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拾弐:自慢の兄弟たち

「それでは、これにて失礼いたします」


 央晧の私室から去り際、楊毅が扉の前に立って振り返った。


「全部終わったら、またちゃんと会おうぜ! ()()殿!」


 大きく口を開けて豪快に笑う楊毅は、楊武の兄ではなく、兵部職方司・楊毅として立っていた。

 楊武がこくりと頷くと、笑顔を絶やさずに英慶宮を去った。


 武英殿への道すがら、思い出すのは先ほど見た楊武の目。家で書物に埋もれていた弟の面影はそこになかった。

 楊武の安否に足取りは軽く、楊毅は鼻歌でも歌いそうな様子だった。

 しかし、弟の成長が嬉しいような、寂しいような、やはり嬉しい気持ちが勝るような。どこか複雑な気持ちを抱いていた。



 楊毅が武英殿へ戻ると、私室内は央晧と楊武、そして博文の三人となった。


「伊達にあの若年で職方司に選ばれただけはあるな」

「気前の良さや人望とは別に、能天気や天然とよく噂では聞いていましたが、意外としっかりされていましたね」


 人一倍、宮城内の噂に敏感である博文は、事前に楊毅について情報を得ていた。


「訓練が無い日は事務作業を庫部司の董鶚に任せ、一日兵法書を読んでいると聞いていたので、てっきり大らかな楊武殿のような方が来られるのかと」

「……血は争えんな」

毅兄(き にい)は昔から人が良く、兄弟の中でも特段人望が厚い人でした。……ですが、兵法と軍事以外全く興味がないのも事実です」


 幼少期を思い出したのか、楊武は困った笑みを浮かべる。

 何度庭を駆け回って、周囲の音が聞こえなくなった兄を探し回ったことか。思い出しただけでため息が出る。

 とは言え、央晧の言う通り血は争えないため「お前もいつもああなっているよ」と他の兄弟に言われた時は、それなりに衝撃を受けた。


「そういえば、お前の兄弟は他に何人居るのだ?」

「うちは六人兄弟です」


 なんの因果か、全員男です。

 楊武が言うと、央晧は素っ頓狂な声をあげた。この時代、子供の数が多いのは珍しくない。しかし、六人揃って男となると、やはり希少性は高いだろう。


「六人も居るのに全員男だと!?」

「はい。まあ、うちは男手が多いに越したことはないので」


 へらりと笑う楊武は、兄弟の話を続ける。久しぶりに家族の話が出来るからか、勉学でもないのに随分と饒舌であった。


「一番上の楊隆(よう りゅう)西域(さいいき)都護府(とごふ)で長官をしています」


 都護府とは、辺境の警備などを行う軍事機関である。都護府の長官や副長官は、中央政府との折り合いを兼ね、地方官人ではなく中央から派遣されている。


「二番目が兵部職方司の楊毅、三番目の楊豪(よう ごう)は楊隆の部下として西域の都護府にいます」


 楊武の兄たちはいずれも宮中では知らない者は居ないほどの傑物揃いだ。

 改めて楊武が軍事の名門・楊一族の息子であると、央晧は思い知らされていた。


「そして拙が四番目で、五番目が楊威(よう い)、六番目が楊将(よう しょう)です。二人も辺境に派遣されていますので、中央に居るのは毅兄と父ぐらいだと思います」

「そのお二人は先日、僻地の小競り合いを治めたと行賞を受けていましたね」


 博文が言うと、央晧は額に手をあてた。


「……これほど逸材だらけなのに、何故お前だけ才能が無かったのかわからんな」

「拙もそう思います」

「少しは否定しろ」


 あっけからんと答える楊武に、央晧は頬を抓る。


「いひゃひゃひゃ」

「あのなぁ。前にも言ったが、余はお前を評価しているのだ」


 ぱちん。央晧は抓り終える間際に指に力を込め、痛みを増加させた。ひりひりと痛む頬に、楊武は思わず手を添えた。


「いえ、でも才能が無かったのは事実なので……」

「それはあくまで、武官としてだろう。お前は代わりに学術の才がある」


 楊武の言葉に、央晧が食い気味に反論する。

 先ほどまでの穏やかな空気から一転、真摯に見つめる央晧に、楊武は息を呑んだ。


「お前は自分を過小評価しすぎだ。余に”前寛抹殺論を根本から崩す“と意気込んでいた勢いはどこに行った」


 央晧はため息をつくと、腕を組み、言葉を続けた。


「武よ。お前の才能は師父や余がよく知っている。おそらく師兄らもな。他の兄弟とたまたま方向性が違っただけで、お前も間違いなく努力を欠かさない、才能のある人間だ。もっと胸を張れ」


 劣等感を抱くことはないが、異分子であることは十分理解していた。

 全てを踏まえて、自身に価値を見出してくれるこの幼い主に、楊武は心の底から感謝した。


「……ありがとう、ございます」


 とろけた笑みで謝辞する楊武を見て、央晧は動揺した。その言葉に裏が無いのは、楊武の表情を見ただけでわかる。


「れ、礼なぞいらん! 余はまっとうな評価を述べただけだ!」


 ぷい、とそっぽを向く央晧の頬は桃のように色づいていた。

 未だ慣れない、真正面からの謝辞。

 卑下た笑みを貼り付ける老臣ばかりを見てきた央晧は、楊武や楊毅のように直球で感情をぶつけられると、どのように対応してよいかわからなかった。


「功績もですが楊一族はみなさん、お名前も全員雄々しいですね」


 もじもじする央晧を見かねた博文が助け船を出す。我に返った央晧は楊兄弟の名前を連ねる。


(栄える)(強い)(勢い)(勇ましい)(厳か)(率いる)か……。父が楊勝(よう しょう)であろう? 名前だけで一戦勝てそうだな」


 揶揄って笑う央晧に、頬の赤みは既に無かった。

 央晧の表情がくるくると忙しなく変わるのも、孫師父や楊武の前だけだと博文は知っている。


「名前で戦をされたら、間違いなく拙が名前負けして死にます」


 楊武が冗談交じりに言うと、央晧が声を上げて笑った。

 その日の英慶宮には、少年の笑い声が絶えることなく聞こえていた。


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