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拾参:墓内の発見

「此処が入口です」


 時折、三人を気にかけつつも謎解きで話題を作ったり、楊武と属官たちが互いに饒舌になり始めた頃。ようやく目的地へとたどり着いた。

 城門をくぐり、田園風景を背に山道をひたすら歩く。ちょうど城壁の北西角に位置する木々の隙間から見える洞穴が、件の王墓への入口である。

 手元に灯りをそれぞれ用意すると、楊武が先陣を切った。


「実は発見された当時、既に誰かが入った形跡がありました」


 人為的に作られたであろう横穴を、楊武と博文、そして属官たちは進む。人一人が入れるぎりぎりの横幅しかない通路は、天井も低い。背の高い博文や郭屯はやや腰を屈めていた。


「と言うか、今歩いているこの道が既に盗掘した人々が堀った穴です。本来、このような[[rb:墳丘 > ふんきゅう]]に横道が掘られていることはないんです」


 楊武は「この先また少し狭くなります」と注意し、手燭を持ち直した。後ろの方で「腰が痛ぇ」と声がしたが、休む場所も無いため先を急いだ。


「南に下ると、戦国時代の旧市があるので、おそらくその当時の王の墓であろうと今のところは推測されています」


 そう言うと楊武は一同に静止をかける。

 通路と地面の段差を照らし「気を付けてくださいね」と言いながら、ひょいと飛び降りた。


「此処からは墓の内部です」


 狭かった通路とは違い、天井も高く、手燭では照らしきれないほどの広い空間が現れた。

 楊武が通路の足元を照らし、段差を飛び降りる際には手燭を預かり、両手が使えるよう配慮する。

 一人、また一人と通路から飛び降り、誰も足を滑らせることなく無事に墓内へと降りた。全員が降りたのを確認すると、楊武は手燭を持つ手を掲げた。


「こういった遺跡に入るのは初めてですか?」


 天井を見上げる顔勒に楊武が問いかける。顔勒の「はい」と頷く声が墓内に響いた。博文は一度この空間に来たことがあるので特に変わった感想はなかったが、他の三人は初めて入る王墓の中に興味を示していた。


「偶にですが、今後は一緒に来ていただくことがありますので、少しずつでいいので知っていただけると嬉しいです」


 各々が「はい」と答えた声がこだまする。皆、声色が否定的ではなかったため、楊武も安堵した。

 しばらく各々で墓内を歩き回り、問題の壁画のある副室へと向かう。墓の内部はすでに盗掘されていて、副葬品はなく、発見当時から遺体と棺しか見つかっていない。資料を見ているわけでもないのに、迷いなく各部屋へと足を運び、詳細な説明をする楊武に班該が尋ねた。


「李殿はこの遺跡の付近に大変お詳しいようですが、来られたことがあるのですか?」


 まっとうな疑問であるが、楊武はぎくりと肩を強張らせた。なんて答えようと考えていると、低い声が響いた。


「李梓殿はこの墓の発見者の一人だ」


 すかさず博文の助け船に、楊武は心の底から感謝した。息をつく間もなく、楊武は央晧から渡された李梓の設定を思い出し、博文に続いた。


「地元がこの辺でして。中も何度か入らせてもらいました」

「勝手に入った、の間違いでは?」


 間髪なく博文が答えると、「ははは……」と楊武が誤魔化した。

 その後も何度か李梓の経歴を補うように会話を交わしたが、調子よい掛け合いが続いたことには驚いた。意外と博文はのりが良いらしい。てっきり央晧の命で仕方なしに付き合っているのだと思っていたが、彼は彼なりに協調性などを考慮して共にしているのだとわかり、改めて博文の立場に感服した。


 目的の副室を目の前にし、壁画の話をしようと楊武が口を開く。しかし、何かが崩れる音によって声は遮られた。


「何か崩れましたね」

「李梓殿、これは一体……」


 楊武と博文が振り返ると、すぐさま近づいたらしい三人が崩れた土壁を照らしていた。件の副室から更に奥まった場所にある副室の壁が崩れたようだ。


「崩落でしょうか……。いや、待てよ」


 三人の元へ向かうと、壁があった場所にはぽっかりと穴が開いていた。墓内の壁は土を固めて作られた昔ながらの建築方法であったが、崩落した部分は荒い土が多く、岩も混ざっている。足元に散らばった岩を足で転がし、先が見えない通路を照らす。


「この通路を隠すために後から誰かが壁を作っていた?」


 楊武らが墓内に入る時に使っている横穴同様、この通路も簡易的に掘られたと思われる。好奇心に導かれるまま、楊武が数歩内部を進むと、ぱきっと音がした。


「何か踏みましたね」


 声のする方へ振り返ると、博文もこの狭い通路へ入ろうとしているところだった。

訝しげな表情の博文を一瞥し、楊武は「はい」と答える。手燭を地面に向けると、自らが踏んだ何かを拾い上げた。


「これは、竹簡ですね」


 灯りを近づけ、細く加工された竹をまじまじと見つめる。


「文字の頭が大きく、末になるにつれて小さくなる。……科斗書の特徴ですね」


 実物を見るのは初めてだが、楊武は知識としてその古代文字の存在を知っていた。まさに、この王墓について師父たちと推定していた時代に多く利用されていた文字だった。

 盗掘され、何も残っていないと思っていたこの墓から副葬品が現れるとは。文字と言う比較的特定しやすい遺物の発見によって、研究の進む速度は段違いに早くなるだろう。


(絵解きから時代を区分する回り道をする必要は無くなった……!)


 楊武は顔がにやけるのを必死にこらえた。


「李殿ー? 博文殿ー? 大丈夫ですか?」


 穴から戻ってこない楊武と博文に、班該らが心配そうな声を上げる。二人は一度彼らの元へ戻り、拾い上げた竹簡を属官たちに見せた。


「みなさん、大発見ですよ!」


 明らかに興奮を抑えきれていない楊武の姿に、英慶宮の三人は目を丸くした。

 袖から取り出された木片のような大発見を、三人は凝視する。顔を顰めて文字を読もうとする属官たちの様子に、楊武は浮かれたまま口早に話し始めた。


「これは科斗書と言う古代文字です。副葬品がないと思われていた王墓にまさかの古代文字が書かれた竹簡が見つかるなんて……! これで墓の特定が可能になるやもしれません! 解読には少し時間を要すかもしれませんが、これは大発見です! お三方のおかげです、ありがとうございます!」


 矢継ぎ早に話す楊武の姿を、郭屯、班該、顔勒、そして博文は見つめるしかできなかった。

 竹簡を顔に近づけては「ああでもない」「こうでもない」と科斗書の推測を始めており、すっかり自分の世界に入り込んでいる。


「李殿?」


 班該が声をかけると、我に返った楊武が振り返った。


「みなさん! 此処にある竹簡をすべて拾い上げて今日は撤収です!」


 言いたいことだけ言うと、楊武は一目散に竹簡の元へと踵を返した。

 屈んで立って、屈んで立ってを繰り返しながら、楊武を筆頭に作業を進めていく。上機嫌で破片を拾う姿を止めることが出来なかったが、おかげですぐに回収は出来た。崩落の危険もあるので、そそくさと王墓を出ると、楊武たちは宮城へと歩みを進めた。


 しかし、勢いあまって振り返ったせいで楊武の傷が開いたのは、英慶宮に帰るまで誰も気付くことはなかった。


――――


「で、お前はせっかく閉じかけていた傷をまた開かせたと?」


 棘のある央晧の言葉に、申し訳なさそうに掛布団を引き寄せた。寝台に無理やり寝かしつけられた楊武は、数日間出勤を停止されていた。


「お前、博麗に感謝しろよ」

「面目ないです……」

「無論、博文にもな」

「何度もお手数をおかけしてすみません……」


 部屋の隅に控える二人に視線を向け、楊武は謝罪した。ぷりぷりと怒る央晧と委縮する楊武の構図に、博文は無反応であったが、博麗は苦笑していた。


 王墓に行ったあの日。

 竹簡を発見して大喜びの楊武であったが、傷が開いた結果、貧血で倒れたのだ。

 無意識に配慮はしていたのか、英慶宮の従者三人と別れ、部屋に戻ろうと踵を返した瞬間に意識を失った。

 隣に居た博文が咄嗟に腕を掴んだので怪我はなかったが、胸元には赤いしみがじんわりとにじんでいた。血液が足りないせいか青白い顔をした楊武を、博文はまたしても寝台まで運ぶ羽目になったと言う。


 元より長居は必要ないと央晧に言われていた通り、一通り墓内を見て帰ってくればそれで外出の記録が李梓の名前で残る手筈だった。急な発見とは言え、新たに発見された通路を往復し、道中に落ちていた竹簡をすべて回収したのだ。それでなくとも王墓に向かうまでの道のりも獣道が多く、完治しきっていない身体には負担がかかっていたはずだったが、楊武はその久しぶりの外出、久しぶりの調査に身体への負担が全く頭から抜けていた。


「あの三人が大発見でした、と嬉しそうに言ってきた時はでかしたと思ったのにな」


 央晧は龍の彫られた定位置に座り、肘をつく。ため息をついて足を組みなおすと、呆れ顔が消え、真剣な表情をしていた。


「とはいえ、武。よくやった」


 布団からわずかに出した両目がほほ笑んだ央晧を捉えた。初めて見る温厚な表情に、楊武は硬直した。


「どうした?」

「いえ……。太子に初めて褒められたと思いまして……」


 歯に衣着せぬ物言いに、央晧はひくりと口の端を上げた。


「ほぉ~? 余はそれなりにお前を評価していたつもりだったんだがな? 伝わっていたなかったか? 楊師兄?」

「師兄はやめてくださ……! い、いひゃいです~」

「よく伸びる頬だな!」


 布団をめくりあげると、央晧は無防備な頬を力一杯引っ張りあげた。央晧の容赦ない抓りに楊武は涙目で訴える

 鄭姉弟をよそに攻防を繰り返す二人に、もはや重い空気など無かった。まるでじゃれあう兄弟のような――いや、央晧が一方的にじゃれているのだろうか。


 博文はこめかみを抑え、博麗は苦笑いを零し、何も言わずに二人を見守っていた。

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