拾参:師の仇とは
李梓こと楊武が、皇太子・朱 央晧に長期休暇を与えられてからしばらく経つ。
明日には楊武も通常通り出仕となるが、央晧が様子を伺いに博文を連れて私室へとやってきた。
「太子、これを」
椅子に座るなり渡された紙の束。以前、博文から手渡された草稿と同じぐらいの厚みがあった。
「なんだこれは?」
「論考です」
悪びれもなく返事をする楊武に、控えていた博文が額に手を当てていた。
央晧は素直ではない性格が難だが、楊武は文言に対して歯に衣を着せなさすぎる。実直である以上、一概に悪とは言えないが、言いようによっては時に災いの元となる。
「お前は何故! 余が! 休暇を与えたのか! わかってないのか!?」
特に央晧のような頭に血が昇りやすい人間にはすぐ油を注ぐことになってしまう。
楊武の胸元を掴みかかりそうな央晧を、博文が寸でのところで制した。
「り、理解はしていたのですが……。今回の論説は、竹簡の件なんです」
央晧は楊武の言い分を聞き、受け取った束に視線を落とした。
「『洛陽城北西に隣接する王墓に関する報告書』……」
表題を読みあげると、楊武が頷いた。
「休暇をいただき、自身について考える機会がありました。特に、今後の身の振り方について」
央晧は視線を上げると、楊武を見据えた。
「考えているうちに、あの王墓での一件は、なるべく早く仕上げるべき案件だなと気付きました。……李梓としてだけでなく、楊武としても」
あの王墓は元々、孫師父らが内部調査を行っている最中であった。
楊武にとっては弟子として最後の調査であり、李梓としては最初の案件と言える遺跡なのだ。
「個人的にもこれを解決しないと、王氏とは向き合えないと思いました。だからせっかくいただいた休日ですが、すべて費やし、書き上げました」
鋭い眼光で見つめ返す楊武に、央晧は何も言わず、楊武が話すのを待った。
「拙は政には興味はありませんし、失脚させるなんて大口も叩けません。王氏が太子太傅を狙っているならそれでいいと思っています。あの職は本来、実体のない兼官ですので」
そこまで言うと楊武は話を止めて、目を閉じる。
幾ばくかの間を開けると、大きく息を吐き出し、決意のこもった目を央晧に向けた。
「ですが……。前回の論考を経て、国史編纂だけは、譲りたくないと思いました。
これが太子の言っていた”師の仇を取る“に当てはまるのなら、拙は王氏に反目することを厭いません」
楊武の思いは、央晧だけでなく、隅で控えていた博文にもひしひしと伝わった。
「ようやくお前自身の口からその言葉が聞けたな」
楊武の目は揺らぐことなく央晧を見据えており、央晧もまた視線を逸らさなかった。
「国史編纂を奪還――仇を取るに当てはまるに決まっているだろう? あれは師父が実力で掴んだ勅命だぞ? 簡単に横取りされてたまるもんか」
紙の束を流し読みし、央晧は不敵にほほ笑んだ。
「改めて問うぞ、楊武。お前、師父や師兄の仇を取りたくはないか?」
いつぞやに聞いた、その言葉。
あの時は選択肢がなかったが、今度は自らの意志で掴み取りに行く。
「――必ずや、取って見せます」
楊武は央晧の正面に跪き、こうべを垂れて拱手した。
跪く楊武を見下ろす央晧の目にも、強い意思が込められていた。
まさに、主従関係のあるべき姿とも言える光景に、博文も二人に対してそっと一礼した。




