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捌:拓本の蒐集家

「李殿~。しつれーしまーす」


 英慶宮の属官の一人、劉巴が無遠慮に楊武の自室に入る。扉を叩くことなく部屋に入ってきた劉巴を気にすることもなく、楊武は机から顔をあげ、筆を硯の淵に置いた。


「また文官から預かったんですけど」


 うんざりとした様子で劉巴は数枚の紙を楊武に差し出した。


「ありがとうございます」

「これ拓本ですよね? しかも結構流通してるやつっぽいですけど」


 劉巴が首をかしげていると、紙束から顔を上げた楊武が頷く。


「そうです」

「なんで今更?」

「うーん。まだ非公開なんですが……」


 楊武は顎に手を添えて思案する。しばらく悩んでいたが、劉巴を手招きして机の上にある拓本を見せた。


「以前発見された史祥盤(ししょうばん)には、文王から穆王までの銘文があったのは覚えてますか?」

「もちろんですよ。半分寝ながら拓本とってた李殿の様子までしっかり」


 それは忘れてください、と劉巴の言葉を遮った楊武は、ある一枚の拓本を手に取った。


「これは先日みなさんと取った青銅器の拓本なんですが、もしかすると文王から宣王までの系譜がわかるかもしれないんです」

「え!? また大発見じゃないっすか!」

「なので、それならいっそ前寛の歴代王全員が伝承通りだと確定できないかな、と思いまして。今、金文を読む会のみなさんに頼んで、ありったけの拓本をいただいているところです」


 ようやく劉巴も納得した。

 毎日毎日、入れ違いに何人もの官人たちが、多いときには何十枚の紙を届けに来る。属官たちはそれを受け取り、李梓に渡す。

 一日に何度も同じことを繰り返していると、流石に何をさせられているのか他の属官たちも気になっていた。劉巴は腑に落ちたと同時に、李梓の出土資料に対する引きの良さに驚いた。


「ちなみに、金文を読む会はどこまで知って協力してるんですか?」

「まだ銘文のことは伏せて、拙が来るより前に流通していた拓本をくださいと伝えました」

「なるほど。じゃあ俺が集めてるのも見ます?」


 腰に手を添え、劉巴が言う。彼も青銅器の拓本集めを趣味としている官人の一人で、独自の拓本蒐集の伝手も持ち合わせていた。


「え、いいんですか?」

「そんな熱心な奴らが持ってる拓本なら、同じものばっかかもしれないですけど……」


 劉巴にしては珍しく、自身の無さそうな声に楊武は首を強く左右に振って否定した。


「そんなことありません! 今のところ、確かに重複はありますが、それ以上に種類が多いので! とにかく母数は多い方がいいんです!」


 こぶしを握って力説する楊武に、劉巴はいつもの調子を取り戻す。


「了解です! んじゃあ、知り合いにも声かけますね」

「ありがとうございます! あ、拓本のどこかに名前を記載してもらってください。今の段階でこんだけありますので」

「え、その下もっすか!?」


 楊武が椅子を机から離すと、机の下にも拓本の入った箱が出てきた。既に箱の高さとほぼ同等になった拓本の数々が、読まれる順番を待っていた。


「まだ仕分けができていなくて……」


 椅子を引きよせて机に向かうと、楊武は筆を再び持った。


「今は数が欲しいんで。名前さえわかれば最悪吏部(りぶ)に確認をしていただけますので、お手数ですが名前の記入をお願いしますとお伝えください」


 筆をくるりと回した楊武は、劉巴の目をまっすぐ見つめる。


「今度こそ『史誌』が残した前寛王朝の系譜が全て正しかったと証明し……。前寛の再発見として大々的に発表できるように努力します」

「ますます王氏の意見と対立しますね」


 また歴史的快挙に立ち会える興奮を抑えつつ、劉巴は楊武に問う。既に銘文に目を通し始めた為、楊武の口調は荒かった。


「そんなつもりはないんですけどね。人と張り合ったところでどうにかなる発見ではないので。

 拙はただ、地下から出てきたものを解読して、正しい歴史を紡ぎたいだけです」


 そう言うと楊武からの返事は無くなった。この状態の楊武に何を言っても聞こえないのは既に承知済みである。


 劉巴は楊武の自室を出ると、拓本蒐集家の友人たちに宛てる文をしたためた。


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