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拾肆:真相―序

 日が傾き始めた後宮。


 第一公主・朱 遼煌に見送られ、旧乾東五所を出た男は、入り組んだ狭道を歩いていた。日干し煉瓦でつくられた塀が聳え立っており、後宮内でも奥地にあたる遼煌の宮の付近は不気味な雰囲気が漂っている。

 そんな夕暮れの狭道を一人、男はとぼとぼと歩いていた。背中を丸めた自信の無さそうな後ろ姿は、後宮に入れる男性とは思えない立ち居振る舞いだった。


 その男の様子を背後から伺うもう一人の影。

 目の前を歩く男はまもなく狭道を抜け、乾清門のある大通りに出る。あと数十歩と言うところで影は男との距離を詰めた。


 影は大きく振りかぶり、背後から――。



「そこまでだ」


 地を這うような低い声と共に、剛健な腕が影を制す。

 甲高い音を立て、手に持っていた刃物が落ちる。掴まれた腕を振り払うこともできず、影は逃れようと懸命に足掻いた。


 背後を取られていた男の周囲を複数の衛士が取り囲み、男の無事を確認していた。


「詳しくお話を伺っても? 國維殿」


 じたばたと動く影の身体をひょいと持ち上げ、地面に押さえつける。掴まれた腕を背中に押し付けられると影はもがくのを止め、自身を制している男を見上げた。

 体躯の良い大男の顔に、影――國維は困惑する。


「な、何故貴方がこんなところに……? 楊職方司殿」


 鋭い目つきで睨む楊毅に怖気づいたのか、辺りを見回して誰かを探し始めた。


「誰か、お探しで?」

「え、いや、えっと……」


 楊毅は中立と伺っていたはずなのに。しどろもどろに視線をさ迷わせる國維を見下ろし、楊毅は告げる。


「國維殿、()()()()()()()でご同行願いましょうか」


 國維は慌てて顔を上げ、衛士に囲まれた男を凝視する。そこには確かに、従者と同じ袍を着た皇太子・朱 央晧がこちらを見ていた。


「で、殿下!? 何故!?」

「……さあ? 何故でしょう」


 國維は主と共に談笑している人懐こい笑顔の央晧しか知らない。今、目の前で自身を見下ろす央晧に、嫌な汗が止まらない。

 國維を見下ろす央晧の背筋は、先ほどとは異なり、まっすぐと伸びていた。


 抵抗する気力もない國維を、数人の衛士が手枷を嵌める。座り込んだ國維を前に楊毅と央晧が肩を並べていた。


「おーい、楊毅。そこの陰に居た不審者も捕まえたぞ~」

「離せ……! 私はたまたま後宮に用事があってだなっ!」

「抵抗しないでくださいよ。どう考えてもあんた、こんなところに用なんてないでしょう?」


 絶妙な間合いで、十字路の影から複数の衛士を引きつれた董鶚がやって来る。

 楊毅の声がする方へ身体を向けると、董鶚は楊毅の隣に皇太子が並んでいることに気付き、目を剥いた。


「で、殿下!」

「ああ、そのままで結構です」


 慌てて頭を下げようとする董鶚を手で制し、央晧は衛士に拘束された男を見た。


「これは一体なんの騒ぎでしょうか? 王氏」


 取り押さえられて膝をつく王氏に、央晧は腰を折って囁いた。温度のない声色に、周囲に居るだけの董鶚や衛士たちも息を呑んだ。


「もしかして、本宮を廃して新しい太子を立てようなどとお考えで?」

「それは間違いです! 臣は殿下こそ次の皇帝にふさわしいと思う次第で……」

「では何故、本宮は國維殿に背後から刺されそうに? それに王氏はどうして後宮にいらっしゃるのでしょうか?」


 それは……。と王氏は言葉に詰まる。

 人違いだとしてもよからぬ計画を立てていたと咎められるのは当然だろう。ましてや場所が場所だ。後宮の、それも角地にあたる旧乾東五所へ、何故無断で立ち入ったのか。

 何から言い訳をしようかと王氏は散り散りになった思考を必死にかき集めていた。



 その時、一帯の空気が変わった。


 ざわついていた衛士が一斉に背筋を伸ばし、同じ方向へと拱手する。その方へ向いていないのは拘束されている王氏と國維のみである。


「何事だ」


 凛とした声が狭道を駆け抜ける。王氏は聞き知った声に目を向けた。


「へ、陛下……」


 西日の逆光で表情は見えないが、数人の側近を引きつれた徳帝の姿がそこにあった。傍を控える従者の中には、徳帝をこの場所へ連れてきた懿栄も居る。

 完全に窮地に陥った王氏は、かすれた声で助けを求めた。


「誤解なのです」

「誤解ではありません」


 しかし、楊毅の強い言葉によって遮られる。


「殿下暗殺の疑いで國維殿を拘束いたしました」

「央晧の?」


 徳帝も王氏が央晧を狙う理由がわからず、顔を顰めた。

 しかし、現場を見る限り楊毅が嘘を言っているようにも思えない。首をかしげた徳帝が央晧へ目を向けると、まず服装に違和感を覚えた。


「央晧、何故そのような色の袍を着ている?」


 薄い緋色の袍に金刺しゅうの帯、そして腰には魚袋(ぎょたい)と言う五品以上の官人のみが持てる札を収めた袋を下げている。央晧の姿は()()()()()そのものであった。


「ええ、実は姉上の宮にこの格好で伺っていたんです」

「遼煌の?」

「彼の代わりに、ね」


 央晧が目を細めて合図した。その場に居た全員が央晧につられて視線を移す。

 すると遼煌の宮の方角から男が一人、姿を現した。

 男は央晧の傍に寄ると、徳帝に拱手した。

 そして顔を上げると、ゆっくり王氏の方を振り返った。


「初めまして、王氏。拙は孫師父が最後の弟子、楊武と申します」


 ――央晧と全く同じ服装の李梓(よう ぶ)が、微笑んでいた。

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