拾陸:真相―弐
「……それで、だ。王氏、いや、王礼部長官。反論はあるか?」
朗らかな表情から一変し、徳帝の顔は険しくなった。整えられた髭を一撫ですると、肘をついて王氏を見下ろした。
「どちらにせよ、お主らには皇太子の暗殺を謀った罪は消えんぞ」
「で、殿下を狙ったつもりは決して……」
「だが、李太子中庶子は狙ったと?」
「それは……」
徳帝は左右に視線をさ迷わせる王氏を見て、ため息をついた。
その態度が罪を認めていると変わらないと言うのに、未だ何も語ろうとしない様子に呆れる。これがあの礼部を長年支えていた忠臣の実状なのかと老いた直臣を憐れんだ。
「では、李太子中庶子に尋ねる」
「なんなりと」
「お主は本当に孫師父の弟子なのか?」
「はい。どのようなご質問でもお尋ねください」
視線を逸らすことなく答える楊武に、官人たちも注視する。
「で、で、でっち上げだ!」
突如、國維が声をあげた。
無駄な足掻きかもしれないが、今の國維には王氏を庇う方法がこれしか見当たらなかった。
「孫太子太傅の弟子は三十人! 全員が居るのを確認して火を放った! お前は偽物だ!」
手枷が外れていれば、今すぐにでも楊武を食いちぎらんと國維は吠える。
今となっては負け犬の遠吠えにしか聞こえないと、中和殿に控えた従者たちは彼の様子を憐れんでいた。
「何故、あの日に拙ら弟子が全員……あの屋敷に居たことをご存じなのですか?」
「へ?」
楊武の静かな声色に、國維が素っ頓狂な声をあげる。
「拙は普段、あの屋敷で寝食は行っていません。師父の弟子で、あの屋敷に住み込んでいるのは半分も居ないのですよ」
普段の楊武からは想像もできない、皮肉じみた笑みを國維に向けた。温厚な楊武とて、師父と師兄を死に追いやった男たちにまで穏やかで居られるほど出来た男ではなかった。
「確認していただければわかるかと思いますが、拙の戸籍は間違いなく楊家の屋敷にあります。死後二年程度ならまだ残っているかと」
「まあ、今、國維殿は火を放ったっておっしゃいましたけどね」
央晧がぽつりとつぶやいた。主を庇うつもりが墓穴を掘ってしまった。國維は自らの失言に気付き、顔面から血の気が失せていく。
「では、あの火災が起きた日、どう逃げ延びたのか」
「……その日は」
徳帝の問いかけに対し、楊武はそっと瞼を閉じた。
「王墓の発掘調査を行っていた拙たちと、科挙試験の学舎で教鞭をとっていた弟子たちが全員集まり、師父の生誕の宴を開く日でした」
つい昨日のように思い出されるあの日を、楊武は一音一音噛みしめて紡いでいく。
「みなが一堂に集まることは年に数回しかないので、それはそれは楽しいひと時でした。そして就寝してしばらく、拙は一の師兄に揺り起こされました」
瞼の裏に炎がちらつく。起こされた時には既に火の手は屋敷中に回っていた。
「目覚めた時には炎が一面を焼き尽くしていました」
炎の中をかいくぐり、どうにか抜け出せたものの、皮膚は焦げ、足裏の痛みでまともに歩くこともできなかった。
「一の師兄に腕を掴まれ、外へと押し出された拙は、師兄らの呻き声を背中に聞きながら、ひたすらに走りました」
振り返るな。
一の師兄だけでない、複数の声を聞き取り、楊武はひたすら走った。痛みすら感じないほど、必死に。
それでも焦げた臭いや、師兄たちの悲鳴や呻き声、屋敷が崩れる音がいつまで耳に残っていた。
「そしてたどり着いたのが、『竹書紀年』を発見した王墓でした。そこで太子と博文殿に出会い、命を助けていただきました」
此処で誰にも看取られずに死ぬのかと諦めた矢先に出会った一縷の光。差し伸べられた小さな手の温かさを、楊武は一度たりとも忘れたことが無かった。
目を開くと央晧と視線が合う。西面する央晧が北面する楊武へ顔を向けると、央晧もまた、二年前の出会いを思い返していた。
「賭けではありましたが、師父の弟子が逃げるなら、あの場かと思いましたので」
より精密な国史を残すため、遺跡調査にも余念がなかった孫師父が最後に足しげく通っていた王墓。
あの暗闇の中で、楊武を見つけた時の安堵感は今でもよく覚えている。
「本宮が最後に受けた授業でも楽しそうに話されていた、あの王墓しかあるまいと」
央晧が目を伏せると、徳帝も在りし日の孫師父を思い出したのか、目を潤ませていた。




