かくして勇者はさらわれた
基本、まぁ生きていれば色々あるよね、というスタンスで生きている。
起こってしまったことにとやかく言っても仕方がない。一度すべて受け入れて、それから次の手を考える。「トラブルが起きても落ち着いて対処できるのは強い」とは、同僚や上司から度々言われることだが、私としては今まで生きてきた中で身につけた所詮処世術のようなものだと思っている。
ただ……ただ。
いきなりワンルームの床に魔法陣が現れて、そこから魔王がやってくる、という事態はさすがに受け止めきれないからやめて欲しい。
順をおって説明しよう。
ここは都内のとあるワンルームマンションの一室。しがないOLである私のお城。
平日の連日勤務を耐え抜き、生き抜き、かつ明日も休日という最も幸せな土曜の午後9時。
シャワーも入ったし、あとはお酒でも飲みながらダラダラテレビや携帯をみて過ごそうと冷蔵庫の中を漁っていたその時。
床が光った。
というか、床に突然、いかにもアニメに出てきそうな光る魔法陣が出現していた。
あまりの眩しさに一度目を瞑り、再度目を向けると床に現れた魔法陣は既に無くなっていて、それが見えた場所の中央あたりに男の人が一人、立っていた。
20.30代くらいだろうか。黒髪で細身、全体的にすらっとしていて背が高い。
ほぅ、そこそこイケメン、と一瞬純粋に鑑賞しそうになって
いやまて、不法侵入。
というか、つっこむとこはそこじゃない。
とりあえず身の安全を守るとこからとキッチンの包丁に手を伸ばしつつ、そういや不審者には抵抗せずに逃げた方がいいんだっけ、とかなんとか考えてたら、その不審者のほうから声をかけてきた。
「すみません、つかぬことをお伺いしますが、ここは日本という場所であってますか?あと、私の言葉はわかりますか?」
その不審者の丁寧な口調に一気に毒気が抜かれた。ひとまず包丁に伸ばしていた手を止める。
「あぁ、はい、そうですよ」
そう答えると、あぁ良かった、と男は嬉しそうにほほ笑む。
「えーと、一応お名前とか事情とか聞いても大丈夫ですかね」
ぱっと見人畜無害そうなその男に尋ねると、あぁそうですよね、失礼しました、とこれまた礼儀ただしく応えてくれた。
「私は、---------------と申します。一応、魔族を統べる立場におります」
「…すみません、ツッコミたいとこは色々あるんですけど、とりあえずもう一回お名前伺っていいですか」
「はい、もちろん。---------------です」
その後も2.3回は聞いたが……うん、だめだ、絶妙に聞き取れない。かろうじて、「クロ」って音が入ってるのは分かった。
「すみません、お名前上手く聞き取れないので、勝手にクロさんって呼んでも良いですか?」
ええ、もちろん大丈夫ですよ、多分言語体系が違うので聞き取りづらいんだと思います、とにこやかに返される。
ひとまずクロさんが醸し出す雰囲気から危ない人ではないと判断して、麦茶を二人分用意しテーブルをはさんでクロさんの向かいに座る。クロさんに椅子と麦茶をすすめると、わざわざすみません、と恐縮されてしまった。
麦茶を飲みつつこちらも簡単な自己紹介を返し、さて本題。
「えっと、まず、魔族を統べていらっしゃる…?」
「えぇ、ありたいていにいうと、魔王ってやつですね」
「どちらからいらっしゃいました…?」
「私の私室からですね。私が住んでいる世界とこちらの世界、二つの世界をつなげる転移魔法を構築しまして、繋がった先が貴方のお宅だったというわけです」
初手二つの質問ですでにお腹いっぱいである。
どうにかこうにかクロさんの返事を消化する。
魔法だ、異世界だを信じている訳ではないが、さらにいうなら私は現実主義者だと思っているが、流石に目の前で魔法陣やら転移魔法やらを見せられたら信じるしかない。
「えーと、クロさんのお話をまとめさせてもらうと、クロさんは異界から来た魔王さん、という認識であってます?」
えぇ、バッチリです、とクロさんはほほ笑む。
「んで、クロさん側の世界には魔法が存在する、と」
「えぇ。漫画とかファンタジー小説とかって読まれますか?イメージとしては、こちら側でよく使われている『ファンタジーの世界』、が一番近いかと思います。魔法があり、妖精がいて、魔族の長たる魔王と、それを討伐しようとする勇者なんかもいます」
「あぁ、なるほど。それはわかりやすい。というか、一つ伺いたいんですが、クロさん、こっちの世界の事情に詳しすぎません…?」
クロさんの聞き取れない本名やさっきこぼした言葉から考えるに、多分言語すら異なるはずだ。それにも関わらずクロさんは違和感なく日本語を話せているし、加えてこっちの文化まで知っている。
「あぁ、我々の世界ではこちらの、特に、日本の文化、というか、漫画やノベルが人気ですからね。定期的に商人が転移魔法を用いて輸入しているんです。特に、平和な日常系なんて常にどこかしら戦いで疲弊している我々の世界では空前の大ヒットでしたよ」
まじかよ、流石クールジャパン。海外に飽き足らずとうとう異界まで進出してたのか、すごいな。
「あ!じゃあ、クロさん、あれですか。今回こっちに来た目的は聖地巡礼とかそういう感じですか?」
いえ、聖地巡礼はまた別の機会にしたいとは思ってはいるのですが。と言いながら、クロさんは穏やかに続けた。
「実は、勇者をさらって、こちら側に逃亡しようと考えてまして」
今回はその下見です。
うん…?
「クロさん、今、勇者さらうって言いました?」
「ええ」
「さっきのクロさんの発言から察するに、勇者とクロさん、てか、魔王は敵対しているんじゃないんですか?」
「あぁ、私個人と彼女個人が敵対している訳ではありませんよ。新しい教皇と国王がどうやら魔族を殲滅させたいらしく、彼女は勇者として、それに協力している形ですね」
なるほど。てか、勇者って女性なんですね。と思わず漏らした私に、ええ、とても綺麗で聡明で、優しい人ですよ、とクロさんは返す。
その目はとても優しかった。
「…その口ぶりだと、クロさんと勇者さんってお知り合いですか…?」
「知り合い、というか、子供の頃に一緒に遊んだことがあるんですよ」
クロさんはまたすごく優しい目をして教えてくれた。
聞くと、勇者さんがまだ幼かったとき、森に幽閉されていたことがあったらしい。
「彼女は生まれたときから精霊たちに愛されていた分、魔力が強大でしたからね。いくら自分の娘とはいえ、国王もそんな脅威を自分の手元のおいておきたくはなかったんでしょう」
その森は、たまたま元魔王、クロさんのお父さんが住んでいた場所と近く、当時子供だったクロさんはその森に遊びに行くことが多かったという。
「当時は魔族と人間の間で不可侵が結ばれていたので、本当は私がその森にいくことは禁じられていたんですが、まぁ、その時、他に遊べる目新しい場所がなかったのと、森の深いところならばれないだろうと思っていたんですよね」
そんな森の奥深くにポツンとあった簡素な建物に興味をひかれたクロさんは、そこで、薄暗い部屋の中、一人で歌を歌っていた少女に出会ったという。
白い肌に綺麗な金髪、吸い込まれるような碧眼をしたその少女は、はじめはクロさんの突然の来訪に驚きながらも、同年代のクロさんに次第に心を開きはじめ、二人で遊ぶようになったらしい。
「私も決まりを破ってる身ですし、あちらも幽閉されていたので、遊ぶといっても格子のついた窓を挟んでお話するだけなんですけどね」
それでも楽しい時間でしたよ。妖精のこと、森のこと、その先に広がっている世界のこと。お互いの知らないことをお互いが教えあって、笑いあって。
でも、そんな幸せな時間はある日突然終わりを告げる。
その日、いつものように彼女が住んでいる場所に行くと、そこはものの抜け殻だったらしい。
次の日、彼女の父である国王が亡くなったという知らせが国中を駆けまわった。そして、新しい国王として彼女の叔父が即位し、かの王は、元国王が亡くなったのは魔族側の呪いとして魔族側に戦いを仕掛けてきた。その戦いは今もなお続いてる。
「この戦いの途中で私の父が亡くなったので、私が引き継いで魔王をやっているというわけです」
「…それで、どうして勇者さんをさらう、っていう話になるんですか…?」
「彼女がこの戦いを望んでいないからですよ」
そもそも戦闘力において、パワー面でも魔力面でも人間が魔族に勝てることはないらしい。
「それゆえに、古から人間は魔族と不可侵を結んでいたのですから」とクロさんは言う。
「でも、たった1人、人間でも魔族に対抗できる存在が生まれてしまった」
精霊に愛されて生まれ、愛されて育った少女は魔族に対抗できるだけの魔力をもっていた。そのことに気づいた現国王は少女を使って魔族に打ち勝ち、より広い領土と権力を手に入れたいと画策したらしい。
「一度勝てるかもしれないと思った人間の欲望はだめですね。できないということは分かっているでしょうに手に入れるまで止まらない。」
いくら勇者が魔族と対抗できる力をもっていたとしても所詮一人。全面戦争になれば人間側に勝ち目はない。人間側はもはや消耗戦になっているという。
「…でもそれ、勇者さんがもう戦わない、って宣言するとか降伏したらいいんじゃないですか?対抗できる唯一の矛が折れたらさすがの国王もあきらめるんじゃ…」
「そこで折れてくれるほど、彼女は弱くも優しくもないんですよ」
少し困ったようにクロさんは言った。
「私も前に戦場で彼女と対峙したときそう言ったんですけどね。彼女にすげなく振られました」
曰く、人々が勇者に期待してくれているから、と。
勇者がいれば勝てるかもしれない、そんな奇跡が起きるかもしれない、勇者ならやってくれるかもしれない。
その期待を背負っているのに、折れることはできないと。
自らの存在が人々を破滅に導いていると知っていながら、勝手に背負わされた期待と託された無数の命をそのか細い肩にのせて
巻きあがる砂ぼこりと硝煙と血の匂い、数多の骸を背にそう言い切った彼女は身震いするほど綺麗でしたよ。
「だから、勇者をさらうんですか?彼女を戦場から遠ざけるために」
「えぇ」
「でも、そんなことしたら、そっちの世界は大変なことになりませんか…?正直、人間サイドは勇者さんへの期待だけでもってるような感じがしますし、部外者の私の目から見ても、現国王は期待できない感じですし。なによりさらうってことはクロさんもこっち側にくるってことですよね。魔族側も急にトップがいなくなったら混乱するんじゃぁ…。あ、もしかして、魔族側にはあらかじめ事情を伝えとくとかですか?」
「いえ、今のところ伝えておく予定はありませんね。まぁ、私がいなくなっても優秀な部下はいっぱいいますし、基本魔族は不可侵結びたいものが多いのでそんなにひどいことにはならないと思いますが。まぁ、そこそこ世界はあれるでしょうね」
「…なんか、意外にテキトーですね…?」
「それはそうでしょう」
クロさんは至極当然のように言い切った。
「彼女が救われるなら、世界なんてどうなったって構いませんから」
「私は魔王ですよ?欲しいものは力を尽くして奪い取る。その結果世界が終わるなんて、いっそ”らしい“と思いませんか?」
「いや、まぁ、らしい、っちゃらしいのかもしれませんけど…。私の予想だと勇者さん、そういうの嫌いません?そんなにおとなしくついてきてくれます?」
「だから誘拐しようかと」
「束縛監禁系ヤンデレですか、あなたは」
はぁ、と思わずため息をつく。丁寧な口調と優しげな雰囲気に流されかけていたけど、この人だいぶやばい人だ。
いいですか、と私はクロさんをまっすぐ見て続ける。
「今クロさんが計画していることをやったところで勇者さんは確実に喜びません。なんならクロさん倒して、そっちの世界を救おうとするかもしれない」
「あぁ、それは大丈夫です。もともとあっちから追っ手が来ないよう、こちらについたら転移魔法の通路を破壊する予定でしたから」
彼女もあちらに戻れませんよ
「うん、クロさん、違うそうじゃない」
「クロさんはさっき、世界なんてどうでもよい、っていったけど、多分、勇者さんにとってはそんな世界がすごくすごく大切なはずなんです」
勇者への期待とか希望とか、そんないっそくだらないといえるものを背負って戦えるくらいには
私は部外者だけど、詳しい事情は分からないけど
部外者だから見えてるものもあるはずだ。
クロさんは勇者さんを救いたい。
たった一人の、大切な人を救いたい。
勇者さんは世界を守りたい。
その世界に住む、たくさんの命を守りたい。
どちらも何かを守りたいのは同じで。
それに対する思いが強すぎて、微妙にみてる世界がずれてるだけだから。
だから、
「だからね、クロさん、クロさんに今一番必要なものは対話です」
「対話…」
「そう。勇者さんとちゃんと話しました?クロさんが勇者さんを救いたいとか、なんで勇者さんが戦いつづけているのか、とか。落ち着いて、ちゃんと」
「いえ…」
「じゃあ、まずはちゃんと話さなきゃだめです。相手の大切なものがなにかすらわからなのに、相手の見ているものがなにかわからないのに、ただ相手だけを守ろうなんてそんなのただのエゴです、自己満です」
相手も、その大切なものも、全部尊重して守ってこそ、初めて相手を救った、っていうんです。
私が一気に話すのを黙って聞いていたクロさんは、私が話し終わってもしばらく黙って何かを考えているようだった。
しばらくして、クロさんはまっすぐに私をみていった。
「そうですね。私がしようとしていたことはただ、私が楽になりたいがための策だったのかもしれません。どうせ言っても伝わらないからと、ハナからあきらめていたのは私の方でしたね」
ありがとうございます。少し、彼女と話してみます。
私たちの世界について。
頑張ってください、と送りだしたらクロさんは少し照れくさそうに笑いながら光る魔法陣の中に吸いこまれていった。
それから、クロさんと勇者さんは秘密裏に話し合い、クロさんが勇者さんに倒される、というシナリオを演じ、再び人間側と魔族側は不可侵を結んだらしい。
その後、再び平和になった世界で、あまりにも勇者に対する求婚が多くて困っていたので、プロポーズしてきた5人の王子の目の前で彼女をさらってきてやりましたよ、と前回と同じように光る魔法陣の中、横に綺麗な女性を連れたクロさんが、私を見つけてまるでいたずらが成功した子供のように嬉しそうにそう言ったのは、また別のお話。
ーENDー
お久しぶりです。はちです。
せっかくなろうに(一応)投稿してるんだから、一回くらい勇者と魔王ものを書こうと思って書いたお話です。
誤字などありましたらすみません…
感想など頂けると嬉しいです。
それでは。
読んでくださった皆様に、最大級の感謝を込めて。
はち