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壱:他人の空似

 年が明けて元旦。嘉国首都・洛陽の宮城では受賀(じゅが)()が執り行われていた。


 受賀の儀とは、宮中内外の官人たちが皇太子に慶びの言葉と貢物を送る儀礼である。

 参加する官人は文武官問わないが、皇太子府及び皇太子直属の軍人はそこに含まれない。皇太子の属官たちは、受賀の儀の後に行われる朝賀(ちょうが)()と言う儀礼に参列することになっている。


 元旦の朝一番には、皇帝が皇太子以下全ての官人から賀を受ける儀礼がある。群臣の中には普段皇帝に謁見する権利を持たない官人たちも含まれる。普段は謁見に参加出来ない六品以下の官人を含めた数は約二万人にもなった。

 皇帝への儀礼後に続けて受賀の儀も行われるため、現在、正殿付近は文武官の出入りによって混雑を極めていた。



 楊毅は受賀の儀を終え、他の武官に混ざって正殿を後にするところであった。


「朝から儀礼続きで疲れた」

「この後武英殿に戻っても挨拶は続くぞ!」

「痛っ! わかってるっての」


 隣であくびを堪える董鶚に、楊毅は背中を叩いた。


「あ~、くっそ。悔しいけど目が覚めた」

「そりゃあよかった」


 余程痛かったのか、董鶚は涙目で打たれた背中をさする。

 哀愁漂う董鶚の様子を見ても、楊毅は無邪気に笑顔を見せていた。


「少しは加減しろっての!」

「それじゃあお前は起きんだろう?」


 楊毅は体格の良い武官の中でも頭一つ分飛びぬけた、一目見て強靭そうな男である。

 しかし、董鶚曰く「天然・無邪気・人たらし」でもある楊毅は、見た目とは裏腹に動作はとても愛らしい。

 今も首をかしげた様子は年齢よりも幾ばくか幼く見える。


「……そうだな」


 楊毅渾身の強打も自身への気遣いだと理解している董鶚は、怒るに怒れずに文句の代わりにため息をついた。


「もー! 李殿早く!」


 二人の会話を遮るような大きな声が前方から聞こえる。

 楊毅と董鶚が顔を見合わせていると、武官たちの波を逆行して二つの影が正殿へと向かって来る。


「ひ、ひえ……。待って巴殿……」

「いや、もう既に遅刻ですからね!?」


 皇太子府に所属する属官・劉巴が、李梓、もとい楊武の腕を掴み、懸命に走っていた。楊武の足元はおぼつかなく、何度も足がもつれかけている。


「なんだ? 今から正殿に向かうってことは皇太子府の奴か?」


 董鶚が楊毅の影からひょっこりと顔を出し、正殿へと向かう男たちを凝視する。

 楊毅も董鶚につられて顔を向けると、驚きのあまり目を見開いた。楊毅は、気付くと身体が先に動いていた。


「……っ!」


 突如、楊武は後方から強い力で引き戻された。勢いのあまり、楊武の腕を掴んでいた劉巴の手が振りほどかれる。突然のことに劉巴は「李殿!?」と声をあげて振り返った。

 楊武も、何が起きたのか全く理解できず、ただただ目を丸くしていた。


「お、おい、どうしたんだ? 毅」


 人をかき分けて追いついた董鶚の声に楊毅がはっとする。

 目下を見下ろせば、二の腕を掴まれた痩せぎすの男が不安そうな目で自分を見ていた。


 ――似ているが、違う。


 楊毅は何故かひどく愕然した。強張った身体から力が抜け、男を掴んでいた手もだらりと落ちる。


「す、すまない……。知人に似ていると思って」


 慌てて楊毅は謝罪し、視線をさ迷わせた。

 現況とは不釣り合いであるが董鶚と劉巴は、体躯のいい楊毅の気を落とす姿に、何故か子犬を連想していた。


 呆気に取られていた劉巴が我に返り、再び楊武の腕を掴む。


「はっ!? 急ぎますよ! 李殿!」


 口を開こうとしていた楊武を気にも留めず、楊武の手を引いた劉巴は、先ほどより速い足取りで正殿に消えていった。

 一瞬、楊武が振り返ったように見えたのは、楊毅の気のせいだったのだろうか。もはやそれを確認する術は無い。


「……どうしたんだ?」


 正殿へ消えた影を見送る楊毅に、董鶚が声をかける。


「弟に、似ていた」

「弟? もしかして四男坊か?」

「……ああ」


 あの背格好と不健康そうな顔つきに、心のどこかで期待していた。

 楊毅は瞼を閉じて間近で見たばかりの男を思い浮かべる。

 しかし、何度思い出しても、記憶の中の弟とは違った。


「他人の空似だったよ」


 近くで見たからこそわかる、弟にあって彼にはなかった特徴。央晧が隠せと言っていたあの泣きぼくろが、李梓には無かった。

 兄弟で唯一、楊武のみ目元にほくろがあった。身内であるからこそ、「楊武と言えば目元のほくろ」と言う思い込みが功を為したとも言える。

 くっきりと浮かぶ隈も相まって、目元の印象が全く異なっており、楊毅は李梓と楊武を違う人物と判断した。


 四男と仲睦まじい話をよく聞いていたこともあり、安易に励ますこともできない。董鶚は、肩を落として嘲笑する楊毅に言葉をかけられなかった。

 何も言わずに肩を優しく叩き、肩を並べて武官たちの列へと歩き出した。


 まさか央晧の機転が身内すらも欺いていたとは、この時、楊武も央晧も知る由もなかった。

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