【病猫に憑かれて破滅寸前な少女】ファンタジーパロディ
WEB連載時の御礼リクエスト小説をkindle連載に合わせる形で改稿し掲載しています。当時との違いをお楽しみください。
何もかもを許せる者だけが足を踏みいれるのです。
パチッと目が覚めた。本当にパチッと。それで……パチパチっとしてみる。
うん、私はたぶん目を開けてる……んだけど、周りが真っ暗だ。夜の室内の暗さってわけじゃなくて、本当に真っ暗。ピッチりと光が入る隙間もない空間のような暗闇だった。
「痛っ」
起き上がったらゴツッて頭ぶつけた! ガコッて音と一緒に光が差し込んでくる。私を閉じ込めている天井を押し上げるとあっけなくソレは外れた。
「まっぶし……」
目に痛い陽光が突き刺さる。
大きな楡の木の木陰の下にある、黒い棺桶のなかで私はなぜか眠っていた。
自分の身体を見てみる。
髪の毛が足元まであるほど長くなっていて、爪が黒い。肌がいつもより白い気がする。来ている服は黒を基調にしたゴシックドレスだ。棺桶の中には赤いバラの花が敷き詰められている。
「……ふぁ」
ファンタジー回だ! ネタパロディ回だ!
「うわぁ……現実恋愛カテゴリーなのに、ハイファンタジーのキャラになっちゃった」
パチって瞬きをするとヴォンッて音と一緒に頭の中に情報が表示された。
―まいる【悪食の吸血鬼】
・種族:吸血鬼
・Lv:1
・特技:吸血
・弱点:日光
・特殊能力:不死者
・パロディクリア条件:【天剣の守護者】を打ち倒す、またはLv99をクリアする。
なにこれ?
「えぇ~、私暴力は受ける専門なんだけどなぁ」
まあ、なるようになるよね。
とりあえず棺桶から起き上がって、楡の大木の濃い影のから昼の光の中へと一歩踏み出してみた。ジュっとナニかが焼ける音と真っ暗になる視界。
あれ? なにが起きたの?
「痛い!」
身体を動かすと、またゴンって頭をぶつけた。ううっ……どうなってんの?
また棺の中?
あれ? もしかして私、一回死んだ?
「あ、そっか。日光が弱点だから」
ポンって手を叩く。陽の光の下に出たら死んじゃうんだ。なーんだそっかー!
「……どうしろと?」
時刻はたぶん朝。命への喝采を謳う太陽が東の山々から陽気な光を口笛みたいに大地に奏でている。
「半日こっから動けないじゃん」
どうしろってのよ。楡の大木の周りは草原と小川がせせらいでいて、ピクニックには持ってこいだけどあいにくと今の私は吸血鬼で弱点は日光。
「夜にならないと動けない~……えー、なんで参考書の一つもないの? 英単語の勉強がしたかったのにぃ」
時間があるなら勉強させろ。最近思いっきり勉強してないから是非発散したいのに……
「う~、こんなことで私から勉強を奪えるなんて思わないでよね!」
そこらへんに落ちてる楡の枯れ枝を手に取った。鍋島まいるをなめたらいけない。教科書が無くなって、ノートが無くたって、頭の中にはちゃんとあるんだ!
「スイヘーリーベーぼくのふね……水素、ヘリウム……リチウム……ベリリウム。っと、ホウ素、炭素、窒素、酸素、フッ素、ネオン」
遠い昔、ヒトは青空の下で勉学に励んだ。黒板も教科書も机もなにもない場所で知恵を築き上げていった。だから私にだってできる。
地面にガリガリと元素記号を枝で書きながら笑みを佩く。
予習復習大事。
勉強は私のアイデンティティだ。誰も……たとえパロディでも奪われてたまるか! この枝が擦り切れてなくなるか、日陰面積が私に蹂躙されるか勝負!
「……ちょっといいか?」
元素記号を書いたあと、夢中で化学式を地面に掘り進めていた私に知らない男の人が声をかけてきた。
顔を上げる。そこで初めて、太陽の位置が真南に架かっていることに気が付いた。おおっ、すばらしき物理学! 時間つぶしにこれ以上のものはないって再確認できました。
「なんでしょう?」
私が顔を上げると声をかけてきた男の子はハッと息を呑んだ。腰に刀を帯びた眼鏡をかけた牧師さんはとてもよく知っている人だった。
「え……あ! 嘘! ちょっと待って、すごくカッコいい! 鋼くん意外と似合うね!」
「意外は余計だ!」
悪縁の幼馴染にして、同級生の橘鋼くんは、不機嫌に眉を寄せながら楡の木の日陰に入って来た。
全身黒で裾の長い教会の牧師さんみたいな恰好は着飾ったところがなくて、首から下げてるゴツゴツした十字架がよく映える。アレで殴られたらきっと痛いんだろうな。
「……キミ、こんな時になにして……うわ、なんだそれ呪いの言葉だろう」
「全部習ったはずだよ」
解の公式、中点連結定理、錐体の体積。どれも鋼くんだって知っていなくちゃ駄目な公式ばかりなのに。
「勉強が足りなすぎるよ」
「パロディでまで学業を持ち出してくるんじゃない。まいちゃんのその恰好は……」
鋼くんはチラッと棺を見た。
「吸血鬼」
「正解」
まあ、ヒントあるしね。
「【悪食の吸血鬼】だって」
「僕は【天剣の守護者】」
へえ、かっこいい……ん? 【天剣の守護者】って、もしかしなくとも私が倒さないといけない相手じゃない?? ……無理無理無理無理!! 鋼くんが私に倒されてくれるはずないじゃん!!!!
「僕は【艶麗の百鬼夜行の王】を倒さないとならないんだ」
「へ、へぇ~……大変だねぇ」
「まいちゃんは?」
「私は……レベルを99にしないとダメらしくって」
パチパチっと目を瞬いていると、鋼くんのステータスが表示された。うわっ、Lv86?! いまだLv1の私じゃ絶対倒せないって。
「じゃあ一緒に【艶麗の百鬼夜行の王】を探しに行こう、行動していればレベルは上がっていくから」
「え、あ、その……私、実は太陽の下に出られなくて……既に一回死んでるんだよね」
「っち、鈍くさいな」
「仕方ないでしょう?! 吸血鬼なんだから!」
「じゃあ僕が先に【艶麗の百鬼夜行の王】を探してくるから、キミはここにいろ。夜になったら迎えにくるから」
「わ、わかった。気をつけてね」
「大人しく待ってろよ」
「はーい」
そう言って、日本刀を持った牧師の格好の鋼くんは小川に架かった橋の向こうに行ってしまった。
(うーん、夜になったら強くなってないかなぁ。不意打ちでなんとか倒せれば……鋼くん怒るかな)
でもいっつも怒ってるから問題ないか!
「ちょっと作戦考えなきゃ」
取りあえずクリア条件の一つである相手には会ったんだし、夜にはまた来るって言ってたからそれまでに地道にレベルを上げていこう。
パチッともう一度瞬きをしてステータス画面を見ると、LV1のまま。
「おかしいなあ、こんなに公式を書きなぐっているのに」
勉強じゃLvは上がらないらしい。むむっ、どうしよう。
頭を悩ませていた時だ。
のっしのっしと草原のなかを、ライオンの背に乗って中華の伝統衣装をまとった短髪黒髪の男の人が爽やかにキセルの煙をくゆらせながらやってきた。
「ああ、こんにちは鍋島さん」
「こんにちは。黒瑪さんもパロディ参加なんですね」
「そうなんだ。俺は【暴虐の占星術師】ってやつらしい。酷いことに婚活カップル百組の成婚を手伝はないと元に戻れないんだ」
「……百」
「もしくは【悪食の吸血鬼】を倒すと元に戻るらしいんだけれど、知ってる?」
「知らないです!!」
それは私です、とは絶対に言えない。
瞬きをしたら黒瑪さんのレベルが見えた。うっわ、Lv89だ。
申し訳ないけれど婚活カップル百組の幸せを作ってこのパロディから抜け出して貰わないと。
「魔法使いさんはやっぱり幸せを生んだほうが素敵だと思います」
「ありがとう。婚活市場に蔓延るモンスターを地道に片づけていくよ」
なんか仕事に疲れたサラリーマンみたいな背中を見せながら、ライオンに乗って中華服を着た魔法使いさんは去っていった。
(あっぶな……)
まさか自分がやられる側だと思っていなかった。なるほど、人によって条件は違うんだね。
(レベル上げしなくちゃ)
やっつける側とやっつけられる側……どっちも私よりずっと強い相手なんだから、グズグズしてられない。
よーし! 今日からタイトルを【Lv99を目指す悪食の吸血鬼はさっさと色々終わらせてスローライフしたい!】だ。
うん、確実に人気が出そうなタイトル。ランキングに乗って書籍化しないかな、印税が入ってバスタブ一杯の札束に浸かりたい!
「頑張……あれ?」
フラって身体が足元から崩れ落ちて、ぽすんって棺桶の中に倒れこんじゃった。バラの花が舞う。
足に力が入らない。
お腹が盛大にぐーっと鳴った。
「お、おなか……すいた」
朝から何も食べてない。公式を書きまくって力を使い果たしてしまった。
「う……、どうすれば……」
吸血鬼だからたぶん血を吸えばいいんだろうけど、そんな都合よく血をくれる人がやってくるわけない。
(ス、スローライフじゃなくてデッドライフ・ループになっちゃう……)
餓死はイヤ! 餓死はイヤ! 餓死はイヤ!
「と、とにかくなんでもいい。誰でもいいから輸血してもらって……血の気の多そうな人に……」
ぜーぜーって這うように棺桶の中から起き上がりかけた時、ドーンって地鳴りがした。地面からビリビリって振動がやってくる。
もう一度ドーンってもっと大きな地鳴りが響いた時、草原の向こうから小山ほどの大きなトカゲが現れた。
トカゲは地鳴りを響かせながら爬虫類特有の鳴き声を大きく上げて暴れ狂っている。
「え、え……え?!」
こっちに来る?!
草原に巨大なクレーターを作りながら、こっちに向かいつつ大暴れしているトカゲは何かと争っているようだった。頭の周りを流れ星みたいに銀色のチカチカしたものが飛び回ってる。
「にゃっはははははは! にゃはははははは! ほーら食ってみろトカゲちゃん! じゃないと俺がお前を食っちゃうよぉ?」
高笑いをしながら長い銀色の髪をひるがえした尻尾のある……変態だ! 変態が和風コスプレしてトカゲとバトってる!!
トカゲの悲鳴とまたドーンって音がした。
ノラがトカゲの頭を蹴りつけてノックアウトさせる。動物虐待にしか見えない、トカゲ可哀想。
砂煙を上げて地面に沈むトカゲの上からぴょんっと降りたノラが……こっちに顔を向けた。
(ひっ?!)
やばい、隠れろ。死んだふりだ!
棺桶に倒れこむ。蓋を……どなたか蓋をしてくださいませんか。
アイツに見つかったらスローライフどころじゃない。どうか向こうに行って。こっちに気が付かず人外バトルを楽しんでて。
私の願いも空しく、リンリンリンと鈴の音が近づいてきて、きらきらした銀色の髪の男が棺桶の中を覗き込んできた。
(うわ、長髪のノラだ……)
ノラは私を見つけてびっくりしたみたいに硬直した。私もアンタのコスプレにビックリだよ。
猫耳を生やして銀色の髪が腰まであるノラは白い着流しと派手な牡丹柄の帯を結んで、丈の長い羽織を肩に羽織ってた。長い髪をひと房三つ編みにして鈴のついたリボンで結んでる。
「……おひめさま」
リンと鈴の音を鳴らしてノラが棺桶の前に膝をついた。ほっぺが少し上気して、うっとり細めた黒い目がギラギラと興奮している。
「お姫様だぁ。やっと見つけた……! 真っ赤なお花のなかで待っててくれたんだね。王子様がきたよ、あぁー……なにこれすごく俺好み。好き、好き、好き好き好き好き好き」
やめて、その興奮した顔で私の力の入らない手を握らないで、私のお腹の上に顔を乗せないで。スンスン匂いを嗅ぐな!
(……声が出ない)
お腹が空いていて喋ることができない、目に力も入らなくなってきた。
「素敵なドレスだね。綺麗な髪が長くなって……ふふ、ふは。お花とまいるのいい匂いが混じってる。ねえ、俺もこのベッドに入れて、一緒に入りたい」
私の力の入らない手に唇を寄せてノラが笑った。
ちゅっ、ちゅって音を立てて手に指にキスしてくる。ペロってノラの赤い舌が皮膚を舐めた時、ざらついた舌の感触に身体がビクリって震えた。
(猫の舌だ……)
熱い、ノラの唇と舌がいつもよりずっと熱い。
あむって食べられて皮膚をじゅるって舐める舌が動くたび、ざらついた感触に火傷のような快感がヒリヒリと伝わってくる。
「手が冷たい……どうして? 元気がないね。まいる……?」
ノラの唇がチュッて音を立てて離れた。横たわる私の身体を長い尻尾が9本さわさわと撫でていく。毛並みがいいなこの化け猫。
パチって瞬きするとノラのレべルが見えた。
Lv99――
カンストしてんじゃん。アンタいままでなにしてたの?!
銀色の尻尾が2本、頬をくすぐってきた。
長い肌触りの良い尻尾はゆらゆらしながら私の冷たい肌を温めようと身体を這う、胸をお腹を足を、服の上から撫でていく。なんとなく手つき……この場合、尻尾つき? とにかく尻尾の撫で方がいやらしいんですけど。
「起きてる? 俺の声聞こえてる? どうしたら……ああ、そっか」
尻尾が一本、服の上から私の下腹をそっと押してきた。
「お姫様を目覚めさせるには愛する王子様とのセックスが必要なんだっけ」
キスだし! そこまでする必要ないし! ていうか私に必要なのはそういうエロ方面じゃなくて血なんです。血液、輸血、blood。
(スカートをめくるなああああ!!)
尻尾でいやらしく身体を撫でながらノラが恭しくスカートをたくし上げてきた。やめて、本当にやめて。
ほうっ、て変態が熱いため息をこぼす。
「すごくエロい下着」
え……。嘘、どんな?
「あ、ダメだ。こっちはウラモノじゃないからどんな下着が言葉にしちゃイケないんだ、BANされる出……俺の眼球がかつてないほどエロい下着を拝んでるのどれだけエロいのか表現できない……すっごくエロいのに。よだれ出てくるほどエロいのに伝えられない。とにかくエロいってことしか伝えられない」
ねえ、私はどんな下着をいままで履いてたっての? 気になる、自分がどんな下着をつけているのかすっごく気になる。
ノラは興奮しながらブツブツ独り言を言い出した。
「セックス……セックスするのはいいけど、どうしよう。規制がかかっちゃう。『暗転』とかなんとか看板にしとけばいいのかな? それとも擬音で乗り越える? パコパコとかズブズブとかぬちゃっ、ぴちゃ、ゴリって感じの擬音でいっかな? パンパンびゅるるって流しときゃ大体皆わかるよね」
なんて失礼な! わかんないと思う。絶対わかんないと思う。だからやめよう。今すぐスカートの裾を戻してください。
リンっと鈴が鳴って、ノラの顔が私を真近に覗き込んできた。
長い髪が柔らかく肌をくすぐってくる。ふわふわの尻尾が三本に増えてお腹をぐっぐって益々押してきた。
「愛してるよお姫さま、コスプレエッチはもうちょっと先だと思ってたけど……ふはっ、新しいプレイ興奮するねぇ……俺はお姫さまを誑かす悪い化け猫さんってことね。」
吐息が私の唇を撫でてノラのキスが降りてくる。触れ合って柔らかさを確かめるようなキスが、ゆっくりと私の唇を押し開ける。
熱くて柔らかい肉厚の舌がそっと歯を舐めた時、心臓がドクンと高鳴った。
(……あ、ごはんが)
自分からやってきた。
ゆっくりと最後の力を振り絞ってノラの舌を噛んだ。私の牙がノラの舌肉をつぷりと刺す。
ノラの身体がビクッて震えた。
舌の肉の内側からじわりと血が牙を通って、ノラの舌を通って私の喉へと落ちた。
カッと身体が一気に熱くなる。
「まい」
こら、口を離すな馬鹿猫。血が飲めないでしょ。
「んぁ」
パクってノラの唇を追いかけて自分の舌を差し込むと九尾の猫が喘いだ。
甘い甘い血の味がする。もっと欲しくて舌を絡めさせる。
「は、はぁ……ん、ん、ちゅ」
血を飲んだ途端、お腹が空いたって感覚がもっと強烈になった。飢餓ってやつが私の思考を全部支配して、目の前の美味しい獲物を逃がすなって命じてくる。
(もっと飲む、もっと……)
ノラの舌を私の口に招き入れてチューって吸い付いた。いつもと違う猫特有のざらついた感覚が背筋をゾクゾクさせる。
美味しい血がトクトク喉を潤すのに呼応して獲物の身体が跳ねた。
「ぁい、あいう……んんっ」
声を出す男を叱りつけるようにもっと吸い付いた。ダメだよ、逃げちゃダメ。
ようやく動くようになった両手でノラの頭を抱きしめる。そうしたらノラも私を抱きしめてきた。
身体をぴたりとくっつけて抱き合うと、ノラの心臓の音が皮膚を通して伝わってきた。
(可愛い)
心臓の鼓動が愛おしい。この美味しい血を生み出している臓器を愛したい。
頭を抱いていた腕を背中に回し、心臓の位置に手のひらを滑らせて背中を撫でると、ノラの長くなった髪の毛がサラッと落ちていく。リン、と鈴が鳴る。
「はぁ……」
もっと飲んでいたかったけれど、これ以上は息が続かなくて唇を離した。覗き込んでくる猫耳のノラが口元を赤く染めてうっとりと笑ってる。
「お姫様は吸血鬼だったんだね」
「……うん」
ペロッとノラが自分の口の周りを舐めとった。その仕草にお腹がきゅんってせつなく疼く。
「それ、私の……」
「俺の血が飲みたい?」
「飲みたい、もっと飲みたい」
頂戴ってノラの身体を引き寄せるけど、そうはさせてくれない。なぜか身体を離してしまう。
柔らかい尻尾が私の頬をすりすりって撫でてきた。
「他の誰かの血を飲んだ?」
なんでそんなこと聞くんだろう?
「飲んでない」
「よろしい」
ニヤって化け猫が笑った。怪しい眼光で私を舐めるように見つめて、猫の耳がパタパタって動く。やだ、どうしよう。ノラなのにちょっとかわいい。
私の顎を撫でるしっぽを柔らかくつかんでノラの猫耳を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしだした。
「猫……」
「化け猫ノラさん、かっこいいデショ。【艶麗の百鬼夜行の王】って名前もあるんだよ」
アンタ、命狙われてるよって教えてあげた方がいいかな? 出来たら鋼くんが帰ってくる前にバト私のお腹を満たして欲しいんだけど。
「お腹すいた……」
「まだ飲み足りない?」
「うん」
「俺の血でお腹いっぱいになりたい?」
「うん」
ノラの指が私の唇を撫でて牙に触れた。
「俺をキミの命にしてくれるんだね」
ずぶり、ってノラの人差し指が自分から牙に食い込ませてきた。美味しい血がまた口の中にポタポタと落ちてくる。
「舐めて」
「ん」
「吸っちゃだめだよ。舐めるの」
「ぁい……」
言われるまま血を流すノラの指に舌を這わせる。唾液をたくさん纏わせて指に絡むけれど、絶対量が少ない。
(もっと……)
もっと飲みたくてノラの手首を両手で掴んでねだる。ピチャって体液が舌に絡む恥ずかしい音がすると、ノラが楽しそうに笑った。
「あっは。食いしん坊さん。だらしなくよだれが溢れてるよ。そんなに俺が美味い?」
「ん、美味しい。の、ら……吸いたい。もっと吸って飲みたい……吸わせて」
「まだダーメ」
クスクス笑って9本の尻尾が頬を、手を、お腹をそれぞれバラバラに撫でてくる。
(口のナカは美味しいのでいっぱいなのに、お腹が空いてたまらない)
牙が開けたノラの指の傷に舌を当てる。もっと、もっと出てきて。もっと溢れてきてくれないと足りない。
(もっと飲みたいぃ)
切なくてじわりと涙が出ると、柔らかい尻尾がふわりと拭っていった。ノラが「あ」と声を上げた。
「……まいるのレべルが上がってる」
「ぅえ?」
「さっきは1だったのに、今は15になって……21になった」
ほんとに? ガンガンあがってるじゃん!
「そっか、吸血鬼だから血を飲むと上がっていくんだね」
って、ことはお腹いっぱいになってレベルのカウンターもあがるってこと?
(じゃあやっぱりもっと飲まなくちゃ)
ピチャピチャってノラの指の血を舐めながら、舌と指から流れる少量の血にすがりつく。ノラの乾いていた皮膚はすっかり私の唾液で柔らかくなってしまっていた。
ちゅぱってノラの指を離した。化け猫の耳がピクッとゆれる。
「お腹いっぱい?」
「全然足りない。もう……我慢できない」
起き上がってギュって抱き着いた。ノラの着物の衿を緩めて表れた鎖骨を舐める、その下の左胸、タトゥーが彫られている心臓の場所にチュウって吸い付いた。
「もっと飲みたいよ……お腹いっぱいノラの血が飲みたい。ココが作ってる美味しいの欲しぃ」
チュウ、チュウってタトゥーに吸い付いてお願いする。この皮膚の、肉の、内側にある赤い血が必要なの。私を満たして欲しい。
肌を通して聞こえる鼓動が私を誘っている。唾液が止まらなくてノラの左胸にパクっと噛みついた。けど、胸板が厚くて牙が刺さらない。
「それじゃダメだよお姫様。もっとがぶりといかないとソコは血がでないよ」
ノラがよしよしと頭を撫でてくる。尻尾が抱きしめるように身体にからみつく。
「ヒトの肉の刺しかたがなってない。コツはためらわない事だ。一気に内側にいくんだよ」
「だってぇ……」
無理だよ、怖い。舌を噛んだ時はキスの延長だったけど今は違うもん。
「欲しいのに、吸いたいのにぃ……」
「ふふ、おバカな吸血鬼だね。もっと吸いやすいところがあるデショ」
「……どこ?」
ぐすりと鼻をすすると、ノラが自分の尻尾でトントンって筋張った首筋を示した。
妖艶な仕草にぞくっと背筋が泡立つ。
「……だって」
「いいよ吸って、俺の命あげる」
「え?」
「お腹いっぱいになるまで吸い尽くしていいからね」
ドキリとした。
「なんでそんな嬉しそうに言うの?」
食べられちゃうんだよ?
「食べて欲しいから」
とても嬉しそうにノラがはにかむ。
「俺の全部をあげられるのが嬉しい。俺の命がまいるの身体に溶けるのが気持ちいいよ。お前の一部になれるなら俺って存在はなくなってもいい」
なにを言ってるんだろうノラは……。コイツの考えていることがわからな過ぎて、呆然と見つめていると抱き上げられた。
棺桶からノラの腰の上へと移動させられる。
向き合って抱き合うように私を自分の身体の上に座らせたノラが、自分から着物の襟をぐっと開いて私の顔を首筋に持って行った。
「召し上がれ」
鼓膜を甘い毒のような声が犯す。
熱くて薄い皮膚の下から蠱惑的な血の匂いが誘ってくる。
「ノ……ラ、駄目だよ。ごめんなさい、我慢する」
「初めて触れ合った夜を覚えてる?」
なに? なんでいまその話をするの?
「俺の首を絞めてくれたよね。俺が頼んだら必死になって首を絞めてくれて嬉しかった……一瞬だけだけど、まいるに殺してもらえるって本気で思ったらすごく興奮した」
覚えてる。忘れたい記憶だけど、ノラは私に首を絞められてエクスタシーに昇り詰めていた。
「あの時と同じことを言ってあげる。『大丈夫、俺は人の殺し方をよく知ってるけれど、お前じゃ俺を殺せないから』……だから、シテ? 食べて」
ごくりと喉がなる。口の中にまだ残っているノラの血の味が私を急かしてくる。
(ほんとに……ほんとにいいのかな、ココを)
噛みついて。噛んで吸っても……いいのかな?
お腹の奥が空腹以外のナニかできゅうっと切なく啼いた。とろりとした快感が身体の奥で疼く。
「お腹が空いてたまらないの……」
ノラを……この強くて綺麗な男の人を食べたくてたまらないの。
逞しく首に縋りつく。ノラの尻尾たちが私に早くと媚びてきたから、チュっと音を立てて唇にキスをする。自然と口元が緩んだ。
「いただきます」
可愛い尻尾が指し示した首筋をがぶりと噛む。牙が心地よくノラの皮膚を突き破って肉に刺さる、ジュっと吸い上げると舌や指とは比べ物にならないほどの血が口の中に溢れかえった。
(美味しい!)
好き、好き。美味しい! この素晴らしい糧は一滴の余さず私のものだ。
ごくごくと喉を潤す命の熱、鼻孔をくすぐる芳香。
あまりの美味しさにビクビクって腰が跳ねる。
「はぁ」
艶のあるため息をノラが零す。大きな手が吸血の快感に震える私の腰を撫でた。
「淫乱」
「……ん」
「はしたないね、俺の血を飲んで感じてるんだ……」
「ふ、ん……ん」
ごく、ごくって飲むたびにお腹の奥が熱くなっていく。とろとろのナニかが渦巻いて膨らんで、身体の奥で爆発しそうな感覚を抱えながらノラの血を飲む。
(身体がノラに染まっていくみたい)
私の細胞一つ一つがノラを感じている。雪が解けた土から一斉に芽吹くように、指先まで力強いノラの命が届いて私の固い蕾をほころばせていくようだった。
(食べられてる……私がノラを食べてるはずなのに。内側からノラに食べられてるみたい)
ノラのモノになる。このまま全部……身体の奥、頭のさきからつま先まで全部。
「ぷはっ。はぁ……はぁ」
「ふふ、もういいの?」
「あ、つい……身体が燃えそう」
ドクン、ドクンって心臓が高鳴る。じっとりと汗が浮かんでもう少しで大きな波のようなものがやってきそう。私が私でなくなる衝撃がすぐそこまで来てる。
「……俺の血でお化粧してる。可愛い」
赤く染まっている唇をノラの猫の舌がザラリと舐めて、ぱくっとキスしてきた。あれだけ熱いと感じていたノラの舌なのに、私の体温はいまやアイツと同じところまで登りつめてる。
ここが私達の融点だ。
別々の身体で生まれた罪が許される。溶け合う殉教を得て本当の自由を味わう。
(あ……)
絡まる舌からまたとぷりと甘い血があふれ出る。ぐっと身体が折れ曲がるくらいキツくノラが抱きしめてきて私にその血を飲ませた。
こくんって飲んだ瞬間。
蕾が震えて花ひらいた――
目の前が真白の光に包まれたようにスパークする。お腹の奥の熱がはじけた。
パチッと瞬きをすると……
―まいる 【悪食の吸血鬼】 Lv99―
「……まいる?」
「やった……」
「え?」
「クリアした、やった!」
「えっ」
バッとノラが離れてパチパチって私を見てくる。たぶんアイツもステータス画面を見てるんだ。
私のバンパイアの身体がゆっくりと蛍火のようにほころんでいく。
「え、なに? なんで? なんでぇ?!」
「カンストするとクリアだから」
「聞いてない! ファンタジーコスプレエロはこれからなのに! 戻して、レベル戻して!! 戻せよ!!」
「無理」
「うわああああ!! 行かないで、せめて俺の尻尾を穴という穴に埋めさせて!」
「イヤだよ」
気持ち悪い、コイツそんなこと考えてたんだ。変態は可愛い猫耳が生えてもやっぱり変態だ。
「食い逃げ! 犯罪!!」
「アンタが食べていいって言ったんじゃ……あ、もう行くね。じゃお先に」
「いやだああああ! 俺のクリア条件と一緒だと思ったのに! 【傲慢の占星術師】に婚活斡旋してもらう条件だと思ったのに!」
あ、そうだ。ノラに伝えなきゃいけないことがあったんだ。
「牧師さんがアンタを探してたよ」
「は?」
「日本刀持った……ええっと【天剣の守護者】。でね、それ鋼くんなの。鋼くんの条件がアンタをやっつけることらしいよ」
「はあ?!」
「じゃ、伝えたから」
ファンタジー婚活バトルを楽しんで。
目の前が明るくなって、怒ってる九尾の猫の姿が溶けていく。
頑張れ化け猫さん、なるべく鋼くんと仲良くね。
無理かな。




