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肆:勘違い

 茶会と言う名の愚痴大会を終え、楊武と遼煌は庭園を歩きながら『穆天子伝』の話をしていた。

 絶景の縮図とも言える庭園内には、池に浮かぶ六角亭以外に、流水を表した文様のある池や洞窟や岩山など、様々な絶景がこれでもかと詰められていた。


「ふーん。なるほどね。『穆天子伝』はそういう流れで連載になったわけ」

「読解できない文字が多いので、直訳は不可能ですが、意訳ならと思いお受けしました」

「地名も空いてる字が多かったわね」


 二人で並ぶ様子は恋仲と言ってもおかしくない。初対面とは思えないほど打ち解けている遼煌と楊武を見て、宮女たちは各々二人の関係を邪推しているようだ。


「あそこから見える景色がすごいのよ!」


 山頂のあずまやを指さす遼煌に、楊武は首を横に振った。しかしそれで遼煌が納得するわけもなく、楊武は腕を掴まれてあずまやに連れていかれる。


 裾や袖の長い袍に加えて、高く結い上げられた髪には固定するための櫛や簪。そして遼煌をより美しく見せるための花釵(かんざし)耳墜(みみかざり)が歩くたびに揺れていた。

 元より動き回る服装ではないのだが、身なりを気にせず遼煌はずいずいと山頂を目指す。


「あっ」


 案の定、遼煌は裾を踏んでしまい、倒れ込みそうになった。寸でのところで楊武が背後から腕を引いたので、転ぶことはなかったが、下から見守っていた宮女たちからは色めいた声が上がり、ありもしない誤解を受けていた。


「ほっそい腕」

「す、すみません……」

「冗談よ、ありがとう。李君」


 周りがどう囃し立てようとも、当の本人たちは何とも思っていない。ただ転びそうになった遼煌を、楊武が助けた。それだけである。

 二人の間に宮女たちが思うような感情が芽生えていないことを知っている博麗だけは、楊武と遼煌の今後を案じていた。



 庭園からの帰路も、二人はずっと『穆天子伝』の話をしていた。物語への感想だけでなく、初対面で報告した以降の研究成果なども含めた質疑など、話は尽きることがなかった。


 楊武と遼煌を先頭に、博麗が続き、そのまた後ろに宮女たちがずらりと並ぶ。

 彼女たちからは、二人がどのような会話がなされているかは聞こえない。それもそのはず、博麗が二人との距離をあえて開け、宮女たちを遠ざけていた。

 李梓と遼煌の噂が流れれば、見合い話も減る。遼煌の負担を少しでも減らすため、宮女たちの色めいた声を背に、従順な臣下は思考を張り巡らせていた。


「じゃあ今は、あの墓が出来た時代に人々がどこまでを国として把握していたか、ぐらいしか『穆天子伝』からは読み取れないのね」

「そうですね……。それすら真実か危ういところはありますが」

「でも重要よね。『史誌』が引用しなかった書物だし、比較とかやれることは沢山あると思う」


 遼煌は顎に手を添えて思案する。その姿はやはり徳帝や央晧と似通っており、彼女もまた知識欲を何よりも優先する皇族の血が通っていた。


「ええ。ですが、拙はいずれ『穆天子伝』も地理的意味だけではなく、文章としても再評価を得る時が来ると信じています」

「と、言うと?」

「今はわからない文字だとしても、今後、新たに竹簡や青銅器が発見された際に同じ文字を持つものが現れたり、同じ語感を持つ文脈が発見されるやもしれません」


 楊武は言葉を区切ると、隣を歩く遼煌の顔を覗き込む。


「なので、拙はこの竹簡が……後世にもっと幅広い研究のきっかけになってくれる日を待っています」


 柔らかく微笑んだ楊武に、遼煌が肩をぽんと叩いた。「そういうところなんだろうねえ」と目を細めて笑った。


「李君って自分の手柄を求めるより、自分が(いしずえ)になっていずれ発展すればいいって思う人種よね。多分うちの家系、その思考大好きよ」


 肩を叩いていた手に力が入り、ばしばしと音を立てている。楊武は痛いと抵抗できるわけもなく、笑みを作って濁していたが、やがて察した博麗によって止められた。


「いやあ、やっぱ李君面白いね! 楽しかったわ!」

「あ、ありがとうございます……?」


 果たして、自分は褒められているのだろうか。楊武は遼煌の言葉を素直に受け取って良いのかわからず首をかしげた。

 自信の無さそうな表情の楊武を見てにやにやしていた遼煌は、楊武の背後に見知った顔を見つけた。


「央晧!」


 遼煌の声に楊武も振り返ると、楊武たちと別の方角から乾清門(けんせいもん)に向かう央晧と宦官の懿栄が並んでいた。


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