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自殺志願少女と文学お姉さん

誰だって死を意識する。


問題は人によってそれの差異の振り幅が大きすぎることだ。

「…………」


制服姿の少女が1人、虚ろな目。


彼女が立っているのはとあるマンションの屋上の淵。

少し身を乗り出せばすぐに向こう側というあまりに簡易的な柵のギリギリ内側で、車や人の行き交う道路なんかを見下ろしている。


(…こうしてると、何だか神様にでもなったみたい)


天から下界を眺めているような感覚にでもなったのか、少女はそんなことを思った。


(私が死体になって、それが学校とかに知れ渡ったら、悲しんでくれる人なんか多少はいるのかしら)


ふとそんなことを考え、彼女は自身の通っている学校の自分のクラスメイトや担任の先生なんかをなんとなく無意識に思い浮かべる。


そしてフッとつい少し笑う。


(ないわね。特別に反応してくれる人すらいるかいないか)


不意に風がビュッと吹き抜ける。

彼女は制服のポケットから煙草とライターを取り出した。

煙草を1本咥え、火を点けようとする。


(…急に風が強くなってきたみたい)


風に掻き消されなかなか火が点かない。カチカチとライターの着火凸を4,5回鳴らしたところでようやく点いた。


煙草は丁度最後の1本。空になったソフトパックをグシャリと潰し、ポケットに突っ込む。


溜息ごと吐き出すかのように煙を吹く。


(…死刑囚の最後の一服っていうのと似てるのかしらね)


ただ彼等と違うのは彼女の周りには誰も居らず1人だし、死のタイミングは自分で決められるし(まぁそれがむしろ辛いことでもあるのかもしれないが)、そして彼女がこれから考えているのは首吊りではない。


何より彼女は仮に死刑を迎えるにも若すぎた。


遠くの風景をぼんやり眺めたり、少し雲がかった空を見上げたりしながら、煙草は少しずつ短くなる。


そしてとうとう、彼女はほぼフィルター部分だけになった煙草を床に落とし、靴裏でゴシゴシと火を消す。


煙は昇らなくなった。


「あー美味しかった!」


そう言うと少女は制服の別のポケットからスプレー型の香水を取り出し、手首にワンプッシュ。それを手の甲や首元なんかにも塗り込んだ。


(…うん、思い残すこともそんなにないかな)


深く考え過ぎないよう、柵の手すりへと手を掛ける。少し身震いのした気がした。



その時だった。


ガチャン!


屋上への入口の扉が不意に思い切り開かれた。


反射的に少女はそちらを振り向く。


そこに居たのはゼェゼェと息を切らして膝に手を付きながら佇む、眼鏡をかけた女性だった。


少女は少し面食らって驚いた。


(誰?)


しかしそんな疑問もすぐにどうでもいい事となり、また冷めた表情を取り戻して前方へ向き直った。


その瞬間、女性から少女へ声が掛かる。


「もしかして、自殺!?」


予想もしない興奮まじりの声色に少女はついまた振り向いてしまった。


女性は勢い冷めやらぬまま続ける。


「その感じだと飛び降りだよね!?あのさ、ちょっと待って!」


普通、この状況で待ったをかけられたら自殺を食い止めようとしてるのかと聞こえるが、彼女のテンションからはそれを感じられなかった。


まるで通行人を少しの間引き止めたいのと同じような感覚のそれ。


少女も同様の受け取り方をした。


怪訝な表情を浮かべ、少女は問い掛ける。


「なんですか」


反応があったことに気を良くしたのか、女性は間髪入れず答える。


「聞きたいことがあるんだ!!たくさん!!」


今度は少女は怪しい目を向けたまま答える。


「話すことなんて何もないです」


「なら尚更気になる!」


女性は懲りないらしい。


「どうして」


「そりゃあこんな場面に遭遇出来る機会なんてないもの!年々自殺者は増えていく傾向にあるけど、どうやらみんな恥ずかしがり屋みたいでね。なかなかこうやって表立って死のうとはしてくれないんだ」


少女はなんとも言えない驚きと畏怖を着させられた。


「…………?」


「少しあたしの質問に答えてくれるだけでいい。そしたらもう、飛び降りてくれていいから!」


そこまで言われて少女は溜息をついた。

ツカツカと屋上の入口の扉へ歩き出す。


「…?どうしたの?」


何故か驚く女性に目もくれず、歩みも止めず少女は答える。


「何だかもう、今日じゃなくてもよくなりました」


すると女性は懐からポケットサイズの手帳とボールペンを取り出し、何かを書き出した。


「なるほど、その言い草だとどうやら唐突な自殺衝動ではなさそうだね」


その言葉で少女は扉に掛けた手を止める。


(…何なのこの人)


女性は続ける。


「あのさ、今日の飛び降りが中止になったなら、この後話聞かせてもらえたりしない?なに、説教垂れたり問い詰めたりしようってんじゃないから安心をしよ!あ、甘いものでも食べに行く?私が誘ってるし奢るよ!」


止まらない。少女が何か反応を起こす前に話題が飛び続ける。


「…………」


「まぁ突然言われても困るよねー。悩むよねー」


正直少女はどうすればいいのか分からなかった。今先程出会った(それもほぼ一方的に)ばかりの女性についていきたいのか、それともここから一刻も早く去りたいのか、本心からどちらを選択するべきなのか分からなかった。


そして、どちらを選んでも正解なのだろう。今の段階では。


「それにしてもさぁ」


女性は黙ろうとはしなかった。

彼女は先程まで少女の立っていた、屋上の淵の柵のあたりまで歩いた。


「うっわ、なかなか高いんじゃんここ…!確かにこんな所から落ちれば、一巻の終わりだね」


そして女性は前方に広がる地平線へと顔を上げる。


「君と同じ場所、同じ高さにあたしも立ってみたけど……。さっき君が見てた景色と今あたしが見てる景色って全然違うんだろうな」


それを聞いた少女は少し目を開いた。


「あたしさ、君の見た景色っていうものに少しでも近付きたいんだよね」


「…………」


「自分は1人しかいないけど、他人の見てるような自分と違う光景とか捉え方とか、それはたくさん欲しいと思わない?……思わないかな、私だけか」


少女はやっと女性の方へと振り向いた。


「甘いもの…食べます」

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