肆:央晧の不調
「読書会、ですか?」
今日も今日とて、史料の積まれた机に楊武は向かっていた。
筆を硯の淵に置き、いつもの定位置に顔を向けると央晧が頷いた。
「今更ではあるが、公報での連載も始まったことだし、改めて李師父のお披露目会と言うわけだ」
「は、はあ……」
反応の薄い楊武に対して、央晧が発破をかける。
「小規模ではあるが、父上と各省・部の長官らも招待する」
足を組みなおした央晧は、口を強張らせた楊武を見てにやりと笑う。
「もちろん王氏も、な」
想像通りの言葉に、楊武は一瞬くらりと視界が揺れた。机に肘をついて項垂れる楊武に、央晧は声を上げて笑う。
「やっとご対面だな」
年末から早朝の謁見には欠かさず参内しているとは言え、未だに楊武と王氏が顔をあわせて話をしたことはない。
「仮にも余が主催する李梓主役の会だ。早々に何かしでかすことはないだろう。とりあえずお前は胸を張って座っていれば問題ない」
楊武の肩を軽く叩き、満足げな央晧は椅子から立ち上がった。
「伝えたからな。ちゃんと身だしなみは……んんっ、整えておけよ」
途中で痰が絡まったのか、咳払いをいれた。
央晧は気にすることもなく口元に弧を描いていた。
一方で、楊武は央晧が自身の前で初めて体の不調のような症状を見せたことに肝を冷やしていた。
「部屋、寒かったでしょうか?」
「いや、特には。最近よく喉が詰まりはするがそれ以外に不調はないぞ」
「まさか蟲!?」
「それならおぬしが狙われるだろうよ」
からからと笑う央晧に、先ほどの不調は見られない。
蟲とは俗にいう蟲毒のことで、古代より使用されてきたまじないの一種である。
康代には既に存在していたようで、当時の占いで使用されていた亀甲に文字が確認されている。
病を人に与える禁術として、嘉王朝においても呪いの一種として恐れられていた。
「そう神経質になる必要はないぞ!」
「ですが……。博文殿からも何か言ってください!」
気に病むことがないのは長所でもあるが、短所にもなりがちだ。楊武は事が起きてからでは遅いと言いたいのだが、央晧には響かず、博文に助け船を求めた。
「今回は楊武殿に賛同いたします。念のために就寝前に漢方を服薬していただくよう懿栄殿に伝えておきます」
央晧は漢方と聞き、口の中に独特の苦みが広がった。
顰め面の央晧を見て、楊武は苦笑したが「これも太子のため」と心を鬼にして博文へ続いた。
「太子のお体に何かあっては、拙らの悲願にも影響を及ぼすやもしれません。どうぞ、ご自愛ください」
そう宥めつつも、大袈裟かもしれないと楊武は内心では思っていた。
しかし、央晧には師父に関する内容が最も効果的である。心苦しいがやんわりと師父の話題を出した。
「……そうだな。余も軽率だった」
効果てきめん。楊武は心の中で、いつも以上に師父に感謝を述べた。
「良薬は口に苦しと申します。読書会のためにも体調は万全にいたしましょう」
博文の言葉に央晧が頷く。
博文が包み込むように央晧の肩へ手を添えると、央晧は「また来る」と言って部屋を去った。
扉が閉じる間際、央晧がもう一つ咳払いをしていたのを、楊武も博文も聞き逃さなかった。




