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拾弐:『残された前寛の記憶』

 その夜、央晧は楊武の自室を訪ね、出来上がった草案を読んでいた。

 楊武が央晧の元に来てから、二度、彼の原稿を読んだ。


 一回目は発掘途中であった王墓の調査報告である。

 孫師父の後釜として書いた初めての報告であった。王墓内の調査だけで終わるはずが、偶然見つかった竹簡によって、膨大な情報を記録した。

 また、報告書以外にも全文訳の刊行など、この研究成果が李梓と言う名前を一気にのし上げた。


 次に読んだのは遼煌から聞いた宝物殿に届いたばかりの青銅器について。

 前寛の歴代王の名前が刻まれた銘文と共に、『史誌』が記録する王統譜の確実性を提議した。

 更に、以前楊武が孫師父と共に進めていた「前寛抹殺論」を盗作した王氏への対立を顕著にした。


 そして今回が三回目である。

 合間には『竹書紀年』や『穆天子伝』と言った王墓から発見された竹簡を訳した出版などもあったが、論考としての発表は久しぶりであった。

 徳帝から一番に見ることを許された青銅器の研究であったが、予想外に銘文の価値が高く、銘文を重点にした内容となった。

 『竹書紀年』、「史祥盤」に次ぐ『太公史誌』の信ぴょう性を考察する三部作の完結編とも言える研究成果を叩き出した。



「……」


 読み終えたばかりの央晧は、なんと言葉を発してよいかわからなかった。


 出土資料に恵まれなかった前寛王朝の再発見と同時に、一般的には普遍と思われていた『太公史誌』と言う書物への懐疑と確証を改めて提示された内容。

 今までの研究が全て線となって繋がった感動を、央晧はうまく言い表せなかった。


「題目は決まっているのですか?」


 恍惚としている央晧の代わりに、博文が尋ねる。


「まだ決まっていないんです。前回は長い題目でひねりが無いと言われたので……」


 ううむ、と唸る楊武に、央晧が口を開いた。


「『残された前寛の記憶』はどうだ?」

「……!」

「金文としても、『史誌』の記録としても、前寛のことを述べているとわかるだろう?」


 ようやく原稿から顔をあげた央晧が楊武を射抜く。王墓で出会った頃とは違う、大人びた切れ長の目が楊武をまっすぐ見つめていた。


「きょ、恐縮です……」


 楊武は央晧の眼光に萎縮する。成長期を迎えた央晧の姿は、皇太子としての威厳が日に日に増していた。


「?」


 視線をさ迷わせ、肩を狭める楊武の様子に、央晧は眉を顰める。口を開こうとする央晧より先に、楊武が話し始めた。


「す、すみません……。なんか、こう……。太子も大人になられたのだなあと思いまして」


 元から下がり気味の眉を一層下がる。楊武はうまく言葉に出来ず、後頭部をがしがしと掻くと言葉を続けた。


「気付いたら、あの日から二年近く経っているのだな、とちょっと感慨深くなりました」


 寂しげにほほ笑んだ楊武は、すぐに「しんみりさせてすみません!」といつもの調子へ戻っていた。

 楊武を悲痛そうに見つめる央晧には、返事ができなかった。下唇を噛み締める主に、見かねた博文が代わり口を開く。


「では、こちらを陛下へ近日中にお持ちいたします」

「はい! よろしくお願いします!」


 勢いよくお辞儀をした楊武に、央晧は「ああ」としか返事をすることが出来なかった。

 その後も央晧の険しい表情のままだった。流石に楊武も央晧の変化に気づき、心配そうに見つめていたが、博文が横に首を振って言葉を制した。



 央晧が楊武の自室を出ると、すぐさま博文は耳元で囁いた。


「文の件、いつお話いたしましょうか」

「……あまり日がない。草稿は何が何でも明日に父上へ献上する。あいつにはその後にでも伝える」


 央晧は舌打ちをすると顔を顰める。


「かしこまりました」


 機嫌の悪い央晧を気にすることなく博文が拱手する。長い髪を揺らして踵を返すと、央晧と博文は回廊を歩き始めた。


 央晧の自室までの道すがら、二人の間に会話は無かった。

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