拾壱:劉巴の感想
英慶宮の広間にて、劉巴は紙の束に目を通していた。
楊武が書き終えた原稿を属官たちが代わる代わる読んで推敲をしており、劉巴に順番が回ってきたのだ。
――今回、宝物殿に寄贈された二十七器の青銅器は、渭水と呼ばれる前寛の都付近を流れる川沿いで発見された。川のほとりに掘られた竪穴に、二十七器は並べられていたと言う。
まず、注目すべきは発見された青銅器全てに銘文が刻まれていることである。
これら全て、単と言う一族が制作した青銅器であり、大半は”頼“と言う人物による制作であった。
どの青銅器にも長文の銘文が刻まれているが、特筆するべき青銅器は、盤と呼ばれる形の青銅器だ。(便宜上、以下「頼盤」と表記する)
銘文の字数は三百七十三文字で、自身の祖先が歴代王に仕えて功績を残したことを記している。
その中には、以前発見された「史祥盤」同様、前寛の王名が羅列されており、「史祥盤」よりも多く王の名前が刻まれていた。
順番に、文王・武王、成王、康王、昭王・穆王、共王・懿王、考王・夷王、そして頼の父が刺王、頼が天子に仕えていたとされる。
天子はおそらく宣王を指しているが、在位時の王が諱で刻まれることはない。
宣王の名前が刻まれた青銅器は未だに発見されていないが、「頼盤」に残された在位年数によって宣王もまた確証がとれた。
前寛時代に在位四十年を超える王は宣王しか居ない。そして「頼盤」の作成年は”王在位年四十三年“と刻まれており、頼の仕えていた王は宣王でほぼ間違いないと言えるだろう。
唯一、幽王についてのみ、未だ銘文が発見されていない。しかし、幽王は前寛王朝最後の王とあって、青銅器以外の記録からも確証が取れる。そのため、幽王の実在は既にほぼ証明されていた。
「……」
劉巴が黙々と頁をめくっていく。誤字や文章の乱れを確認するための推敲であるが、もはや劉巴にはこの原稿の続きを読むことしか頭になかった。
――この数年で発見された「史祥盤」と「頼盤」、そして『竹書紀年』らによって、『太公史誌』を含む現存する書物が記した前寛歴代王統譜は正しく羅列されていたことがわかった。
とは言え、いくら先人たちの研究を含めたとして、未だ出土資料の偏りであったり、形状から見た時代区分の確定が甘い可能性であったりと課題は多い。
しかし、拙が導き出した推論が、後世の研究の足掛かりになれていたのならば、これほど嬉しいことはない。今後の文物の発見と出土資料研究の発展に期待したい。
最後の一枚を読み終え、劉巴は大きく伸びをした。
「お、終わった……」
「どこかおかしい文章はありましたか?」
いつの間にか隣に座っていた楊武こと李梓が声をかける。相変わらず目の下には隈が鎮座しているが、いつもより気持ち濃くも見えるのは、徹夜明けのせいだろうか。
「いや、面白すぎました」
「……誤字は?」
「興奮しすぎて細かいところまで読めなかったんで、とりあえずもう一回読みます」
青銅器の拓本蒐集を趣味としている劉巴にとって、自身の趣味が崇高な研究に貢献したことに気持ちが昂っていた。
「歴代王の名前が入った青銅器として羅列されてた部分って、金文を読む会や俺の知り合いから巻き上げた拓本でしょ?」
「巻き上げたってひどくないですか!? 巴殿も共犯でしょ!」
「もちろん!」
胸を張る劉巴に楊武は頭を抱える。
楊武は劉巴の伝手のおかげで多くの拓本を回収できた。そして劉巴も楊武のおかげで初めて見る拓本と出会えた。二人の関係は、持ちつ持たれつの関係だったことは確かであろう。仕事ではない分、劉巴の方が若干、得をしているかもしれないが。
「それにしても……」
劉巴は原稿へと視線を落とした。
あの膨大な量の拓本を読み上げ、なおかつ宝物庫で形を確認し、前寛時代の青銅器だけを選び抜いて資料とする。
この作業だけでも膨大な時間と労力を費やしており、人手が足りないと劉巴も足しげく宝物庫の手配へ向かったのを思い出した。
「点在していた金文が、こうやって一本の線になって王統譜になるの、鳥肌が止まんねえ……」
自身が蒐集していた拓本に、歴史を紐解くための意味を持たせた李梓を純粋に尊敬した。今まで宝の持ち腐れであったのではないかと、金文の意味を知ろうともしなかった自分が恥ずかしくなった。
「いやあ、俺、李殿に頭上がんないっす。拓本を持っててもなんの意味も知らなかったし」
自嘲して頭を掻く劉巴に、楊武が首を横に振った。
「巴殿が沢山の方々に声をかけてくださったおかげです。金文を読む会だけでは此処まで集まらなかったので」
ありがとうございます、と頭を下げる楊武に、劉巴は慌てて両肩を掴んで顔を上げさせた。
「みなさんが拓本を蒐集されていたから、早く進んだんですよ。本来であれば宮城の宝物庫に点在している青銅器の場所を探し当てて、拓本を取るところから始めなければいけなかった手間が全部省けましたから」
それら全てを解読し、結論に導いたのは他でもない楊武であるが、一人の力では此処まで裏付けの多い結論を出せなかったことは彼自身が一番よくわかっていた。
「この論考は、拓本を提供してくださったみなさんだけでなく、拙の代わりにいつも執務を全部請け負ってくださる英慶宮のみなさんや、自宮で拓本を読む時間を与えてくださった第一公主様、そしてもちろん……拙を此処に置いてくださる太子の、みなさんの思いやりがあって書き上げられたものです」
劉巴の興奮する様子につられたのか、楊武も書き終えた時の興奮を思い出したのか、気が舞い上がっていた。
「正直、かなりやりきった感じがあります」
へらりと笑う楊武に劉巴は「そりゃあそうでしょ」とやや呆れ気味であった。これで達成感がなかったら化け物だろう。
「まだ太子は読んでないんですよね? 早く読んでほしいわ~」
思い出すのは孫師父と楽しそうに歴史を学んでいた央晧の姿だった。孫師父から教わる全てに目を輝かせ、耳を傾けていた幼い央晧が脳裏をよぎる。劉巴にはそれほどこの論文が魅力的に思えた。
「くぅ~。この研究で李殿も馬付馬確定か……」
首を左右に倒し、凝り固まった肩を回しながら劉巴が唸る。
元々、徳帝から一番に見る権利を与えられた青銅器である。結果報告だけでも褒美が出そうなところ、偶然とは言え、前回までの研究発表と併せて大きな結論を導き出したのだ。見返りは大きいだろう。
劉巴は、楊武がもし馬付馬になったとしても、皇太子府は兼官してほしいと願った。
「李殿、今日はちゃんと寝てくださいよね」
「え、ちゃんと寝てますよ?」
「そんな青白い顔して寝てるなんて言われて信じると思います?」
「馬付馬になったら夜も体力いりますよ」と劉巴はいやらしい笑みを浮かべて楊武を肘でつついた。
数拍おいて意味を理解した楊武が顔を赤らめて振り返ったが、一通り揶揄いつくしたようで、劉巴は今度こそ推敲をするべく、冒頭の頁に手をかけていた。
馬付馬…本来は馬へんに付の一文字で「ふ」と読みますが、環境依存文字のため、この通りに記載しております。
刺王…本来はがんたれ(厂)に萬で「れい」と読みますが、環境依存文字のため、実際の金文と同じ文字を使用してルビをつけています。




