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弐拾:談話ー姉と弟

 場所は戻って中和殿。


 ひとしきり笑い終えると、徳帝が「頼盤」の解説をしてほしいと申し出たため、楊武による講義が始まっていた。

 大方の解説が終わり、そろそろお開きかと思われた矢先、遼煌がひょっこりと顔を出した。


「ねえねえ、終わった?」

「なんじゃ、お主も関わっていたのか?」


 徳帝は肘置きに手を添わすと、上げかけた腰を下ろした。


「当然じゃない、突然央晧がこんな格好で来たら笑うしかないでしょ」

「いつものことですが、姉上はもう少し歯に衣着せると言うことを学んでいただけますか?」

「猫は被るわよ、特に馬付馬(ふば)候補がどうのこうのって言われるようになってからは毎日毎日毎日嫌ってほどね!」


 ふんぞり返った遼煌は大股で央晧の隣へと向かう。特別な行事がない限り女性が立ち入ることがないため遼煌が西面して座すのが正解なのかは不明である。


「すれ違った衛士から聞いたけど、でもまさか李君の正体が楊一族とはねえ」


 央晧の隣に座した遼煌が楊武に手を振る。楊武も控えめに手を振り返した。


「流石に”武“だけじゃわからなかったわ」

「公主様、何から何までお世話になりました」


 楊武が深くお辞儀をすると両手で制した。


「いいのよ。楽しかったし。李君が頑張っているのを横目に私と博麗は休憩させてもらってたし」

「どういうことだ?」

「李君が金文を読んでる間、私達はお茶会してたって話」


 遼煌はふふんと鼻を鳴らし、自慢げに腕を組んだ。


「あ、でも研究成果を聞いてたこともあったわよ。お父様のおかげで『穆天子伝』の話もいっぱい聞けたし」


 楽しそうに語る遼煌であったが、「でもねえ」と顎に手を添えて首をかしげた。


「でも、やっぱり旦那様ってなると()()()()のよね」


 先ほど別の人物からも同じ単語を聞いた気がする。中和殿内の従者は沸点が低くなっているのもあり、笑うのを懸命にこらえていた。

 楊武はあえて気にしていない素振りをしていたが、少し傷ついていたと央晧や英慶宮の属官たちに語っていたと言う。


「ていうか、そもそも馬付馬(ふば)選びっていうのが無意味なのよ」

「だがな……」

「いいのよ! 近いうちに見つけるから。……匡曄が大きくなるまでには」


 首をすくめて視線を逸らす遼煌に、徳帝は呆れて言葉も出なかった。皇帝になってもなお、振り回されることがあるのだな、と中和殿に残った従者たちは徳帝と遼煌のやりとりを見て苦笑していた。


「……それで良いか? 李、いや楊武」

「隠れ蓑だったのはお互い様なので、公主様が良ければ拙は問題ありません」


 やったあ! 諸手を挙げて喜ぶ娘に、徳帝は肘置きに乗せた手でこめかみを押さえた。

 同様に小さな声で唸りつつ、博麗が目頭を押さえていたのを、楊武は偶然にも見てしまった。


 喜びを隠しきれない表情のまま、遼煌はどうしても聞きたかったことを央晧へ尋ねる。


「で、央晧は? 気は晴れた?」

「……人を罰すると言うのは決して気持ちの良いものではないとわかりました」


 姿勢を正し、央晧は胸を張る。自身が皇帝として人を罰する未来を見据え、眉を顰めた。


「早い段階から知ることができ、より一層皇太子として励もうと思いました」

「なんじゃ、気が早いのう。まだ帝位は譲らんぞ?」


 徳帝は目を丸くして髭を撫でる。その口ぶりには遊び心が含まれていた。


「当然です。父上にはまだまだ教わることが沢山ありますので」


 父と姉が冗談半分で話を進める中、呆れた口調で央晧が答えた。その様子を楊武は外野として伺い、話し方や言葉選びも含めて血は争えないのだと改めて思っていた。


「全くの悪意だけで動く人間など居ない。それに気付けただけでも人を裁く重みを学べました」


 央晧が目を伏せると、徳帝と遼煌も静かに目を伏せた。


「代償は大きかったですけどね」

「……そうだな」



 中和殿からの帰路、後宮へ戻る遼煌と英慶宮に戻る央晧は道中を共にしていた。

 横に並んだ遼煌と央晧を先頭に、後ろには楊武と博文、博麗が並び、更にその後ろには懿栄を含む宦官と従者が列をなしていた。


「ねぇ、央晧」


 周りには聞こえない程の声量で遼煌が話しかける。


「なんでしょうか、姉上」

「もう一度聞くけど、気は晴れたのかしら?」


 姉がどういう意味で聞いているのかはわからないが、自分と楊武がこれで終わるとは思っていないのだろう。相変わらず勘の鋭い人だと央晧は感服する。


「……それは、武次第ですね」


 尋ねたはずの遼煌が顔を顰めた。いつもの余裕そうな表情を崩すことができ、央晧はしてやったりと小さく拳を握った。


「ひとまず全ての犯人がわかって一安心ですが、彼と本宮の間で決めた()()()()()()は此処ではありませんので」

「へえ? さっぱりわかんないけど、楽しみにしてるわ」


 口を歪めて笑った遼煌は、この二人がまだ自分を楽しませてくれるのだろうと心を躍らせた。


「はい、是非」



 いつのまにやら随分と成長した異母弟の顔に、遼煌は豆鉄砲と食らったような気分になった。

 変声期を迎えてから初めて見た央晧の笑みに、以前耳にした噂を思い出した。


「あんた、最近後宮で微笑みの君って呼ばれてるの知ってる?」


 遼煌の言葉に、整った笑みが歪む。

 皮の剥がれた央晧を滑稽と言わんばかりに遼煌が揶揄い始める。


「笑顔が可愛かった太子が、最近すごく格好よくなられましたよね~って宮女が言ってるのを聞いちゃってさあ」


 もうすぐ十五になるが、まだまだ多感な時期である。顔を赤らめた央晧は歩く速度を速めた。しかし、「ちょっと待ちなさいよ!」と遼煌も小走りで央晧を追いかける。


「……そういうのは聞きたくないです」

「え~? 未来の嫁かもしれないのに?」


 従者たちも足を速めた主に追いつくため速度をあげる。


 揶揄う姉を振り払いたい央晧だが、英慶宮までの道のりは、まだ遠かった。

馬付馬…本来は馬へんに付の一文字で「ふ」と読みますが、環境依存文字のため、この通りに記載しております。

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