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私の淡い初恋は、いつしか切ない恋になりました…。

 

 

 明クンに出会ったのは私が八才の誕生日を迎えた翌日だった。


 鮮明に覚えている理由は、いつも食べたいと駄々をこねてもママが買ってくれることがなかったハンバガーをいくつも抱えてやって来たからだ。


 今の私なら、それが気入られるためママと仕組んだ作戦だったと分かるけど、 まだ八才の純粋な少女には、まるで異国の王子様のように明クンは映った。


 だから毎日のように思う。


 そんな感情を植えつけたママも悪い。そんな感情を芽生えさせた明クンも悪い。


 だけど一番の罪深き存在は、きっと今の私だと思う。





 高校生になった頃、明クンと一緒に買い物をしている時だった。


「ずいぶん若い奥さんだ」


 明クンの同僚にそう間違えられたと、祖母に話してから家の中の空気が一変し始めた。


 それまでは週に一度くらいのペースで掃除と洗濯の手伝いに来ていた祖母が、ほぼ毎日のように顔を出し、私が眠るまで家にいるようになった。


 その行動が何を意味しているのか高校生になったばかりの私には分かる部分と分からない部分があった。ただ何か良くないことが起こる、そんな予感だけはあった。




 それは夏を前に必然のようにやってきた。


「おばあちゃんのところに引っ越す?」


 私の斜め前で何だか深刻な表情の明クンは黙ったまま、張り替えたばかりの網戸に視線を向けている。


 そんな彼の隣で、いつにも増して力説している祖母の表情はあまりに対照的で、なんだか滑稽だった。


「絢が高校生になったら、そうしようって思っていたことよ」


 こっちの事情も感情も無視して、祖母は勝手な未来構図をずっと計画していたらしい。


それがさらに面白かった。


 一体何が引き金だったのか、という疑問に答えが出るくらいの知識はある。けれど、それは祖母の空振りすぎる先走りだ。


 なぜなら私が明クンの奥さんと間違えられたとき、彼は凄く嬉しそうだった。


 それは今もまだ明クンがママを愛し続けている証拠。「いつもお前が見せる写真と変わりないなんてさ~」の同僚の言葉が物語っている。


 明クンが今も持ち歩いている写真の中のママはまだ二十六才で、現実の明クンはもうすぐ四十才だ。そしてその明クンの隣に立っている私は、今年で十九才になる。




 祖母の強引な提案に、当時の私も明クンも抵抗はしなかった。私はもちろん不満だったけど、ここで妙に反論すればもっと明クンと引き離されるような気がしたからだ。


 だけどすぐの転校は断った。夏休みの間だけ祖母の家で暮らしてみてから考えると。


 その提案に今度は祖母が不満そうだったけど強引な方法は得策じゃないと思ったのか、渋々承諾した。


 私の人生の約半世紀、いつも一緒だった明クンから離れて過ごした約一ヵ月は新鮮で、開放的で、だけど何だか居心地は悪かった。心は軽くなるのに頭の中は複雑になった。


 その症状が恋だと自覚したのは二年後だ。


 そして、その感情は日々私を苦しめ、同じように日々を色鮮やかにした。




 朝、目を覚ますと必ずすることがある。それはママがいつも明クンにしていたこと。


「おはよう」


 そう声をかけることでも、唇にキスをすることでもない。ただ息をしているかを確かめる。


 だから毎朝、私は明クンより一分先に目を覚まして、彼の部屋に行き、寝顔を見つめて顔を近づける。


 スーッと煙草の香りが微かに残った息遣いを確認してから、私は彼の肩を揺するのだ。


「明クン、朝だよ」


 大体二日経つと、明クンの鼻の下には小さな髭が姿を見せる。まだ幼かった頃の私は、その髭に自分の頬を無邪気にすり寄せていた。今では何だか、その行動の全てに理由を探してしまうから出来なくなってしまった。


 クーラーを中々付けたがらない明クンの部屋は煙草の臭いと、それを吸収させるために私が買ってきた消臭剤が絶妙なバランスで鼻を刺激する。そこに太陽の光が余計な後押しをするからマジで最悪だ。


 私は部屋の中で一番大きい窓を開けて今日も照り輝く太陽の光を浴びながら、今年の夏は冷夏だと言った人気天気予報士の言葉を思い出す。そんなバカな、だ。


 その太陽を背にして振り返った私に明クンは掠れた声で言う。


「ありがとう、今日も起こしてくれて」


 ベッドの背もたれに体を預けたままの明クンはいつもと同じ笑みを浮かべている。



 毎日、何一つ変わることのない、その朝を迎えて私も同じ笑みを返す。それが私と明クンが紡いできた七年間の幸せの確認作業であり、日々願う小さな希望でもある。

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