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拾壱:央晧の思い

 楊武の部屋から回廊を抜け、央晧は博文と共に私室に戻っていた。書庫と同じく書物が並ぶ私室は、他の部屋よりも随分質素であった。

 戻ってからと言うもの、央晧は口を開くことなく書物を開いた机の前でぼんやりとしている。昨日王氏と話した際に見ていた『太公史誌』が無造作に開いていた。嘉より前の王朝の皇族の系譜が何枚にも渡って描かれていた。

 心此処にあらずな主を気遣い、博文は尋ねる。


「李、と言う苗字に、どのような意味合いがあったのでしょうか?」


 一瞬だけ博文の方へ視線を移したが、すぐに央晧は書物へ目を向けた。

央 晧が話していた通り、李梓は昨日急ぎで決めた偽名である。しかし苗字はあらかじめ決まっていた。系譜に並ぶ「李」の文字を見やると、央晧は瞼を伏せた。


 古代の王朝に、(かん)と言う時代がある。嘉王朝の以前より、寛は歴代王朝の中でも一番長い天命を受けた大国であり、「理想の国家」とされていた。寛王朝のような安定した国家を目指している。そしてその寛を建国した一族こそ、()一族であった。

 寛代以降、李という苗字は寛王朝の末裔以外に、その功績に何かしら理由をつけてあやかろうとした人々が多く使用し始めた。嘉王朝まで歴史が下ると一般的な苗字となっており、偽名に選ぶにはうってつけの苗字だった。


 ……ただ、それだけではなかった。

 もう一つ、央晧がこの字を選んだ理由があった。その理由を、央晧は誰にも告げることなく一人で背負っていくつもりだった。博文に問われるまでは。

 央晧はうつろな目で李家の系譜を撫でる。


師父(せんせい)を忘れないためだ」


 ある時は歴史で、ある時は思想で、またある時は地理で。李と名乗る一族がどれほどの功績を残していたか。師父の口から紡がれた話からでも十二分に伝わっていた。そして、何度も心に決めていた。嘉を寛に負けない王朝にしてみせる、と。

 央晧が孫師父から最も聞いた名前であり、自らが強く憧憬を抱く名。それほどの思い入れを込めて、楊武に偽名を贈った。


「それにな、子と言う字が入っているだろう」

「はい」

「武は師父(せんせい)の最後の弟子であり、余と兄弟弟“子”だ。師父(せんせい)と武、余を繋ぐのは“子”の字だ」


 こじつけだがな、と自嘲した央晧に博文は首を横に振った。


「名は体を表すと言います。偽名もしかりかと。李梓と言う名前は、立派に太子と楊武殿、そして孫師父の思いを表しております」


 本当は、子でも糸でも一でもよかった。

 普段使うことのない字典を何度も何度も開き、師父の名を一部分でも残せるように字を探した。ああでもない、こうでもないと悩み続け、ようやく「李」を見た時。やっと見つけたと思った。何度も聞いたその名を呼ぶ度に、孫師父を思い出すように。師父の忘れ形見を、必ず楊武と共に完遂してみせると。


「……そうか」


 声変わりのしていない、少年独特の高い声が広い室内にぽつんと消えた。

 主の肩が震えていることに気づかないふりをし、朱 央晧が最も信頼する側近・鄭 博文は、静かに部屋の片隅に控えていた。

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