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弐:楊毅と言う男

「いやあ、まさかあの楊毅に声をかけられるとは」


 朝賀の儀を終え、楊武もとい李梓と英慶宮の属官たちは列をなして帰路についていた。

 途中、朝賀の儀の前に起きた出来事が話題にあがり、劉巴が話を始めた。


「足止めを食らったと言っていたが、どうしたんだ?」


 劉巴の隣を歩く羅浪が尋ねる。


「受賀の儀を終えた楊毅に、李殿が絡まれたんだよ」

「楊毅ってあの、楊一族の次男坊かい?」

「そーだよ。あんな有名人が文官に向かってくるもんで、武官たちの好奇の目も怖いこと怖いこと」


 羅浪の更に左隣に並ぶ姫沛が顔を覗かせると、うんざりした顔で劉巴は答えて頭の後ろで手を組んだ。

 長い袖がまくれあがったのを見て、後列を歩く郭屯が「腕が見えてはしたないよ」と苦笑いしていた。


「とんだ災難だったな」


 もちろん、李殿も。

 羅浪が最後列に一人歩く楊武に声をかけると、考え事をしていた楊武は慌てて顔をあげた。


「え? なんの話ですか?」

「元を正せば、李殿が受賀の儀と朝賀の儀の合間に寝てたせいなんですからね!?」


 振り返った劉巴が呆れた声を上げる。ああ、さっきの話か、と楊武が考えていたことと同じ話題に、すぐさま納得した。


「すみません。元旦と言うことを忘れていて、昨日も夜中まで執筆していました」

「え? この前も出版されたばっかりじゃないですか、また書いてるんですか?」

「ええ、まあ。これはまだお話できない案件ですが、近々発表されると思います」


 楊武にしては珍しく含みのある物言いに、六人は顔を見合わせる。

 しかし、楊武はにこにこと微笑むだけでこれ以上話を広げそうになかった。仕方なく属官たちは話題を楊毅へと戻した。


「それにしても楊家ってのはすごいな」

「あの若さで嘉国一体の防衛を一任されているんだもんね」


 羅浪の感嘆に、姫沛もため息をついた。


 楊毅は元々、蛮族との戦における最前線に配属された武官であった。

 昨今、嘉国と他民族の間に大きな戦はないが、交易のない少数部族との小競り合いは、日常的に起こっている。

 楊毅は最前線にて、限られた兵力で何度も勝利を収めていた。その結果、防衛戦における肝心要を司る兵部・職方司(しょくほうし)と言う官位を受け、中央に招集された。


 ちなみに、官品は楊武と同じ従五品にあたる。

 以前、楊武が太子中庶子を受けた際、兄弟たちの実績を積み重ねて与えられた官位と同等以上の官位を受け賜わったのではと懸念していたが、あながち間違いではなかった。


「実力で辺境から中央に来たとは言え、やっかみが多そうだよな」

「わかる」


 劉巴の言葉に、思わず全員が苦笑した。


 彼らの所属する皇太子府は、中央政府から別枠として振り分けられている。

 中央政府――花形と呼ばれる中書(ちゅうしょ)尚書(しょうしょ)門下省(もんかしょう)や、礼部や兵部の総称である六部を含んだ職官たちは全員、皇帝の臣下にあたる。当然、皇太子を含む皇太子府も皇帝の臣下に数えられる。

 しかし、皇帝の臣下が全員、皇太子の臣下と言うわけではない。中央政府の官人たちは、あくまで皇帝に仕える臣下であって、皇太子の直臣ではないのだ。


 皇太子に慶賀を伝える儀式が、受賀の儀と朝賀の儀が二つに分かれているのもそのためである。

 受賀の儀は、父である皇帝の群臣から慶賀を受ける儀式で、朝賀の儀は皇太子府の直臣から慶賀を受ける儀式とされており、この二つの儀式は、皇太子と臣下の関係性によって、所作から面する方位など多くの点で作法が異なっていた。


 また、皇太子府の属官らは、中央政府との兼官がない限り、今上皇帝時に政治に関わることがほとんどない。

 属官に有力者の子が多いのは、次期皇帝の時代にも一族が活躍できるための布石だ。しかし、個人としては、若い時分から中央政府で活躍できる楊毅のような立場が羨ましい。

 その反面、身近で老臣たちの嫉妬や僻みを見ている分、若いうちから出世するのは苦労をしそうだと複雑な思いも抱いていた。


「そういう意味では、李殿も大変そうですよね」


 不意に班該が楊武に話題を向ける。急に話を振られて楊武は目を丸くした。


「え、拙ですか?」

「確かに。あの一件で間違いなく王長官に目つけられちゃいましたよね」


 歯を見せてにやりと笑う劉巴に、楊武は両手を振って拒絶する。


「あれは、たまたま発表時期がかぶっただけですし、しかも拙の書物は王墓での発見があってこそで……。拙は王長官の目に留まるほどの能力はありませんよ」


 年末に開局した書局への祝い兼、試作として制作された数冊の書物。

 中でも一際注目を集めたのが、王氏と、楊武もとい李梓の著書だった。


 太子少傅・王氏と太子中庶子・李梓による皇太子府内の史学論争は、官人らの間でも論考の派閥が出来ていた。派閥同士の学術論争は、既に一種の娯楽へ発展している。

 もはや宮城内に李梓の名前を知らない官人は居ないと言っても過言ではなかった。全く気付いていないのは本人のみである。


「知らないことは流石に無いでしょう」

「あれだけ噂になってて、な」


 姫沛と羅浪が呆れたようにぽつりとつぶやいた。

 その横では劉巴が方向転換し、最後列の楊武にちょっかいをかけようとしている。


「今や李殿の名前を知らない奴なんて此処には居ないですからね!?」


 李梓が如何に名をはせたかを語る劉巴に、「そんなことない」と一点張りをする楊武。

 二人が押し問答を繰り広げているうちに、英慶宮は目の前まで迫っていた。

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