【冬籠り】柊、合コンする。(男にはやらねばならないときがある)かなりひどい編
修正中です。
六つの杯が掲げられ宴が始まる――
「九山・葵です。ご存知だと思うんですけど医務官している十九歳です」
「初めまして城内清掃科のロサ・グラハムで~す。同じく十七歳で~す」
「王室厨士、薄刃・三徳。二十三です」
横一列、長卓を挟んで向かい合った女達にロットは有頂天だった。
「ロット・マイルズ、二十歳でーす! 今日は来てくれてありがとー!」
(あああああっ、葵ちゃん昨日も可愛かったけど今日も可愛い!!)
「クチナワ・蛇文だ。年はマイルズと同じで……ほ、本日はお日柄もよく足をお運び頂き大変恐縮であると思っている」
(な、な、な……なにを喋れば)
「柊、二十歳です」
(……皿の上が青虫の餌だ)
冷や汗をダラダラと流すクチナワの真横で柊は店の名物である給仕の蝶が運んできた料理をがっかりとした面持ちで眺めた。
彩りを重視した食事は葉野菜ばかりでとてもでないが長卓の隅に置かれた品物表の値段とは不釣り合いなシロモノだった。
「じゃ今日、女の子達は支払い気にしなくていいからね! バンバン頼んじゃって!」
「え~? いいんですか~?」
(コイツっ……!)
(あたかも自分がすべて払うかのように!)
酒を傾け合う中、安請け合いをしたロットを睨んでも彼はどこ吹く風だった。
「三人は友達なの? 職場違うみたいだけど」
「最初私とロサが仲良くなって」
「私と~三徳ちゃんが~、幼馴染なんですよ~」
ふわふわの金色の長い巻き毛を蓄えたロサが、柊いわく青虫の餌をパクパクと食べている三徳に「ねー」と顔を向けた。
黒髪を襟足でばっさりと切った大柄の美女が頷く。
「ま、姉妹みたいなもんよね」
「お三方は仲良しなんですか?」
「全然」
葵の質問に、男達は間髪入れずそろって否定した。
一皿目を平らげた三徳が次の料理を頼みながら男達を指さす。
「ここってどういう関係? 同じ隊?」
「違う」
クチナワが即座に否定した。
「俺が近衛で」
「俺と柊が壁門守衛の同じ隊で同じ部屋」
「あ~知ってるかも~。いつも兵舎のお掃除に行っているんだけど~、壁門守衛の部屋で一室、他一名って名札があったのは柊さんだったんだね~」
ロサの巻き毛から薄黄色の花弁が舞った。
皿の上にふわりと落ちたそれに柊は驚いた。
「あ、ごめんなさ~い。これ無意識に舞っちゃうの~」
「花弁が散らかっちゃうから掃除していたら得意になって清掃科に入れたんだよね」
葵がクスクスと笑って巻き毛の先に引っかかった花弁を払ってやった。
「ロサちゃんてアネなんだ、てっきり移ってきた人なのかと」
「曾お祖父さんが移民だよ~、曾お祖母さんが花性のアネなんだ~」
「蛇文くんってアネの蛇族を仕切っているあの蛇文? 本家?」
新しく来た料理を取り分けながら三徳が興味津々に尋ねた。
「そうだ。よく知っているな」
「王一家の料理番だからね、下っ端だけど。近衛の中でも出世頭だって厨房まで届いてるよ、蛇文家の次期総領だって聞いたけど本当?」
「どうだろうか……我が一族には秀でた者が多い。切磋琢磨し合い研鑽を積み、ふさわしい者が収まるだろう。その努力は怠ってはいないが」
「へーぇ!」
「んっ、んんっ」
女性たちが感心の声にクチナワ眉間に太い皺を刻んで咳払いした。
頬の蛇の鱗が心なしか桜色になっていた。
「柊さんは? どこのご出身なんですか?」
「俺?」
対角線上、一番遠くの席に座っていた葵に身を乗り出すように尋ねられ酒と葉野菜を交互に口に運ぶ作業に徹していた柊は手を止めた。
「灰色の眼って珍しいですよね」
葵が自分の目元を指さして言った。
「すっごい素敵だなぁって私まえから思ってて……」
「柊は戸籍の申請中なんだ」
ロットがすかさず割って入ったので柊は驚いた。
「あ~、だから名札がその他一名になってるんですね~」
ロサが「納得~」と手を叩く。
なんとなく、柊は酒で口を塞いだ。
「大変だって聞いてますよ~曾お祖父さんは八年かかったって言ってました~。頑張ってくださいね~」
「ところで三人は彼氏いるの?」
ロットの質問に一杯目の杯を空にした三徳がケラケラと笑う。
「ちょっ、いきなり直球でしょ! そういうマイルズくんは?」
「俺はねー、そろそろできる予定かな。今夜あたり」
赤い髪を掻き上げてロットは正面に座る葵を見つめた。
彼女は給仕の蝶を指先に呼んでいるところで目もくれていなかった。
ロサが葵の指にとまった蝶に次の料理を注文しつつ尋ねた。
「蛇文さんとか名家だから婚約者とかいたりしそうですよね~」
「い、いるわけないだろう! 我が家は代々伴侶は自分の力で得るようにと……」
「じゃあ今日は未来のお嫁さん探しって感じですか~?」
「なっ?!」
ボンッと音がするかと思うほどクチナワの顔が赤くなった。
虹色の蝶が運んできた酒を攫うように飲んだ三徳がからかう。
「真っ赤になってるー! ほら葵、急患だよ」
「え? ええっと……悪いの悪いのとんでいけー、とか?」
細く白い指先をクルクルと向けられクチナワは今にも湯気が出そうだった。
ロットが眼光鋭くクチナワを睨んだ。
(……蛇文、殺す)
(ロット、槍投げの時の顔になってるから落ち着け)
蒸海老をこっそり強羅に食べさせながら柊は視線で友人を宥めた。
女達はクチナワの様子が気に入ったようだった。
「やだ~、蛸さんみたい~」
「蛇文くん可愛いトコあんだね」
「もう! 三徳さん恥ずかしいことさせないでよ。違いますからね! 私いつもこんなことしてませんから」
葵が両手で赤くなった頬を隠し新しく料理を注文しようとしていた柊をこっそりとうかがった。
「あの、それで……柊さんはお付き合いしているかたはいらっしゃるんですか?」
柊が口を開く前にロットが笑って答えた。
「あー、ダメダメ。柊は最低でも片手の数、離れた年下じゃないと女として魅力を感じないっていっつも主張してるから」
強羅を膝に乗せていたクチナワが戦慄いた。
「貴様やはり変態か」
「おい、俺に対する誤解をまき散らすな」
「じゃあいないんですね」
葵が明らかにほっとしたように肩を落とした。
「しっつも~ん」
細い手をあげ、ロサがいたずらっ子の目をみせて尋ねた。
「この女の子三人の中で誰が一番可愛いと思いますか~?」
その問は、男たちを雷撃の如く貫いた。
(これは、力量が試される禁断の質問!!)
クチナワのこめかみからとめどなく汗が流れる。
(誰か一人を選べば角が立ち、無難に全員と答えればじゃあ誰が好みか追及される究極の死問)
柊は酒を舐めるのに隠れて眉を寄せた。
(どうする? 誰が最初に答える?!)
一呼吸分の苦悩のあと、信じられないほど陽気なロットの声が言った。
「俺は葵ちゃんだな~」
照れわらいを浮かべて頬を掻いたロットに柊とクチナワは驚愕の視線を向けた。
(ロットお前……!?)
(名指しだと!?)
「俺まえから葵ちゃん可愛いと思ってたもん」
女達から悲鳴交じりの喜声が上がった。
(さらに攻めた、だと?!)
(なにをしとるんだマイルズ! よく見ろ、 他の二人がガッカリした表情を隠しきれてないぞ!! 自分さえ手柄を立てればいいという考えか?!)
(……いや、待て違う。これは……?!)
ハッと、柊は気が付いた。
ほんの少しの気恥ずかしさを含んだロットの笑顔、その硝子の仮面の内側は……。
(そうか、あえて名指しすることで自分の株を上げ、狙った女を気持ちよくさせると同時に、残りの二人にも『可愛い』と言われる可能性を残したんだ)
柊はそわそわとしながらこちらを横目に見るロサと三徳に気が付いた。
(……ふ、気が付いたな柊)
笑顔の仮面を張りつけ葵を口説きながら、ロットは思惑を察してくれた同僚に口元だけで不敵に笑った。
(宣言通り俺は葵ちゃんを狙う、でも他の女の子達は彼女の友達。だからこそ、ロサちゃんと三徳ちゃんには今日という夜を気持ちよく過ごしてもらわなければならない。友人公認での彼氏候補……女を落とす上では友達からの推薦が強力な武器になる。必ず彼女達の口から「マイルズくんっていいんじゃない~?」と言わせてみせる)
(それにはこの質問はうってつけ……俺と蛇文が残った女達を可愛いと言えば必然的に三組に分かれることができる。無難な答えでお茶を濁した腑抜けという誹り(そし)も生まれない!)
(そう、今こそ玖欄兵の連携を見せるとき!)
出会って半年以上、このとき二人は初めて言葉にせずに相手の意志を図ることができた。
柊は無言でせかしてくる女達を窺いながら横に座るクチナワに視線を向けた。
(俺は蛇文が言ったあと残っている女の名前を言うだけでいい。さあ、さっさと選べ蛇文。適当でも好みのほうでも早く葵以外の名前を言ってやれ!)
クチナワの膝に座る強羅が欠伸をかいた。
全員の視線を一身に受けるなかクチナワの身体が小刻みに揺れる。
「~~~っ、選べるわけないだろう! こんな、こんな!! 順位付けなど淑女に失礼極まりない!」
耳まで真っ赤にしてクチナワが白木の長卓を叩いた。
ガチャンと食器が揺れる。
ほとんど慟哭のようなそれに
「あっはっはっはっは!!! しゅ、淑女なんて今どき言わないっしょ! 初めてきいたよ!」
「やだ~、淑女なんて~、お花舞っちゃう~」
「もう……っふふ。蛇文さんほんと顔真っ赤。もっと怖い人かと思ってたのに」
女たちは三者三様、それぞれの微笑ましさで笑った。
(コイツあっさり連携崩しやがったあああ!!)
(誰が本音で言えといった!? 適当でいいんだよこんなもんは! あとに控える俺の気持ちも考えろ!)
忌々しく舌打ち柊は高速で脳を動かす。強敵を前にしたかのように心臓が早鐘を打った。
(どっちだ、どっちを言えばいい?! 俺もこうなった以上本音で言うか? ああもう、クソ!)
口元を抑えて柊はクチナワをからかうロサと三徳を見比べた。
(違いなんかねーよ! てめーらどっちも目があって鼻があって口があるじゃねーか! ……まずい、ここで下手なことを口にしたら……)
柊はお腹を抱えて笑う三徳を窺う。
(王室厨士って言ってたな。普段はなにしてるんだ? 壱琉は朝晩、家族で葉加さんが作ったもんを食ってるって言ってたぞ? ……陛下か? 陛下の昼飯か? 下っ端なら顔を合わせることもないはず……いや、厨房で噂が広まったら耳に入る可能性がある。穂積のことだ、絶対喜々として尾ひれ背びれつけて壱琉に吹聴するぞ……いや、それよりもっと拙いのは)
灰色の眼が葵をとらえた。
(葵は療養棟の人間、そこの医務官長は后妃……葉加さんだ。なにかの拍子で葉加さんの耳にはいることも……それはさけたい! 陛下が俺の存在に渋い顔をしている以上、玖家における家庭内での中立派を失いたくない。臣下としてはよくても男として腑抜けだなんて烙印は絶っっ対ごめんだ)
壱琉の選んだ臣下としてするべきことはただ一つ。
「俺も、九山が一番可愛いと思う」
柊は薄く笑った。
癖のある薄茶色の髪がくすりと笑った拍子に小さく揺れる。
蠱惑的に細められた灰色の眼、ほんの少し低く落とさせた声音に葵は頬を染めた。
「ほ、本当ですか?」
「嘘の方がいいか?」
苦笑して尋ねた柊に葵はブンブンと首を横に振った。
無声でロットが血を吐くように叫んだ。
(ひぃいらぁぎぃ!! お前裏切りやがったなあああ!!)
(悪いなロット。横の蛇とは名ばかりのミミズ野郎が台無しにした以上、俺は自分の立場をとる)
ロットと柊に挟まれたクチナワは戸惑うばかりだった。
(おい、なんだ?! 仲間割れか?! 貴様らなんで女を取り合ってるんだ?!)
ロサと三徳が葵をひやかした。
「葵ちゃんい~な~」
「やっぱり男は葵みたいなのがいいのよね」
笑顔でいつつ、纏う空気からは明らかにがっかりしたこと滲ませていた。
その様子に柊は酷薄に口元に笑みを浮かべた。
「なんで女って『可愛い』かどうかしか気にしないんだろうな」
ほとんどため息のように、しかし独り言には大きすぎるつぶやきを溢して柊はロサと三徳を見つめた。
「それ以外の魅力になんで気がつかないんだ?」
「え~、じゃあ私の魅力ってなんですかあ?」
「ちょっ、ロサ!」
頬を笑み崩しクスクス笑いで尋ねたロサを三徳がたしなめた。
柊は笑う。
「明日の朝、鏡を見てみろよ。……わかったら答え合わせしよう」
悩ましいかのような鼓膜に染み込む吐露。
それにクチナワとロットは唖然と口を開けた。
(風呂の入り方も知らなかった男のくせに……!)
(寒気がするほどキザったらしいぞ。女の子達は……えええええええ?! 真に受けてる?!)
ロサと三徳はそれぞれ手鏡と硝子の杯に映る自分を凝視していた。
絶対自分の魅力とやらを見つけてやろう、そんな鬼迫が渦巻いていた。
(顔か?! 結局顔か?! 俺が言ってもキミたちそんな喜ばないよね?! むしろシラケるよな!?)
そしてロットは気がついてしまった。
(ああああああ!!! 葵ちゃんの機嫌が悪くなってる!)
口先を尖らせながら薄紅色の酒を飲んでいる葵は羨ましそうに二人をチラチラとみていた。
(どうする、もう一度『可愛い』とダメ押しで言ってみるか、だって可愛いのは事実だし……いや、待てよ)
ロットは柊と談笑するロサと三徳をチラリとうかがった。
(二人は完全に柊のほうにいっている。なんか思ってたのと違うけどこれはこれで予定通り……彼女にとっては面白くないこの空気感だからこそ『こっそり抜け出さない?』と打診するにはもってこい! 葵ちゃんは乗ってくる、必ず乗ってくる!)
なぜなら女はチヤホヤされたい生き物だから。
(男にはやらねばならないときがある! 行けロット・マイルズ!)
「あのさ……」
ロットがそっと腰を浮かせ左手をこっそり葵に向けて振った。
その時だ。
ほんの少しの動作。
葵がロットの手を視界の隅で見つけ、顔を向けると同時。
気持ちこっそりと動かしたロットの左肘が
クチナワの膝で寝ていた強羅に当たった。
ゴドンという音が卓の下から響く。
「?!」
(やばっ?!)
(なにしとるんだマイルズ!?)
(強羅だぞ?! そんな簡単に落ちるはずは……)
男たちは一斉に目だけを足元に向けた。
そこには頑強な甲羅を地面に転げ、四肢と頭を引っ込めた精霊亀が逆さまに転がっていた。
甲羅の中からはかすかにだが規則正しい吐息が聴こえてきた。
(寝てたのか?!)
「なにか落としました?」
目を瞬いた葵が椅子に座りながら屈む。
(やばい!)
葵の黒髪が揺れ、白木の長卓を覗き込む。
その瞬間。
柊は強羅を蹴り飛ばした。
クルクルと床の上を横回転しながらひゅんっと亀はロサと三徳の足の隙間から飛び出した。
「あれ? なんにもない。ねえ物凄い音しなかった?」
「うん、したした~」
「ちょっ、たったいま足元なにか通らなかった? なんか風を感じたんだけど……」
「えー、俺は気がつかなかったなあ」
ロットが訝しむ三人に乾いた笑い声を向ける中、柊は声にならない悲鳴を上げた。
(やばい!)
クルクルと独楽よろしく廻り続けた強羅がそのままの勢いで他の客の長卓の下に滑り込んだ。
悲鳴が上がる。
「え? なになに、なにごと?」
三徳、ロサ、葵が悲鳴の先を振り返る。
強羅が他の客の足元からシュッと床の上を駆ける姿を見つけ彼女たちは小さく叫び声をあげた。
そのあいだにも三席の客たちの足元を通り抜けた強羅はとうとう壁に激突し……ようやく止まった。
壁に当たった拍子にごでん、と甲羅が上を向く。
静まりかえった店内。
亀はのっそりと頭と手足をだすと寝ぼけた眼を柔らかく瞬かせ首をん~っと伸ばし。
近くを飛んでいた桃色の蝶をパクリと食べた。
「強羅――!!」
阿鼻叫喚の悲鳴が店内から沸き起こる中、柊は椅子を蹴り倒しながら強羅の元に駆け寄り老亀の首を抑えつけた。
「おっまえ変なモン食うな! 吐け、吐き出せ! 壱琉に殺される!!」
亀の顎に両指を突き立て、ざわつきの観衆の視線を一身に集めている同僚にロットは頭を抱えた。
「おいっ! とにかく店からお連れしっ」
やわらに立ち上がったクチナワがガタンと転がる。
「蛇文?!」
「くっ……足が痺れたっ」
「もうなんなの今日のお前!?」
ロットが悲鳴のように叫ぶ中、柊に抑えつけられた強羅がごくんと蝶を飲みこんだ。
「で? これはどういうこと?」
「いやー……あははごめん」
腕を組んでギロリと睨んでくる三徳にロットは乾いた笑い声で口元をひくつかせた。
強羅を抱えた柊はいたたまれなくて顔を背ける。
衆人監視のひややかな空気のなか、店側から丁寧に丁重に慇懃に追い出された六人はいまだ宵の口が灯る街中にいた。
まだ足に痺れが残るクチナワを道に備え付けの腰掛に座らせ、葵が具合を見るなか三徳はロットに詰め寄った。
「なんでこういうことになってるのかって聞いてるんだけど?」
「これはなんていうか……仕方なかったんだよ三徳ちゃん。今回は屋根も吹っ飛ばしてないしこんなこと全然……」
「あたしあんたより年上なんだけど? 馴れ馴れしく『ちゃん』づけで呼ばないで」
「すんません」
「悪い、俺のせいだ。ロットは悪くない」
強羅を抱えたまま顔を俯かせて柊は謝った。
ぱちりと目を覚ました強羅の鼻元に自分から舞った花弁を乗せたロサが少し不機嫌そうに尋ねた。
「この亀さんはなんなんですか~? 精霊ですよね~。なんでこんなトコにいるんですか~? 私~アネが混じってるから精霊っているだけでちょっと神経使うんですけど~」
「こいつは……その、なんというか」
(この女ずっと卓の下に強羅がいても気がつかなかったくせに!)
口ごもり、心中悪態を吐く柊にロサと三徳は眉間にしわを寄せた。
くしゅんっと強羅が鼻の上に乗せられた花弁を吹く。
「私知ってる」
クチナワの膝を看ていた葵が立ち上がり柊に近寄ると強羅の瞳を覗き込んでふふっと笑った。
「姫様が契約されている精霊、ですよね?」
「え?!」
「へ~これが噂の~初めて見ました~」
「なんでそんなのがここにいるのよ!?」
三徳の金切り声に立てるようになったクチナワがむっと顔を歪めた。
葵がふふふっと誇らしげに笑う。
「それは柊さんが姫様の未来の忠臣だからですよね!」
同意を求めるように小首を傾げられ柊はいたたまれなくなった。
「え?! なにそれ?! どういうこと?!」
「虚来を姫様が追い払われたって話は知っているよね?」
「知ってるけど~」
「その時、一人兵士が一緒にいたって話があったでしょ。それが」
「柊さんなんですか~?」
黄色の花を舞わせながらロサに詰め寄られ、にっこりと笑った顔の葵に柊は観念してため息をついた。
「……そうだ」
「なにそれすご~い!」
キャーとロサが口元を抑えた。
三徳が信じられないと強羅と柊を交互に眺める。
「え? もう確定ってこと? 未来の側近? あんたが?」
「そうじゃなきゃ精霊さんをこうして従えてませんよね? ね?! 姫様の信用を得ているからですよね!? 医務官長のご信頼も厚いんですよね?! ご本人に聞きましたよ! ってことは陛下公認の未来の重役ってことですよね!」
「いや、違……」
俄然と目の色を変えた三人に詰め寄られ柊はロットの助けを求めた。
彼はただ神妙な顔でうなずくだけだった。
(ここはもうそれでいいじゃん!)
(怒られなければどうでもいいって顔してやがる!!)
「この男が将来重臣になるとか出世頭だとかそういった話は兵科では一切出ていないしこれからもそんなことはありえないぞ」
クチナワがほとんど冷めた声で言っても女たちには馬耳東風だった。
「すごいんだね、なんで先に言ってくれなかったの?」
「そうですよ~、柊さんて~飾らないかたなんですね~。素敵です~」
「そうそう! そんで俺が未来のお偉いさんの親友!」
「おい!」
肩に腕を回し囃し立てるロットに柊が吠えた。
「お前までいい加減なこと言いだすな!」
「柊は恥ずかしがり屋だもんなー」
片目をつぶったロットに柊は抱えた強羅を投げつけたくなった。
女たちの機嫌が良くなってなかったのならそうしただろう。
「おい、そろそろお開きにしたらどうだ」
空にかかる月の位置を確認したクチナワが言った。
「あまり夜遅くまで女性を連れまわすのは良くないだろう」
柊は大仰に頷いた。
「珍しくお前と同じ意見だ」
「えー!」
ロットと三徳とロサがそろって声をあげた。
「まだいいじゃないですか~、子供じゃないんだし~」
「そうそう、夜はまだ始まったばかりじゃない」
名案があるとロットが顔を輝かせる・
「蛇文だけ帰れば?」
「いや、俺も帰る」
柊は強羅を抱えなおして言った。
途端に落胆の声が上がる。
「ならしょうがないですね~」
「柊くんと蛇文がいなきゃ意味ないしね」
「ねえ、それって俺は出世しなさそうって女のカンじゃないよね?」
「べつに~私たち肩書で男の人選んでるわけじゃないですよ~」
「そうそう。立身出世が約束されているからって飛びつく女じゃないのよ」
「いっそ清々しいほどの大嘘だね!!」
「おい、帰るぞ!」
クチナワに急かされながらダラダラと歩く一行の一番後ろで柊は安堵のため息をついた。
(これでもう拾い食いの心配をしなくてすむ……)
腕の中の亀は柊のことなどおかまいなしでまたウトウトとしだした。
「ふふ。人気者になっちゃいましたね」
周りを窺いながら葵が集団から離れ柊の隣にやってきた。灰色の眼で彼女を柊は胡乱に見つめた。
「あんた、余計な……」
「余計なことでした? ロサと三徳が怒りっぱなしよりいいですよねー?」
男なら大体が可愛いと思う顔をにっこりと綻ばせた葵に柊は言葉に詰まった。
「柊さん建国祭ってどうしています?」
「仕事だ」
「でも夜勤じゃないなら今日みたいに夜は空いていますよね? 一緒に行きませんか?」
「ロットは良い奴なんだ」
柊は前を歩く背中を見つめながら言った。
「本当にいい奴だ。……だから、気がついてるかもしれないけれどあんたにその気がないならなるべく早めにフッてやってくれ」
葵は顔を硬直させて口を噤んだ。
柊は彼女に静かに笑った。
「あと俺は未来の忠臣じゃない」
そう言うと強羅を抱えなおした柊はロットの隣へ足早に歩いた。
「………じゃあ、なんなのよ」
葵の呟きは虚しく夜の街に溶けていった。
お前たちは信用がならない。
そう言い張ったクチナワに女性たちを送るという栄誉を取り上げられ、柊とロットはスゴスゴと兵宿舎へと帰った。
「あーぁ。せっかく葵ちゃんの住んでるトコ知る機会だったのに!」
「お前が送らなくて正解だったな」
帰宿を終え部屋へと帰る廊下を歩きながらロットは大きく伸びをした。
「大体下心なきゃ女の子と会ったりしないってのにあの堅物は!」
ガッカリするロットに柊は今夜の葵との会話を思い返していた。
「……お前、九山のどこを好きなったんだ?」
「え? 顔」
あっけらかんと言い切られ柊は言葉を失った。ロットは全く気がつかず憂鬱なため息とともに部屋の扉を開けた。
「あ、おかえりなさい」
兵士にとって唯一の私的な空間である寝台の上に寝ころんだ灯寄が顔をあげて出迎えた。
「あれ? ロットさん今夜は帰らないって言ってませんでしたっけ?」
柊が使う寝台の上段、二段式寝台の上から上半身を乗り出した彼が喜々として尋ねるとロットは顔を歪めた。
「聞くな。なんにも聞くな」
ふて腐れ自分の寝台へと五体投地するロットにため息をついていた柊はふと自分の寝台に皺が寄っているのに気がついた。
出るときにはしっかりと布を敷きなおしたのに……。
「そういえば、姫様がいらっしゃってましたよ」
灯寄が思い出したかのように言った。
「いつ?!」
「つい先ほど。どこに行ったのかとお尋ねになられたので『ロットさんと二人で女の子口説きに行きました』と伝えておきました」
「おまっ、なんってこと……!!」
「僕を置いていくからこういうことになるんです」
乾いた笑い声には多分にあてこすりが含まれていた。
「浮気しようとするからだぞー」
枕に顔をうずめてくぐもった声でロットが言った。
「お前が無理やり連れていったんだろう!! いや、それより壱琉はっ……?! なんて言ってた?」
「さあ? ご本人にお聞きになったらいいじゃないですか」
「口きいてくれたらの話だな」
せせら笑うロットに柊は無言で強羅を投げつけた。
 




