満月の陰で
やってみたかった黒幕回です。
急に思い付きで設定広げすぎてそのうち大量のエラーを吐き出しそうでかなり怖いですが、やってみたかったのだから仕方ない。
それと、最初の方でやらかした、ストーリー上の矛盾を魔法の力を使って何とか解消できました。魔法って便利。
「あー、やっと逝ったか」
個室、にしてはやけに広い部屋の中央で、男が積年の疲れを吐き出すようにため息をついた。煌びやかに彩られた部屋の内装も、部屋の中央に一つだけある燭台の灯だけでは、本来の華やかさを見ることはできない。
小さく揺れる灯には、苦労を知らなそうな肌艶の良い青年の顔が照らし出される。この青年は、先刻キティが手ずから葬り去ったこの国の領主の親族であり、ハイン公国の領主代理であるベルクリッド・ハインであった。
ベルクリッドは、派手な装飾がほどこされている豪奢なチーク材の椅子に深く腰を下ろし、手元の小さな、しかし椅子と同様に細かく装飾がほどこされた豪奢な大理石の台座から、薄っすらと翡翠色に輝く小型のベルを取り、それを鳴らした。
少しして、彼が傍らに呼び寄せた下女が
「なんでございましょうか」
と静かな自己主張の少ない声で主人に要件を尋ねる。
主人であるベルクリッドは手元にある書簡に目を通しながら答えた。
「あいつから貰いうけた最上級のワインがまだ残っていただろ。それを持ってこい」
それだけで、何を指しているのか理解した下女は
「かしこまりました」
と答え、来た扉から部屋を出る。
ベルクリッドは、再び書簡に目を落とし、その内容に思わず笑みをこぼした。
そこには、ハイン公国内とその近隣の諸侯がベルクリッドをハイン公爵家の次当主となることを支持する旨が、それぞれの家名ごとに書かれていた。
(残る家は一つだな。後顧の憂いは早いうちに絶っておこう)
ベクリッドが警戒している貴族家というのが、彼の腹違いの兄の実の母親であるエルザ嬢の実家でもある、エリストン侯爵家だ。他の諸侯が、実力手腕ともに才覚を見せる弟のベルクリッドを推すことがあっても、エリストン家が血縁関係にない彼を推すことはないのだ。さらに、ここ数年は当主代理を弟に任せ、兄は二人の子供を実家に預け、王都で暮らしていたため、ベルクリッドとエリストン家の間にはほとんど交友がなかった。
ここトリア王国では、三つの貴族家と国王が国のほぼ全権を握っている。その三家のうちの一角がハイン家であり、その当主であったベルクリッドの兄は、王都での権力闘争に身を置いていたのだ。故人にしてみれば、今回の弟の呼び出し応じて戻ってくるのは数年ぶりのことだった。
キティは、浅慮にも、思わぬ大物を殺害したことになる。もっとも、ことハイン家当主の死に関しては、いまだ王都にもハイン公国内にも伝わっておらず、しかもその真相と、その後の各界への影響を考えれば単純な話では終わらない。
ベルクリッドは、これから起こるだろう様々な問題とそれによって生じる繁雑な領主としての職に頭を巡らせる。
(間違いなく騎士派の連中は動き出すだろう。そこをどう利用するか・・・)
それからしばらくして、下女が運んできたワインを、大理石の台座をテーブル代わりにして、そこに置き、グラスにワインを注いでから、燭台の灯を消した。
薄暗い大きな部屋には窓の隙間からわずかに漏れる満月の光だけが差し込む。そして、そこに一人残された青年は、右手の人差し指に嵌めている、赤銅色の宝石がはめられた指輪に魔力を通し、右手を掲げる。そして、指輪から発動した魔法によって、一人の男が部屋に即座に呼び出される。
「さて、盛大に祝おうじゃないか。あの無知な愚兄の死を」
ベルクリッドはそう言うとグラスを掲げてからワインを口に含む。彼は計画成就の余韻に浸っていた。
部屋の隅の陰の中から呼び出された男が口を開く。
「これで、あなた様は名実ともにこの地を治めるに相応しい地位へとお着きになられた。今宵は満月、われらが魔女もあなた様を祝福しておられることでしょう」
陰の中いた男は、窓から漏れる満月の光に照らしだされる。
慇懃という言葉が似合う、胡散臭い黒装束の恰好をして、顔をマスクで隠していた。
(気味の悪い奴だ)
心の中では黒装束を薄気味悪く思いながらも表情には出さずに、ベルグリッドは言う。
「ああ、これからもよろしく頼む。盟友にもよろしく伝えておいてくれ」
それを聞いた黒装束の男は、無言で頷いてから霧のように消えて行った。
今回の事件の顛末は、至極単純なものだった。その一部始終を計画した人物以外からすれば、ほとんど計画とも言えないような杜撰なものだと評するだろう。
実際、ベルクリッドがやったことと言えば、兄の王都への帰還の際に、冒険者に依頼するように勧めたことと、その際に魔法で巧妙な細工を施したことだけだった。
その魔法とは、端的に言えば、依頼書に書かれた冒険者への指定ランクの改ざんという物だった。実際にはA~Cランクの冒険者限定と明記されていたところを、「A~C」の文字を「C~D」へと改ざんしたというものが、それだ。
これは魔法的に言えば、幻惑の魔法に分類され、効果だけを見れば下級に分類されそうなものなのだが、その影響下は強力なもので、魔法使いとして高い力量を持つキティのようなごく一部の人間を除き、ほとんどの冒険者や冒険者ギルドの職員が騙されていた。
さらに、彼の魔法には、雇用主である兄には効かないように絶妙な調整がほどこされていた。分類上は下級であっても、その中身は非常に高度な魔法だった。
ベルクリッドは、元々は大変優秀な宮廷魔術師でもあり、幻惑のような他者を惑わす系統の魔法が特に優れているのだ。
固有名詞を考えるのが辛いことと、設定を練るのがかなり難しくて苦労しました。
悪役の設定は取りあえず小物っぽい悪党と大物っぽいのを出しておけばいいかな、という感じで簡単にまとまったのですが、そのあとに憐れな被害者と、その後に遺された遺族と関係者のことを考えて、さらに物語の舞台を考えるのが本当に難しかったです。
固有名詞とか考えるのほんとに苦手。