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戦い

5話を書いたおかげで設定が大分固まりました。そのせいで最初の方の話で色々齟齬が生じてしまい。仕方なしに今回の話を書いたのですが、色々唐突すぎて話の流れを完全にぶった切ってます。修正不可能でしたすいません。

今回の話は1話の後の話のつもりです

「簒奪の魔女を知っているか?」

 とキティは貴族の男を見据えて問う。

 簒奪の魔女とは、一握りの魔法使いの間でささやかれている都市伝説のような魔女で、曰く気に入らない相手の全ての物を奪っていくという。キティは長年その魔女のことを追っている。彼女は経験則から、“裏のある”身分の高い者の周りにはそう言った情報が集まりやすいのでは、と考えていた。

 周囲には彼女に斬りかかった冒険者たちが力なく倒れ、少し離れた山の近くに少年が気絶している。目の前の男は後ずさりしながら馬車の中から杖を取り出して、その先端をキティへと向けている。


 先ほどのキティの問いに対して、貴族の男は表情を変えることなく聞き返した。

「なぜその名を知っている・・・」

「その反応。知っているんだな?あの魔女を」

 キティは男の驚いている様子が見て、こいつは多分知ってるなと勝手に決めつける。

「おまえは何者だ。ただの盗賊じゃないな?」

 男は、すぐに無表情を造り、考えを読まれないようにする。彼は、彼が王都でいつもやっていることをするだけだ。


 男は、目の前の不気味な存在に大きな違和感を覚えていた。男にしては小柄で、少年とも女性ともつかない目の前の自分からは、その人相を見ることができなかったのだ。顔の辺りが妙に暗い。

 いくら夜の暗闇とは言え、周囲の道端には幾つかの松明が落ちている。にもかかわらず、不自然なほど彼女顔はいつも闇の中に隠れていた。

「そのフードか・・・認識阻害魔法式が組み込まれているのか?」

 男は無表情なポーカーフェイスを維持して、静かに言葉を発する。

 男の読みは見事に的を射ていた。

(俺のマントのことを知ってるとなると、この貴族、やっぱ魔術師か。そうなるとあの杖もただのこけおどしではなさそうだ。厄介な)

 キティはフードの中で小さく舌打ちをしてから、油断なく剣を構えた。


 先に仕掛けたのは貴族の男だった。

 男は、この奇襲に近い初撃のために、今まで彼にとって無駄ともいえるような会話を繰り広げていたのだ。そして優位にいたキティはまんまと彼の弱者としての虚を突いた戦略にはまっていた。

「ヴィーシス」

 男が呪文を唱えると、突如、何もない空中から植物の種のようなものが現れ、キティに向けて弾丸のごとく飛んできた。

 植物の種の大きさはドングリほどで、尖った楕円体のような形をしている。それがかなりの速度を伴い人体に接触すればタダでは済まない。

 キティは、勢いよく横に跳んで何とか回避して、そのまま街道から外れた横の草原に受け身も取らずに完璧な着地をみせる。草がいい具合に勢いを殺してくれたのだ。

 先ほどまでキティがいた場所の地面が軽く抉れている。ぞっとする光景だ。

(奴の手の内がわからないうちから先手を渡したのは間違いだったか)

 そんなことを考えて歯がみしている間にも、男は二射目を唱えていた。

 再び、植物の弾丸がキティに向かってばら撒かれる。魔法の始まりこそ一射目と同様だったが、今度の弾道は初弾と違い広く拡散して放たれていた。辺り一帯に植物の弾丸が降り注ぐ。

 初撃と同じように回避できると思い込んでいたキティは泡を食って全力で後ろに跳んだ。反作用で足元の土が抉れて吹き飛ぶほどの跳躍だ。そのすぐ後に大量の弾丸がぶちぶちと草や根を千切る音を立てて地面にめり込んでいった。

 キティはそのすべてを回避することはできず、一発の弾丸が彼女の身体を貫いていた。

 左のふくらはぎに走る激痛にキティは表情を歪める。

 足から大量の血が流れ出ていて、傷口にはしっかりとドングリ大の黒い種が突き刺さっていた。キティはそれ雑に引っこ抜くと忌々しそうに遠目から男を睨む。もっとも、その表情も威圧も彼女の羽織っているマントのおかげで、男にはわからないが。

(くっそぅ、左足がクソ痛い。奴の実力を二度も見誤った己の浅慮がまったく嫌になる)

 ただ、結果的には標的とは大きく距離を離すことに成功したキティは大きく深呼吸をして、目を瞑り意識を切り替える。彼女にとってのルーティーンの一種だった。

 そして、腰に吊るしていた、男の持っているものと比べるとかなり小ぶりな杖を手に持つ。

 強力な魔法を使うとキティの纏っているマントの魔法がかき消されて姿見えてしまう。

(姿を晒す以上は絶対に逃がせないな)

 キティは必殺の意思を固めた。



 一方で、貴族の男はさらに警戒を強めていた。元々この男は、戦闘経験などほとんどないに等しく、数度の戦闘経験も優秀な男たちとパーティを組んで後方から魔法を撃つだけの役割をこなしていたに過ぎなかった。

 彼は焦っていた。

 元々初撃で決めるつもりだった魔法を二度に渡り回避されてしまった。これ以上どう詰めればいいのか想像することができない。おまけに、彼女の常識を超えた脚力ならば下手を打てば一瞬で彼我の距離を詰められてしまう。

 接近されたら間違いなく自分は殺される。

 そんな恐怖が思考の半分以上を占めていた。

 もし、冷静に頭を働かせることができれば、男にとって今の状況は都合がよかったのだ。今の状態の距離を保って戦えば、彼の使うことができる魔法をうまく組み合わせることで、少なくとも、今の状態のキティを倒すことは十分に可能だったのだ。

 それができる程度には、彼は知能が高く、そして魔術師として間違いなく一流の力量を持っていた。


 一旦覚悟を決めると行動するのは早かった。キティは杖を手に魔法の呪文を唱える。

「キュア」

足の傷が見る見る治っていく。

 これは自己治癒力を高める自己強化魔法で、一応支援魔法としても使うことができるものだ。

 一言で言うと、ヘルスレジェネを高める魔法。

「スウィフト」

 キティの身体を白い光が覆う。

 これは、足を速くする魔法で、キュアと同様支援魔法として他人に使うこともできる。



 男は離れた位置にいたため、キティの唱えた呪文までは聞こえなかった。けれど、その白い光が支援魔法の一種であることはすぐに看破した。しかし、スウィフトの速力上昇の魔法を見破った一方でヒールまでは見破ることはできなかった。そもそも回復の魔法は使い手が少ない傾向にあり、実際キティが使用した魔法も厳密には回復魔法ではなかったのだ。

 とにかく、キティの足の負傷が治る前になんとしてもその場を脱したかった男は、すぐさま馬に跨り逃げることを選択した。

 この男は、戦いとは殺すか殺されるかという野蛮な行為であり、そんなものは危なくなったら逃げればいいと、常々考えていた。基本的に、自分の命を賭けた戦い、はどんな場合でも避けることを心情としていた。結局、彼にとって戦いとは、相手を一方的に殺す、あるいは倒すか、さもなければ逃げるかの3択しかなかった。

 従って、それが一番安全かつ確実にこの窮地を脱せられる、という保証がない限り、この場で何としてもキティを殺すという選択を、彼が取ることはなかった。

 相手が何かをしてくる前に逃げ切ること、それだけをこの男は考えていたのだ。

 そして、その考えの元、次に使う呪文を選択する。

「グロープ」

 と男は魔法を唱えた。

 次の瞬間、草原に散らばっていた種が急に発光する。さらに、種たちは発芽し、急激な速度で成長を始めた。

 それはツタのような植物で、地面を這うようにしてキティの元へと伸びていく。ツタは硬い表皮で覆われたれっきとした樹木の一種で、表皮にはご丁寧に硬く鋭い棘まで生えていた。

 男の魔法から生まれたツタは、キティやその周りを所かまわずに覆い尽くし、一つの塊のようになっていき、塊はどんどんと大きくなる。成長は留まるところをしないと見える。

 彼が費やせるすべての魔力を費やして発動させた魔法は、キティの視界と身動きを完全に奪い尽くすことに成功していた。

 それを遠目から確認した貴族の男は、馬を走らせようと馬の元へと駆け寄る。

 元から逃げる腹積もりですべての魔力を先の魔法に費やしたのだ。男にはすでに戦える力など残っていない。

 もしキティが彼の魔法を突破したなら、もろ手を挙げて命乞いをするほかにないような状況だ。

 だからこそ、次の瞬間に男を襲った絶望感は相当なものだっただろう。


 男は、一瞬、空間を震わすような魔力の胎動を感じた。そして、そのすぐ後に爆音が辺りの盆地に轟いた。

 男の視線の先で、堅牢なツタの牢獄と化した丸い塊が巨大な爆炎を伴って勢いよく爆ぜたのだ。ツタの破片が燃えながら、辺りに散らばった。

 そして、吹き飛ばされた牢獄の跡地から、白い髪と朱色の瞳の少女が姿を現した。登場の一瞬だけ彼女の体を炎が覆っていたのだが、それはいつの間にか消えていて、辺りに散らばったツタに纏わり付いていた炎もどこかへと消えてしまっていた。

 少し前まで謎の襲撃者が着ていた物とまったく同じマントを羽織っているので、爆炎の中から現れた少女が襲撃者であることは男の目にも一目瞭然だった。

(やはり女であったか)

 あまりの絶望感で真っ白になった頭でそんな益体のないことを思う。


「ここまでやっておいて、お前逃げようとしてたのかよ」

 貴族は、責めているというよりは呆れているような女の声が、随分と近くから聞こえたような気がした。

 気がつけば、ついさきほどまで、20メートルは離れたところにいた少女が目の前まで移動していたのだ。

「お前、いつの間にそこに・・・」

 よく見ると、キティの足が白い光で覆われている。

(俊足の魔法か)

「ここまで距離を詰めれば、お前が魔法を使う気配を見せた瞬間に首を撥ねることくらい簡単にできるぞ」

 その言葉には確実にそうして見せるという絶対の自信があった。

(確かに、この女はこの距離でならたやすく私の首を斬り落とせるのだろう)

 男はすぐに、抵抗するだけ無駄だと理解できた。


「どうすれば私を見逃してくれる?」

 男がその場での生存権を諦めてから初めに言ったのはそんな言葉だった。

 キティは男の一挙手一投足に予断なく注意払いながら、少し迷ってから返答した。

「お前の持っている情報の精度に応じて決める」

 それは、盗賊として本来の姿を見せた以上はここで目撃者を始末しておきたかった彼女としては、最大限の譲歩のつもりだった。

「情報とは先の魔女の話か。だが、私の立場にあっても知っている情報は少ない」

 キティは予想していた通りの答えに、少しだけ落胆する。

 結局、男が持っていた情報は、噂程度の確証薄いもので、内容も薄かった。

 キティが、彼が吐き出す情報で、生かすに足るものだと思えるものがあるとすれば、それは魔女の所在か正体の二つで、例外はあっても一つくらいのものだった。

 つまり、男の情報では彼女の設定した高すぎる基準を満たせなかったのだ。

 それでも、キティにとっては新たに手に入れた貴重な手がかりである情報に免じて、慈悲を与えることにした。


 貴族の男の観点で言えば、それは何の慈悲にもならないことだが、彼女にとってはそれだけ唯一男のために譲れることだった。

 キティは無言で無感情に男を眺めてから、男の反応速度を遥かに超える速度で剣を振り抜いた。キティは、痛みを与えることなく男の首を撥ね、そして地面に胴と首が転がる。

秋の風が音を立てて辺りの木々や草原を揺らすのを感じて、キティは戦いに決着がついたのだと改めて確認した。


少し離れたところにいる少年と馬車の荷物を回収して仲間と合流しに行く。

馬車には小さな樽以外にこれと言ったものはなく、キティは少し渋い顔をしたが、持ち上げてみると中身が液体だと気が付いた。

 中身がワインなら最高の収穫だ。ワインは彼女の大好物なのだ。


ただのやられ役の貴族が地味に役に立ちました。

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