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玖:孝と葬送

 名目上、楊武は央晧の教育係の一人だ。


 故に時折、央晧の私室にて講義を行っている。

 とはいえ、楊武が教鞭を取る内容については、孫師父から一通り教えは受けているため、それまでの復習や、楊武の得意とする金文解読などに重きを置いていた。


 頻度で言うと密談の方が圧倒的に多いが、日常的に央晧と楊武は会話も多く、その中で軽い講義になることもよくある。

 改まって講義と言う形をとる必要がないとも言えるだろう。

 そんな久しぶりに開催された講義は、「孝」に関する内容であった。


「話次いでに聞いてほしいんだが」


 不意に央晧が尋ねる。楊武が音読を止め、央晧へと目を向けた。


「どうしました?」

「ああ、いや、ふと思い出したので聞いておこうと思ったのだが」


 やや話すのを渋っている央晧に、楊武は首をかしげる。


「読書会の日の話なのだが……」


 だから話すのを躊躇っているのか。

 自分を気にかけてくれている央晧の優しさに、楊武は心が温かくなった。


「お気になさらず。どうぞ続けてください」


 楊武が促すと、央晧がつぐんでいた口をゆっくり開いた。


「すまん。父上が先日、ある地方の有力者の殉死(じゅんし)について考えられていたのだ」

「殉死、ですか?」

「ああ。その有力者の徳なのか、殉死した親族、臣下が百を超えていたらしい」

「それは、随分と多いですね」


 殉死とは、字のごとく、死者に従って死ぬことである。

 この大陸一帯に文明が出来た時点から殉死と言う葬送が存在していたことは、発見された古代の墓からもよく知られている。長い年月をかけて形は変化しているものの、この習俗は、嘉王朝に至るまで途絶えることなく続いていた。


「嘉でも歴代皇帝には必ず殉じて埋葬される側近や妃らは居るが、父上はどちらかと言うと臣下には共に死なれたくないようでな」

「なるほど……」

「孝とは関係ないので、気にしないでくれ」


 央晧が講義に戻ろうとするが、楊武は顎に手を添えたまま考え込んでいた。


「果たして本当に関係ないでしょうか?」

「なんだと?」


 教本を開くと、「ああ、これじゃないか」と楊武が呟いた。


「すみません、手元には無いのですが、かの思想家もこう言っています。”明器(めいき)(つく)る者、()の道を知れり“と」


 楊武は教本を閉じると、紙に文字を書き始める。


「明器と言うのは人型ではない副葬品全般を指します。この一文は、人の形を模した(よう)を作って死者と共に埋めるのは、殉死しているようでよくない、と言う内容の一部です」


 自分から振った話ではあるが、まさか「孝」の思想家の言葉が出てくるとは思わなかった。

 央晧はぽかんと口を開いたまま、楊武の話を聞いていた。


「この話の本当の意味は、明器を人の形にする必要はないと言う内容なのですが、元を正せば殉死がよくないから人の形に似せるのもやめようと言う話になります」


 楊武は筆を止めると、央晧の方に向き、自身の意見を述べる。


「陛下が殉死を望まれないのなら、薄葬(はくそう)でもよいと思います」


 豪華な副葬品や殉死、規模の大きな王墓を作るような大規模な葬送を厚葬(こうそう)と言い、その逆で質素な葬送を薄葬と言う。


「確かに、主と共に死ぬのは悪くないと思います。死してなお仕えたいと思える王など早々に居るとは思えませんので。よほど良き主君だったのでしょう」


 ですが。楊武はそこで話を一度区切り、ゆっくりと声をあげた。


「あまりに不孝です」


 楊武の凛とした声が室内に響く。

 央晧は一瞬だけ楊武の髪に目を移すと、自分が招いた楊武の不孝を悔やんだ。


「天華を初めて統一した逸は、統一以前から既に人ではなく俑を使用していました。戦国時代の列強の中でも早い段階から人間ではなく、俑に切り替えています」


 央晧が歯を食いしばる様子を、楊武は気付かぬふりをして話を進める。

 今、自分が央晧に言葉をかけたところで自身を余計に責めるのは明らかだと楊武は理解していた。


「『史誌』でも有名な始皇帝陵(しこうていりょう)が、まさに俑を使用した例です」


 未だに盗掘がされていない未踏の陵墓(りょうぼ)には、始皇帝に仕えた臣下一人ひとりを模して造られた人俑(じんよう)だけでなく、車馬(しゃば)や戦車と言った軍事関係、そして食べ物や日用品まで、土や青銅で模した明器が眠っていると言う。


 すると楊武は何かを思い出したのか、目を見開くとすぐに苦笑した。


「……まあ、あの陵墓は臣下を連れていませんが、代わりに造るのに携わった人間はみんな死んだと言われてますけどね」

「何故だ?」


 純粋な疑問を抱く央晧に、楊武はため息をついて答えた。


「残酷な話ではありますが、盗掘を防ぐためかと」


 眉を顰めた楊武の返答に、央晧は「ああ」と納得した。


「副葬品と始皇帝が眠る場所へたどり着くまでに、どんな精密なからくりが仕掛けられているとしても、その種を知っている者が居れば、始皇帝の死後は盗みたい放題ですからね」


 師父の生前時に文物や盗掘品を買い付ける羽目になったことや、竹簡の復元に手間取っていたこともあって、楊武は安易に墓を暴いて盗掘を生業としている人々を酷く嫌悪しているようだ。


 一方、央晧は『史誌』の記録への違和感に気付き、声を上げる。


「なるほどな。『史誌』はあえて理由を書かずに数万人が殺されたと記し、逸への残虐性を植え付けることもできる」

「さすが太子ですね。その思惑通り、時代が下ってもなお、逸は残酷な印象がいつまでも残っています」


 小さく拍手を送る楊武に、央晧は少し照れ臭かった。


「深いな……。師父や武の話は興味が尽きない」


 当たり前に読んでいた書簡の行間を、深く掘り下げて読むのはとても興味深い。

 弾んだ声で言う央晧が「んんっ」と咳払いをした。

 央晧が楊武の前で咳をしていた日から楊武は央晧を案じていた。

 しかし、後日訪ねてきた博文から気にする必要はないと言われたため、あれ以来、咳払いが耳についても聞こえていないふりをしている。


「拙は師父の受け売りですよ」


 楊武は、央晧の称賛に笑顔で答えると話を戻した。


「話を戻しますが、殉死の欠点は他にもあります」

「ほう?」


 央晧が身を乗り出し、楊武の言葉へ耳を傾ける。


「皇帝の側近が死ぬ。つまり、有能な人材ほど早く居なくなるわけです」


 楊武は再び筆を取り、図を書き始めた。


「陛下直々の臣下の方たちは、恐らく躊躇いもなく殉死を選ぶでしょう。

 すると太子の代には、その地位に殉死された方の部下が選ばれます。有能な臣下が一代で居なくなり、能力の低い臣下だけが残る……」


 楊武によって役職に×印が記される。

 以前の側近よりも低い地位から抜擢された官人――仮に〇印で表現されている――が、×印のすぐ下に書き足された。


「たとえ太子の代はうまくいったとしても、その次の代は更に下位の官人が、その次はそのまた下位の官人が。

 本来の寿命で言えば、次の治世まで活躍ができたであろう才能ある官人が、ことごとく一代で亡くなられるのは、あまりに惜しいと思いませんか?」


 ×印が増えると、〇印も増える。それを繰り返すうちに、楊武がため息をついた。


「役職に対して、官人は下から補充されます。官人は年々補充されるとは言え、経験値の低い知識しか持たない人間が即戦力になるのは難しいでしょう。

 有能な人材が短命である故に、優秀な官人が先細る一方となれば、いずれ嘉は滅びます。……今までの王朝と同じように」


 央晧がごくりと喉を鳴らした。

 殉死と言う概念を理解していたつもりであったが、忠義と言った不確定な要因を良しとするのみで、国の存亡にも関わる危険性までは考慮していなかった。

 央晧は自分の思慮の浅さを悔やんだ。


「と、言った具合ですので、優秀な人材を少しでも長く雇用することもできますし、拙としては俑の使用をお勧めします」

「……うむ」

「とは言え、葬送儀礼は陛下の威厳を示す最後の機会でもあります。こればっかりは陛下のご意思次第かと」

「いや、言っていることは尤もだ。ちなみに余は絶対に殉死を望まないからな、覚えておけよ」


 央晧はそう言うと腕を組んで唸る。

 まだ先の話とは言え、懸命に国や臣下を思いやる央晧の姿に、楊武は殊勝な幼子を支えたいと強く願った。


 楊武が微笑ましい思いを抱いている一方で、何かを閃いたのか、央晧が顔をあげてはっとする。

 蛇に睨まれた蛙よろしく、楊武は人の悪い笑みを浮かべた央晧を前に、硬直した。


 せっかく感動していたのに、また何かに巻き込まれる気がする。

 楊武は頭を抱えたい気持ちを懸命にこらえていた。

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