弐:第一公主の婿選び
翌日の早朝の儀にて、楊毅はあくびを噛み殺しつつ正殿へと向かった。
待ち合わせの為、正殿から目と鼻の場所で立ち止まる。ぞろぞろと正殿へと吸い込まれていく官人たちを横目に、楊毅は我慢することなく盛大にあくびをしようとしていた。
「楊毅! 聞いたか!?」
背後から肩を叩いてきた待ち人に驚かされ、あくびは不発のまま終わった。消化不良のもやもやを胸に抱えつつ、後頭部を掻いて振り返る。
一方、楊毅の内心を知る由もない待ち人、董鶚は挨拶よりも早く宮中の噂を楊毅の耳に入れようと話し始めた。
「何をだ?」
「第一公主の馬付馬候補の話だ!」
「へぇ、公主様、やっと旦那選びが始まったのか」
「そうじゃねえ!」
想像していたよりもはるかに情報が遅い楊毅の両肩を、董鶚は思いきり掴んだ。
「その候補の中にあの李梓も居るんだよ!」
董鶚の言葉を、楊毅の耳は受け入れられなかった。ぽかんと口を開いたまま動かない楊毅に、董鶚は畳畳みかける。
「なんでも、陛下直々に選んだらしいぞ。お前、前に李梓を助けたんだろ? なんか聞いてないのか?」
呆然とする楊毅を見て、董鶚は腕を組んで呆れた顔を見せる。
「……いや、あれ以降なんもないし、初めて聞いた」
平然と李梓、もとい楊武との関係を偽る。
その様子はただ驚いて反応に遅れただけ。さすがの往年の友・董鶚でも楊毅の様子をそう捉えた。
「ちぇ。知り合い程度になってたら詳しく聞いてもらおうと思ってたのによ」
「すまんすまん」
口を尖らせた董鶚に、楊毅は困った笑みで答えた。
内心、楊武が自身のあずかり知らぬところで結婚するかもしれない現実を受け入れられず、何度も何度も、董鶚の言葉が脳内を反響していた。
「ま、他にも候補はいるらしいから確定ではないにしろ、李梓の異例の重宝ぶりにはちょっと興味あるよなぁ」
「そ、そうだな……」
「公報の連載、『穆天子伝』だっけか? あれも面白かったし、聞いた話では李梓の論文に書かれてた内容が面白かったから陛下が直々に連載を頼んだとか言うし……。手元に置きたいのかねえ」
一人話し続ける董鶚に、楊毅は曖昧な相槌を返していた。
ふと、隣の官人たちと肩がぶつかった。楊毅はすぐに謝罪し、振り返った相手も謝罪し、事なきを得た。
官人が話し相手に向き直り、話の続きを早々に始めたため、自然と楊武にも彼らの会話が耳に入ってきた。
「……公主の馬付馬、噂になってんだな」
「お前、本当に疎いよな」
周りみんなその話で持ち切りだぞ。辺りの官人たちを見回す楊毅に、董鶚は肩をすくめる。
「興味がないだけだ」
「ま、楊職方司殿は兵法書と戦地が恋人だもんな」
にやりと笑う董鶚に、楊毅は納得していない様子で言い返そうとしたが、頃合いよく正殿の入口へと到着した。静まり返った殿中を目の前に、楊毅も言葉に詰まる。
董鶚の方を見ればしてやったりと歯を見せていた。楊毅は睨みを利かせるも、何も言い返せないまま、正殿に足を踏み入れるしかなかった。
馬付馬…本来は馬へんに付の一文字で「ふ」と読みますが、環境依存文字のため、この通りに記載しております。




