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奴隷少年のキース

嫌な夢を見た・・・。

夢の内容をはっきりとは覚えてない。それは酷く曖昧な追憶だった。そのぐちゃぐちゃに混ぜたゴミ箱の底を漁るような粘っこい嫌悪感と恐怖でキティは目を覚ましたのだ。

 元々寝覚めが悪いことの多い彼女だったが、その日の朝は特に不調だった。

喉がカラカラに乾燥している。そのことに一層機嫌を悪くして、重たい頭を抱えながらフラフラと歩いて小台の上の水差しを掴むと、水差しから直接水を飲む。少しだけ喉の痛みと頭痛が緩和して、幾分落ち着いた。

キティは、酷い二日酔いに襲われていた。

それもそうだろう。たいして酒に強くもないのに、調子に乗って昨夜はワインを随分と飲んだのだから。


キティは、もう一度水差しの水を、空になるまで飲み、昨夜捕らえた少年の処遇を考える。フェイルドマンに言われるまでもなく、キティにも奴隷紋がどれほど貴重な物か理解していた。


殺すのよりはいい、後味が悪くなくてはずだ。それにあの少年が、俺の、盗賊の言うことを聞くようになるとは思えない。

言うことを聞かない奴を放し飼いにするよりは、枷を付けて近くに置いておく方が断然いいに決まっている。けど、それにしたって貴重な紋を一つ使い潰す必要があったのか?

(クソ!・・・こんな体調じゃ考えもまとまらないな)

キティは、考えることを放棄して、寝室を出る。

彼女の自室は二部屋あり、室内のドアでつながっていて、寝室と執務室(キティが便宜上そう呼称している)に分かれている。寝室には簡素なベッドと机と本棚とクローゼットが、執務室には商人が所有していそうな執務机と呼べるような立派な机と戸棚がある。部屋良く整頓されていて、執務室と呼ばれている割には、書類がほとんどない。

基本的に彼女は、不要なものを手元にはおかない人間なのだ。



キティは執務室の机に置いてあるグラスに、僅かばかり残ったワインを一気に喉に流し込み、執務室を出た。

 (顔を洗ったら、あいつの様子を見に行くか)

昨日の夜、少年を奴隷にした後、キティは少年を連れてきた男を再び呼び、彼を洋館の、盗賊団の根城の一室内に押し込ませたのだ。

 キティが、倉庫兼牢屋として使っている地下室へと続く階段を下りていると、下から時折声が聞こえてきた。どうやら少年はすでに目が覚めているようだ。階段を下まで降りて、おおざっぱに扉を開けた。

 「おい、お前!この縄をほどけ!」

 キティの姿を捉えるなり、少年は大きな声で叫んだ。

二日酔いの上から、いきなり甲高い大声を聞かされて、頭痛と共に額に青筋が走る。

(こいつ・・・)

 キティは、思いっきり顔を顰めてから、地下室の柱に縛り付けられた状態で暴れる少年の鳩尾の辺りを盛大に殴った。

 「“お前”、じゃない。俺にはキティという名前がある。それとお前の縄をほどいてやるから、二度と大声を出すな!」

 キティが悶絶して倒れ込んでしまっている少年の縄をほどくと、彼は無言で痛みに耐えながら強い抗議の目を向ける。

 しばらくして、痛みから立ち直った少年は、ようやく、この女には真正面から逆らってはいけないのだと理解する。

 

「お前は今から俺の奴隷だ。そのことをよく理解しろ。すでに奴隷紋が刻んであるからな」

 とキティが言う。この説明は昨日の、奴隷紋を刻んだ段階でするべきだったのだが、少年が気絶していたので翌朝に持ち越したものだ。

「奴隷紋の説明は必要か?」

とキティが問う。

(やっぱり、あれは奴隷紋の魔力だったのか。最悪だ・・・)

 少し前に目が覚めた少年は、二の腕に刻まれた紋をすでに目にしていた。無意識に右腕の二の腕の辺りを抑える。

少年は、奴隷については、何度か誰かが話しているのを聞いたことがあったが、どれもまともだと思えるものはなかった。

中でも酷かったのは、魔物から逃げるための餌や戦闘の矢面に立たせて盾にするという話だった。聞いた話ではそれを行っていた貴族は、最後には奴隷ごと魔物に殺されたのだという。例えその最期が作り話だとしても、そういう落ちがなければ、その話を聞いてしまった日は飯がまずくて仕方がなかったことだろう。

少年には奴隷紋の知識はあったが、その無言で腕を抑える様子を見て、キティは少年には奴隷紋の知識がないのだと考えて、説明を始める。


 奴隷紋とは、強制的に対象を隷属させる魔法具の一つで、非情に高価なものだが、その効果は強力で、対象に対してほとんどどんな命令でも強制させることができる。ただし、そのような命令の際には特殊な魔法を持って行うことが不可欠だ。

 そして、奴隷紋にはもう一つ大きな特徴があった。

 それは、奴隷紋を相手の身体に刻む条件で、奴隷紋が隷属魔法の一つである以上、対象と行使者の間で一種魔法的な力関係が一定以上になくてはならない、というものだ。

 通常隷属魔法とは、他者を無理やりに自らに従わせる魔法で、それは呪いにも近い物だ。それらの魔法を成立させる条件は、魔法の使用対象の魔法に対する抵抗を上回る効力で魔法を発揮させる必要がある。

 多くの場合は、相手を弱らせてから、身内で最も隷属魔法に優れた魔術師が隷属魔法を使い、相手を支配下に置く。


「俺はこれからどうなるんだ?」

少年が尋ねると、キティはっとして首をかしげ、少し考えてから言った。

「そうだなぁ・・・まずは・・・どうしようかな」

何も考えていなかったのが見え見えだった。

「取りあえず、名前を決めるか」

しばらくして、キティが言った言葉に少年はその意味が分からず混乱した。

「は?」

とのんきな声を出すが、次の彼女の言葉でその意味を理解する。

「お前の名前だよ。奴隷と言っても名前は必要だろ」

「おい、待てよ。俺にはちゃんと名前がある。そんなの必要ないだろ」

と少年は声を荒げる。

「何言ってんだ?奴隷になったら元の名前は捨てて、新しい名前を名乗るものだ」

当たり前だろ?そう言いたげな眼だった。

「そうなのか・・・いや!そうだとしても、俺には必要ない」

少年には、そんな仕打ちは受け入れ難く、再度抗議する。

しかし、キティはそれを

「駄目」

と一蹴して、何やら俯いて考え始める。

目の前の女が何を考えているかなんて、少年には明白だった。

しばらくして、キティは顔を上げると微笑みを浮かべて言った。

「よし、今日からお前の名前は、キース、だ。よろしくな」

「待て」

「待たない。それとお前は、奴隷キースは今より本当の名前を口にすることを禁ずる。これは奴隷紋を解した魔法的な制約だ。当然破ることはできない」

「おい、待てって」

「俺はこれから食事だから、後は適当に雑用でもしといてくれ。昨日は色々動いて腹が減ってるんだよ」

それだけ言って、少年が二の句を継ぐよりも先に、キティは部屋を出た。

この世界において奴隷紋を使っての隷属魔法というのは最上級の意思拘束力(意思を拘束する力)を持つ。その効果の強さは、自力では絶対に命令に逆らうことができないほどだ。

少年は1人残された部屋の中で、自分の名前を言おうと試みる。

「僕の名前は・・・。うそ、だろう・・・」

名前の部分だけ、声として出すことができなくなっていた。

少年は、うす暗い地下室の中で、この魔法の恐ろしさを強く認識する。

俯きがちに下を見ると、視界の端に動くものがあった。

よく目を凝らしてみると、小さなネズミだった。倉庫に落ちている食料を食べて生活しているのだろうか。

まるで自分のこれからを暗示しているような気がして、少年はネズミを視界から外す。

少年はキースという名前の奴隷として生きていく。


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