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拾弐:英慶宮の属官たち

 翌朝、楊武が李梓として出仕する。

 いつもより早い時間に叩き起こされ、央晧の乳姉弟である鄭 博麗に体調が優れない顔に仕上げられた。目の下に隈を描かれ、肌の色は白く塗られ、自前の痩せぎすさも相まって、不健康の化身となった。

 央晧が気にしていた印象深い泣きぼくろもうまく粉で隠され、楊武自身が気にしていた髪も、丁寧に冠に収められた。長さの足りない下部の髪は無理にまとめず、肩口で揺れている。


 不健康が全面に表れているが、決して不潔には見えないあたりが博麗の腕の良さであろう。顔色は悪いが靡く髪は日の光でつやつやとしている。博文のお下がりだと言う衣一式もくたびれておらず、普段から着慣れている感じさえあった。


「さぁ、胸を張って! いってらっしゃいませ!」


 博麗に背中を押され、ぎこちない歩みで部屋を飛び出す。部屋の前で待っていた博文の背を追い、楊武は迷路のような廊下を歩き始めた。

 角を曲がること数回。英慶宮で一番大きな建物の前で、楊武は待機していた。大所帯なのもあり、実家も大きな屋敷に華美な装飾を施していたが、この建物には叶わない。ぽかんと口を開いたまま見上げていると、前を歩いていた博文が扉を叩いた。


「連れてまいりました」

「ああ、ちょうど来ましたね。彼が今日から本宮の師父(しふ)となります。李梓殿です」


 博文が扉を開くと、東からの日が差し込む広間があった。宝座へ座す央晧と彼に対面する数人の男性たちは皆、楊武を注視していた。楊武が一歩前に出ると、男たちは床に両ひざをつき、長い袖に隠れていた手を組みなおす。一斉に楊武へ頭を下げた彼らこそ、この皇太子が寝食を行う英慶宮の属官である。


「見た目は不健康そうですが、頭はとても切れるお方です。早速ですが遺跡調査の同行、よろしくお願いします」


 従者たちに愛想よく指示すると、央晧は執務があると広間を去った。央晧の姿が見えなくなるまで頭を下げていたが、顔をあげるとすでに彼らの視線は楊武に向いていた。

 普段、注目されることに慣れていない楊武は硬直したまま動けず、横目で博文に助けを求める。ため息をつく博文に、楊武は心の中で謝罪した。


「太子からの紹介があった、李梓殿だ」

「ほ、本日より僭越ながら太子にお教えする身となりました。李梓と申します。よろしくお願いします」


 博文の計らいで従者たちと対面し、改めて紹介を受けた楊武は視線をさ迷わせた。


「すみません……。あまり人の前に立つことがなかったので、人前でお話しすることに慣れていません。ひとまず、あまり時間がありませんので、早速遺跡へと向かいましょう」


 その道中にて、調査の現況をお伝えします。

 顔を上げた楊武の瞳は、ぎらりと獰猛な光が宿っていた。先ほどまでおどおどとしていた人物とは思えない目力に、英慶宮の従者たちは息を呑んだ。


「太子が直々に連れてきた男だ、きっと底知れぬ何かがあるのだろう」

「ああ、あの目力は普通の人間じゃない」


 属官たちは楊武に聞こえないように言葉を交わし、顔を見合わせていた。

 もちろん、そんな本性を持ち合わせている男ではないと知っている博文は、気づかれないようにため息をこぼしていた。

 その反面、思わぬ勘違いとは言え、王墓への探求心だけで属官たちの心を掴んだことを博文は密かに称賛していた。


――――


 嘉国首都・洛陽(らくよう)]。

 街一帯は城壁に囲まれており、宮城から伸びた南北と東西の直線の路が交差している。道によって作られた区画には、それぞれ異なる役割があった。寛代の都市を参考に作られた洛陽の街並みは、伝統的な首都の形成がなされていた。

 その華やかな都を出た目と鼻の先に件の王墓は佇む。城壁をひとたび超えると、穏やかな田園風景とゆるやかな時間が流れていた。

 師父の屋敷が燃えたあの日、楊武は此処まで一心不乱に走ってきた。師父の屋敷は都の少し外れに位置していたが、それでも城壁を超えるには相当な距離があった。よくもまああんなところまで休憩もせずに走れたものだ、と自分でも思う。

 本来であれば今日のように門衛が各門を守備しているのだが、あの日は城門からも見える大火に衛士は一人も居なかったと思い返していた。

 昼間の茂みに炎がちらつく。楊武は足の裏がずきんと痛んだ気がしたが、視線を下げることはなかった。


 見慣れた景色の中、先陣を切って楊武が進む。博文は楊武の背中を心配そうに見つめていたが、杞憂に終わった。

 楊武は官人たちを気遣って「そこ、太い根っこがあるので気を付けてください」や「あそこは地下が空洞になっているので地盤がしっかりしていません。絶対に歩かないでください」など注意喚起をしつつ遺跡の説明をしていた。


「王城からこれほど近いところにありますが、つい数か月前まで発見がされていませんでした」


 腰まで伸びた雑草を踏み倒しながら、楊武は話を続ける。


「嘉国の首都・洛陽は正面を山にして建城されました。理由はわかりますか?」


 屯さん。博文よりも幾分か背の高い猫背気味の男に言う。男は急に名前を呼ばれたせいか、目を丸くしていた。

 昨日、央晧に英慶宮の従者の名前と特徴は聞いていた。猫背で背の高い男が郭屯(かくとん)、筋肉質で少し肌が黒い男が班該(はんがい)、そして小柄で丸顔の男が顔勒(がんろく)だ。

 英慶宮には全部で六人の官人が居る。今同行している三人を除いて年若い官人が三人居るが、今日は央晧の世話役として宮城に居残っていた。


「えっと、侵略を防ぐため……でしょうか」

「その通りです。ふもとの森林を切り開いて築城されているのは、北側……つまり皇帝の住まわれる宮城へ外部から入りにくくするためです」


 郭屯がほっと息をつく。胸を撫でおろした郭屯を見てくすりと笑い、楊武は説明を続けた。


「城門を出ると土地整備が進んだ地域が続きますが、山沿いの森林はあえて手を付けず、自然の城壁としています」


 だからあの墓を、誰も発見できなかったんでしょうね。そう言うと、楊武は楽しげに声をあげて笑った。

 人と目を合わせるのも苦手そうな、実際少し前まで視線をさ迷わせたり、鋭い視線で射抜いていた楊武がからからと笑っている。三人の従者たちは楊武の本質が見抜けず、目を瞬かせていた。


 当の本人は、久しぶりの研究に興奮しているだけで何も変わったことは無かった。だらしなく頬が緩むのを堪えるほど、楊武は墓に夢中である。足裏の痛みは、とうの昔に消えていた。

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