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伍:周貴人と央晧

 楊武と遼煌が庭園を遊覧していたのと同時刻、央晧は匡曄の母である周貴人の元を訪ねていた。

 後宮は男子禁制の為、今日は幼少より信頼を寄せる英慶宮の宦官・懿栄が傍に控えている。


 周貴人の宮は東太后(とうたいこう)とも呼ばれている幸皇后と同じ東六宮の一つに配置されていた。元宮女と言うこともあって、官職には似つかない、比較的徳帝の住まう乾清宮からは遠い場所に彼女の宮はあった。

 そして、周貴人が東に配置されているのは、もう一つ理由があった。


「――お久しぶりです。叔母上(おばうえ)


 背筋を伸ばした央晧が周貴人へ頭をさげる。低く落ち着いた声には、幼かった面影はない。

 周貴人は央晧の母である幸皇后の従妹で、央晧は従甥にあたる。便宜上、央晧は周貴人を叔母と呼んでいた。


「大きくなられましたね、太子」


 眉を顰めた央晧が不満げな声で答えた。


「昔のように央晧と呼んではいただけないのですね」

「もう、昔とは違うのですよ」


 姿も、立場も。隠れた周貴人の言葉の続きを央晧はくみ取っていた。


「そう、ですね」


 眉を八の字に寄せて瞼を伏せる。央晧はまた一つ居場所を失ったような気がした。央晧の悲しげな表情に、周貴人は言葉を返せなかった。


 話題を変えるため、視線を上げた央晧が小さく笑みを作って尋ねる。


「匡曄は?」

「今は乳母が……ああ、ちょうど戻ってきましたよ」


 奥の部屋から乳母に抱かれ、赤ん坊が周貴人の元へ連れてこられた。


「……ちいさい」

「赤ん坊ですからね。抱きますか?」

「え、え……ええと……」


 興味はあるが果たしてそう易々と抱けるものなのだろうか。戸惑う央晧に、背後から懿栄が助け船を出した。


「既に首は据わっているとのことですので、大丈夫ですよ」


 懿栄の言葉に周貴人も頷く。

 央晧が乳母の方を向くとにっこりとほほ笑んで、匡曄を差し出した。

 おそるおそる抱きかかえると、匡曄がもぞもぞと腕の中で動く。央晧は匡曄が身体を捩るたびに、腕を強張らせていた。


「小さい頃の太子に、やはり似ていますね」


 周貴人が言うと、懿栄も同意する。


「殿下は匡曄様より更に小さいお身体でしたので、従者たちは潰してしまわないか、抱き上げる度にはらはらしておりましたよ」

「ええ、わたくしもそうでした」


 周貴人は本家の娘である幸皇后の宮女として後宮に入った。故に懿栄同様、幸皇后の子である央晧の世話にも携わっていた。


「……太子。貴方が考えていることを当ててみせましょうか」


 周貴人の言葉に、央晧が表情に陰りを見せたのを彼女は見逃さなかった。


「貴方が考えている通り、従姉上(あねうえ)の望みを陛下が叶えてくださったのよ」

「……」


 下唇を噛みしめる央晧に心苦しさを覚えたが、周貴人は話を続ける。


「央晧を支える兄弟を、と従姉上(あねうえ)がそう進言したそうです」


 弾かれるように顔を上げたが、央晧はすぐに顔を伏せた。複雑な思いを抱く央晧の腕の中では、異母妹である匡曄が肩にかかる長い髪をもてあそんでいた。


「陛下は従姉上(あねうえ)をとてもご寵愛されていらっしゃいますし、一度は拒まれたようです。しかし、従姉上(あねうえ)からわたくしの名が出て……苦渋の決断をされたようです」


 徳帝の後宮は、特殊な空間となっていた。


 遼煌の母であり、央晧の育ての親でもある旻皇后は、高官の娘で徳帝最初の妃となった。しかし、十以上も年上で、徳帝との関係は軽薄であった。

 また、皇后と言う立場に興味が無かったこともあり、遼煌が生まれた後も権力に溺れることなく静かに後宮で暮らしていた。


 その一方で、幸皇后は徳帝に見初められて皇后へと上り詰めた女性であった。元から身体は強くなかったが、央晧を出産後に一部の宮女や妃から受けた仕打ちによって、病床に臥せることが多くなったと言う。


「実際、陛下のお子は第一公主様と太子のみ。歴代の皇帝はみな、十人近い子を成していました」


 見かねた旻皇后が幸皇后を救うべく、央晧を自身の元で育てた。幸皇后の罹患以降、徳帝と後宮の関わりは日に日に薄れていった。

 後宮は数千人の女性が滞在しているにも関わらず、徳帝と面会できる女性はほんの一握り。それも両皇后とその従者のみとなっていた。

 央晧と言う世継ぎが居るとは言え、十数年ぶりの第三子の誕生は官人たちをどれほど喜ばせたかは定かではない。


「……結果として、弟ではなく妹でしたが、従姉上(あねうえ)も喜んでおられましたよ」


 周貴人は央晧の髪を引っ張ろうとする匡曄の手を指で開いた。小さな手のひらが貴人の人差し指を懸命に掴む。顔を歪めた央晧がその様子を呆然と見つめる。


「最近、従姉上(あねうえ)の宮には行っていないのでしょう?」

「……はい」

「せっかく声変わりもして、背も伸びたのだから、従姉上(あねうえ)に顔を見せに行きなさいな」


 央晧は自分のせいで母が病気がちになったと知ってから、幸皇后の元へ行くのが怖くなっていた。しかし、周貴人の話を聞き、腕にあるぬくもりを感じ、自分も母の思いに応えるべく一歩を歩もうと心を決めた。


「今はまだ……。ですが、()()が終わったら。会いに行きます」


 央晧が匡曄の顔を覗き込んで微笑む。

 央晧の言う「全て」が何かわからなかったが、周貴人は久しぶりに頬を緩める従甥に胸を撫でおろした。


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