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拾捌:真相―終

 王氏の独白に、中和殿は静まり返る。


 王氏と孫師父、境遇が違うからこそ生まれた齟齬から始まった。自分の身にも起こりかねない些細な動機に、官人たちは言葉を失う。


「李太子中庶子、いや、楊武よ。お主の師と師兄、そしてお主自身を陥れようとした者たちの処遇、希望があればお主にも罰する権利を与えるが?」


 徳帝の静かな声が中和殿に響く。その場に居る全員が、楊武の返答に息をひそめた。


「拙は、罰など望みません」


 間を開けることなく、きっぱりと楊武は答える。


「望んだところで何も戻りません」


 平然と応える楊武に、身内である楊毅でさえも弟を二度見した。しかし、言葉とは裏腹に、彼の表情は決して穏やかではなかった。


「確かに、そう簡単には許せません。師父や師兄、そして今回、太子にも危ない目にあわせてしまいました」


 下唇を噛む姿に、楊毅は胸を締め付けられる。董鶚や従者たちも気まずそうに視線を下げた。


「孝を破る行いを沢山しました。生きているとは言え……生きているからこそ、両親に対する申し訳なさで胸が押しつぶされそうになったこともあります」


 未だ成人男性の一般的な長さには満たない髪が悲痛な叫びと共に揺れる。隠れた傷を知る者は、無意識に袖に隠れた腕を見た。


 両親から受け賜わった名を捨て、姿を変え、挙句身体に傷をつけた。自身の不孝を隠し、楊武はひたすら前だけを見ていた。


「その上、『前寛抹殺論』の発表。あれは師父と一の師兄と共に導き出した考察です。あれを易々と持ち出されたのも、正直腹ただしいです」


 さりげなく暴露された事実に董鶚や幾人かの従者たちは耳を疑ったが、楊武がまだ話を続けたため、あえて聞き流した。


「ですが『史誌』にもあるように復讐は復讐しか呼びません」


 目尻に浮かんだ涙を乱暴に拭うと、楊武は王氏と國維を見た。


伍子胥(ごししょ)越王句践(えつおうこうせん)の逸話が物語っています」


 伍子胥と越王句践とは、いずれも戦国時代の人物で、どちらも『史誌』において復讐の代名詞とも言われる有名な逸話を持っていた。

 彼らは各々で復讐は達成したものの、残ったのは虚無のみ。その先にあったのは自決か国の衰退か。いずれも破滅を呼ぶ感情であると知っているからこそ、楊武は仇討ちを行おうとはしなかった。


「……拙が()()と名付けて太子に誓ったのはただ一つ」


 楊武は央晧へと視線を移す。目が合うと、央晧は小さくうなずいた。


「貴方が後釜と言われていた国史編纂。それを師父の名において取り返すことのみです」


 意思の固い楊武の声が中和殿に響く。

 あの日、敵を討たないかと手を差し伸べられた際には実感のなかったその言葉も、月日を重ねた今、胸を張って自分の言葉として発することができた。


「そのために拙は……此処まで書き上げてまいりました」


 身勝手な思いから全てを失ったはずの男が、師の遺志を継ぐことのみを望んだ。央晧を除くその場の全員が、清濁を全て呑み込んだ楊武の度量に驚いた。


「では、罪は問わないのだな」

「拙からは、何もございません」


 徳帝の問いに答えると、更に楊武は首を左右に振った。


「元より、拙には王氏を捌く権利もありません」


 背筋を伸ばし、楊武は微笑んで続けた。


「拙は楊勝が四男にして職なし、しがない楊武でございます」


 此処で発言をしているのは李梓ではない。暗にそう告げる楊武に、徳帝は瞼を閉じる。

 本来であれば、この場においてどれだけ罵倒しても許される立場でありながら楊武は一切を否定した。

 やはり孫師父に似ていると思ったのは間違いではなかった。徳帝は目の前の若者と息子に希望を見出していた。


「……では法に則り裁くまでよ」


 徳帝が衛士に合図すると、王氏と國維は連れ出された。二人が連行されると、幾分か中和殿の緊張感が緩んだ。


 楊武もまた、大きく息を吐き出して絢爛豪華な天井を見上げた。

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