者組合もある。魔法の力の影響で狂暴化した動物を狩る支援をする組合だ。ギルも登録済みであり、しばらくの間は依頼達成で暮らしていけるだろう。