最初で最後のホームラン
第1回なろう文芸部@競作祭 『キーワード:夏』投稿作品
放課後、中学生はそれぞれ所属する部活動で汗を流している。どの部活動も三年生が最後となる夏の大会に向けて、顧問の先生の指導にも熱が入る。
俺は野球部に所属し、ランニングやキャッチボール、シートノックなど、ハードなトレーニングに揉まれていた。監督や先輩からの喝は日常茶飯事だった。
「オラ、ちゃんと投げんか!お前もしっかり受け取らんかい!」
「もっと腹から声出せや!」
ほとんどの野球部員は必死になって取り組んでいる。だが、俺は入部してから真剣に取り組んだことはほとんどない。いや、真剣に取り組むフリをしていたのだ。しかし、監督にすぐに見透かされて激怒されることがある。
「お前ら、そんな態度でおるんやったら帰れ!」
もう、何度言われたことやら…。
俺はまるで軍隊のような野球部に嫌気が差し、一年目は部活をろくに参加せずに帰ることが多かった。もちろん、家にいるお袋がその様子に黙っている訳がなかった。
「剛道、なんで部活サボってるのよ?」
俺はそれに対し、こう答えている。
「やる気出ないんだよ。野球部なんて好きで入った訳じゃねえし…サッカー部が良かったなぁ。今頃、ボールを蹴ってるはずだったんだけど、なんでボールを打つ方になっちまったんだろう」
そもそも、俺はサッカー部を第一希望に、テニス部を第二希望にしていたのだが、どちらも定員オーバーで入れず、まさかの第三希望の野球部に入ることになってしまったのだ。野球部が人気ないって、おかしくないだろうか。
「帰れって言われて本当に帰るなんて、あんたもバカだねぇ。たとえ第三希望でもあんたの希望に沿ってくれたんだから、真面目に取り組みなさい!それでもやめるって言うなら、ユニフォームやグローブ、スパイクに使った生活費、返してもらうからね!」
「おお、怖い怖い…」
俺はお袋に脅される形で反省し、心を入れ替えて再び部活動に取り組むことにした。何とかして遅れを取り戻そうとするが、注目されて試合に出られるのは、決まって最初から真剣に取り組んだ奴らばかりだ。途中で逃げた俺なんか見向きもされず、レギュラーになれる訳もなかった。それに、早くも頭角を現した後輩から冷たい目で見られながら、ベンチで試合が終わるのを見ていることしかできなかった。
(俺には野球なんか向いてないんだよ…)
結局、俺は再び真剣に取り組むフリをするようになっていった。
「安村、ちょっとこっち来い!」
二年生になって夏の大会が終わり、三年生が引退した後、俺は監督に呼ばれた。
「は、はい…」
もしかしたら、真剣に取り組むフリをしていたことが、またばれたのだろうか。そうなれば、俺は野球部を強制退部させられるのは確実だ。しかし、監督からは思いもよらぬことを言われた。
「お前、用具係になれ!」
「えっ…?」
俺は何故、用具係に指名されたのかが分からなかった。
「それは…なんでですか?」
「まぁ、細かいことは気にすんな。じゃぁ、頼んだよ!」
「あ。か、監督ぅ!」
監督は俺を用具係に指名した理由を言ったり、俺からその返事を聞いたりすることもなく、一方的に用具係を押し付け…基、俺を用具係に指名してきた。それからはトレーニングが始まる前に部室からバットやボール、ヘルメット、ベースなどを用意し、トレーニングが終わった後にそれらを回収し、きれいに拭いて部室に戻す。これの繰り返しで、同級生にからかわれる日々が続いた。
「お前にはそれがお似合いだな」
「うるせぇ!黙れ。偉そうにしやがって。普通は感謝するべきだろ?」
「でも、先輩、野球部にいる意味あるんすか?」
「この野郎!」
同級生にからかわれるのならまだ分かる。しかし、後輩に嫌味を言われると、カッとなってしまい、ボールをぶつけたこともあった。しかし、この用具係は監督から直接指名されたことなので、簡単に投げ出すことはできなかった。役割を与えられているのだから、何もやるなと言われるよりかはましだと思う。
(何で三年生の俺が用具係をしないといけないんだ!そんなの後輩がやることだろ!)
俺はまるで雑用みたいなことをやらされているような気がして悔しかった。用具係をやるぐらいなら、部活に真面目に取り組んだ方がいい。そう思った俺は用具係を続けながら、引退までの残りの期間を真剣に取り組んだ。しかし、一年生の時から真剣に取り組んだ同級生と比べて、既に体力や精神面で圧倒的に差が付いていたことを実感した。
(はぁ、はぁ…こんなにキツかったんだ。こうなるなら、最初から真剣にやってりゃ良かった…)
当然、その間に行われた他校との試合に出させてもらえる訳もなかった。
そして、三年生にとって最後となる夏の大会が始まろうとしていた。数日前、出場選手には背番号が配られた。俺はそんなものもらえないと思ったが…。
「安村」
「は、はい…」
俺にも背番号が渡った。レギュラーの番号ではない二桁だったが、三年生は全員登録されるそうだ。家に帰ると、家族からは驚きの声が挙がった。
「すごいじゃないの。あれから心を入れ替えて、真面目に取り組んだからよ。良かったわね。じゃ、縫っておくからね」
しかし、俺は試合に出られないことは分かっていた。何故なら、監督は俺を見限って“用具係”にさせたのだから、絶対無理に決まっている。
迎えた夏の大会。市内の中学校の野球部が県大会出場を目指し、激しく火花を散らす。俺の野球部も球場に着いてウォーミングアップに励んだ。俺は用具係として監督の車に積んだ用具を降ろし、選手が使えるよう準備した。
試合が始まると、俺はいつものようにベンチで試合の様子を見ていた。やることは使い終わった後のバットを回収して、また使えるように土を叩いて落とした後で戻すぐらいだ。俺の頭の中ではこんなことを考えていた。
(いっそのこと、ボロ負けで終わってくれ…)
しかし、俺の願いもむなしく、我が野球部は打線を爆発させ、あれよあれよと勝ち進み、八月に開催される県大会の出場権を獲得した。これは中学校創立以来、初の快挙らしい。これにより、他の部活動の三年生が七月末までに相次いで引退する中、野球部は八月に入っても続くことになった。当然ながら俺の用具係が延長したのは言うまでもない。
(いろいろ行きたいところがあったんだけどなぁ…)
県大会が開催される球場には、各市町村の大会を勝ち抜いた中学校の野球部が集合した。見るからに強そうな奴らばかりなのが分かる。開会式を終えた後、対戦までの間は観客席から他校の対戦を見て、俺の中学校の対戦が近付いたところで広場を使ってウォーミングアップを始めた。もちろん、俺は用具係として試合に向けてバットやボール、ヘルメット、キャッチャーの防具などの必要な物を準備した。それから三塁側ベンチへ入り、選手が円陣を組んで監督が選手へ檄を飛ばした。
「ええか。お前らの頑張りで県大会初出場を勝ち取ったんや。こんな誇らしいこと二度とあらへんで。この勢いで優勝旗を分捕ったるって気持ちでいけ。分かったな!?」
「はい!絶対勝つぞぉ!」
「ウオォー!」
今から対戦する中学校は、既に県大会出場を何度も決めている常連校だ。しかも優勝も経験していることから、初参戦の俺の中学校は、いきなり優勝候補という大きな壁にぶち当たった格好になった。まるでネズミがネコより上のイヌとケンカするみたいだ。
バッターボックス前で対戦する中学校との挨拶が終わり、守備陣がポジションに散ると、プレイボールが掛かってサイレンが鳴り響いた。俺はいつものようにベンチで試合の様子を見ながら、攻撃で使用したバットを回収して、土を叩いて落とした後、元の場所に戻す役割を進めていく。もちろん、グラウンドに出る選手への声掛けも忘れない。
試合は市大会の時と違い、俺の中学校は相手校のピッチャーの巧みなボール裁きによって見逃しと空振りの三振が目立った。バットに当たっても連携が整っている守備に阻まれ、ランナーを塁に送ってもホームベースに生還することはできなかった。さすがは県大会出場常連校、守備の格が違う。
一方俺の中学校の守備に関しても、三塁から一塁へ投げられたボールを逸らしたり、ボールを捕っても投げる方向を間違えたりするなどの連携ミスが目立ち、それに漬け込んだ早い段階で六点差を付けられてしまった。やはり、過去に県大会の優勝を決めている常連校と対戦することに、選手たちがプレッシャーを感じているのだろう。監督の喝も点差が開く度に激しさを増す。
「お前ら、相手にビビっとるところを見せてどうするんじゃ。市の大会で頑張っとったお前らはどこへ行ったんや!しっかりせぇ!本当によぉ」
俺の中学校の選手たちも、この状況が良くないと理解していることは間違いない。しかし、それでも得点をあげられずにいた。監督は様々な策の投入を試みるも、相手校の強さに阻まれ、空回りに終わってしまう。監督は相当頭を悩ませているようだ。
「うーむ、あかんか…なんでうまくいかんのじゃ」
監督は何を思ったか、ベンチにいる選手を見回した。
(あっ…)
俺は一瞬、監督と目が合った。何を思ったかは分からないが、俺が力になれることはない。いや、戦力にさせないようにしたのだから、代打としても使うはずはない。俺はひたすら、バッターが使い終わったバットをまた使えるように戻すことに専念した。
試合は0対6のまま最終回の攻撃を迎えた。点差も縮まるどころか一点も入らない。完全に負け試合なのは確定だ。最初のバッターが見逃しの三振、次のバッターもボテボテのゴロであっという間に2アウトとなった。
(これで3アウトになれば、俺の出番も終わりだと思うと、なんだか寂しいなぁ…)
「安村!」
「は、はい!」
監督が俺に声を掛けた。ひょっとして、試合に出ることがないと高を括っていたのが、ばれたのだろうか。
「お前が使えそうなバットを選んでおけ」
「えっ?な、何を言ってるんですか?」
すると、監督は俺を睨んだ。
「聞こえんかったか?お前が使えそうなバットを選べと言っとるんや」
「は、はい…」
俺はバッター用に並べたバットの中から使えそうなものを一本選んだ。
「こ、これにします…」
「よし、サークルの中で素振りしとれ」
俺はベンチの外へ出て、ライン引きで作った円の中で素振りを行った。実際にピッチャーが投げる球に合わせて、バットを当てるかのように振っていった。久しぶりの素振りに、感覚を戻すのが大変だった。
(それにしてもさぁ、もう2アウトだからここでアウトになったら、俺、出られないんだけどなぁ…)
俺が心の中で文句を言っていたその時だった。
「あぁっ!」
相手校のピッチャーの投球がバッターの腰に当たってしまった。審判からデッドボールを告げられたが、バッターは塁に進めずうずくまっていた。代走が告げられ、腰にボールが当たったバッターは、ベンチへ引き下がった。
(お、俺、どうなるんだ?)
監督は何の迷いもなく、審判にこう告げた。
「代打、安村!」
(ええっ!?)
何てことだ。監督は用具係にして戦力から外していた俺を、本当に代打に起用したのだ。
(そんなの…あり得ねえだろ…)
「九番。高橋君に代わりまして、バッター、安村君」
しかもアナウンスまでコールされ、スコアボードの九番打者の部分が“高 橋”から“安 村”へと変わっていった。こうなればもう引き下がれない。俺は足の震えを抑えながら、二年ぶりに本格的なバッターボックスの右側に立った。
「安村ぁ。チャンスをものにしろよぉ!」
三塁側のベンチから俺に励ましの声が掛かるが、気分はまるでジャイアンに睨まれるのび太だ。
(わ、分かってんだよぉ…。うわぁ。怖えなぁ)
俺から約十八メートル前には、今からボールを投げるピッチャーの姿があった。俺はその鋭い視線にビビッてしまいそうだ。こうなったら、飛んでくるボールを思い切って振って当ててやろう。
ピッチャー振りかぶって第一球…。
「うらぁっ!」
“パァン!”
俺が振ったバットはボールに当たることなく空を切り、ボールはキャッチャーミットに収まった。
「ストラァイク!」
(えっ?あ、あれっ?)
「何やっとんじゃ!あんなどう見ても分かるボール球を振る奴がおるか!ボールをよく見ろや。バカタレぇ!」
「安村落ち着いて!」
ベンチから、監督と選手が俺に檄を飛ばした。どうやら俺はストライクゾーンにも被らない完全なボール球に対しバットを振ってしまったようだ。これでは相手バッテリーに経験が少ないことを知らしめてしまう。だが、監督から直々に打席に立つよう言われているのだから、期待されているのは間違いない。今度こそ落ち着いてボールを見よう。
第二球目。ピッチャー振りかぶって投げた球は…。
“パァン!”
「ボール!」
相手バッテリーは俺の経験値が少ないと察して相手にしないと決めたのか、ストライクを入れようとはしないばかりか、一塁にいるランナーが二塁へ盗塁しないかを気にして牽制球を投げている。俺はこの時に呼吸を整え、こう思うようにした。
(せっかくくれたチャンスなんだ。打席に立った以上、三振で帰れるもんか!)
そして、次の球は…。
「オリャァ!」
“カァン!”
やっとバットにボールが当たった!しかし、ボールは白いラインの外側へ転がった。
「ファールボール!」
俺はバットにボールが当たったことが快感になっていた。
「安村ぁいいぞ。その調子でバットにボールを当ててけ!」
(よし。こんな感じなんだな。何となく分かってきたぞ)
俺はバットにボールが当たったことに気分を良くしていた。しかし、この時既に、カウントは2ボール2ストライク。2アウトなので三振や打球を取られてベースを踏まれたらゲームセットになる。ここまで来たらどうにかして塁に出て、一番バッターに繋ぎたいのだが…。
“パァン!”
「ボール!」
ピッチャーはまたしても明らかなボール球を投げてきた。これで3ボール2ストライクのフルカウント。まさか、こんなことになろうとは思いもしなかった。相手バッテリーはファールとならない限り、打っても打たなくても次の一球で全てが決まることから、俺にプレッシャーを掛けてやろうと思ったに違いない。
俺はふと、一塁ベース付近のコーチを見た。すると、俺にサインを送っているのが分かった。
“思いっきり、振れ!”
それは監督がコーチを通して俺に出したサインだ。俺はサインを受け取ると、小さく首を縦に振った。たとえ試合終了になっても、もう何も思い残すことはない。
ここで、俺はピッチャーが何を投げてくるか分かった気がした。
(次は絶対、“ストレート”だな!)
俺がそう思うのは、相手バッテリーは俺が最初に完全なボール球にバットを振ったことで、“こいつは野球の経験が浅いな”と思い込み、それからわざとボール球を投げてバットを振らせないか、当たってもファールになるように仕向けたのかもしれない。そのため、ピッチャーは俺が全く打つ気がないと思い、空振り三振を狙って思い切って直球を投げてくると感じたからだ。こうなったら何が何でも、ボールをバットに当ててやると強く誓った。
(よし、来い!)
バッテリーの間でサイン交換が終わった。俺はピッチャーを睨み、一息吐くと、バットに全神経を集中させ強く握った。ピッチャーは振りかぶってボールを、投げた!俺はボールの動きを見て、バットを振った。
“カァーン!”
俺は持っている力を全て使い、バットを思いっきり振って、ボールを当てた。俺はボールを追いながらベースへ走っていく。
(どこでもいいからフェアゾーンに落ちてくれ!)
だがこの時、様子がおかしかった。何故か周囲が静まり返り、スローVTRのようにゆっくり動いている感じがしていた。更に俺はおかしなことに気付いた。
(えっ…まさか…そんな…嘘だろ?)
ボールはだんだん外野に向かって飛んでいく。相手校の外野手はボールを追うのを途中でやめて外野席を見た。俺が打ったボールは…外野の左中間に…消えた!そして、ボールを追っていた審判は、腕を回し、こう告げた。
「ホームラン!」
(え?入っちまったんだ…)
俺はこの様子を信じられずにいた。こんな俺がホームランを放ってしまったのだ。俺の中では99.99999999999999…パーセントあり得ないと思っていただけに呆然としてしまう。
「うぉぉぉぉぉぉ……!」
俺の中学校を応援するスタンドから歓声が沸き上がる。相手校の選手が呆然とし、ピッチャーががっくりと肩を落とす中、俺も事実が飲み込めないままベースを一個ずつ踏み、コーチと笑顔でハイタッチしながらホームベースへ進んだ。この時、俺は心の中でこう叫んだ。
(ホームランて、なんでこんなに気持ちいいんだよ!)
俺は先にホームベースへたどり着いた同級生にハイタッチで迎えられ、一緒にベンチへ引き上げていった。
「安村ぁ。よくやったぞ!」
ベンチでは監督をはじめ、試合に出ている選手たちが出迎えた。俺はそいつらとハイタッチで得点が入ったことを喜んだ。まるでサヨナラ勝ちを決めたみたいになっているが、この時点でまだ2アウトのままである。得点は四点差に縮まり、逆転のチャンスは十分ある。俺は次のバッターに後を任せた。
「安村、お前のホームランを無駄にはさせないぜ」
「ああ、頼んだよ」
俺はバッターを見送ると、ベンチに座って緊張を開放させ、水筒のお茶を一気に飲んだ。
(ああーっ、うまい!)
監督は俺のホームランに触発され、ここぞとばかりに檄を更に飛ばした。
「よっしゃ!今のホームランで向こうは動揺しとるはずや、これに付け込んでどんどん攻めていけ!」
バッターは大きく素振りをし、バッターボックスに入った。試合経験の少ない俺がホームランを打った様子を目の当たりにし、負けられないと思っていることだろう。ピッチャーが投げたボールに対し、バッターは…。
“カァン!”
初球を狙った打球は、これまた大きく弧を描いた。二者連続ホームランかと思ったが、スタンドの手前で急速に落下した。落下点にはボールが落ちることを予測していたかのように、外野手が待ち構えてボールを補り、2対6でゲームセットを迎えた。俺のホームランは、後続を盛り立てるまでには至らなかったようだ。
そして、バッターボックスに選手が並び、互いに一礼をし、握手を交わして健闘を称えあった。この時、俺と握手をしたのは、偶然にも俺にホームランを打たれたピッチャーだった。彼は笑顔で俺にこう声を掛けた。
「ナイスホームラン」
俺はすかさずこう返した。
「ありがとう…次の試合も頑張ってくれよ」
この瞬間、三年生は野球部の活動は全て幕を下ろしたのである。もちろん、俺は用具係としてバットやボールなどを再びバスに積み、中学校の部室に戻すことも忘れなかった。
中学校に戻った後、監督は全員をグラウンドに集め、三年生が一人ずつ最後の挨拶を行った。
「ほら、次はお前の番だぞ」
俺は恥ずかしさを感じながら、後輩たちにこう話した。
「俺は、用具係になって思ったことがあるんです。それは、試合に出られるレギュラーメンバーだけがチームではないってこと。ベンチで声を掛ける選手や、ベンチに入れず観客席で応援していた選手も、それに道具を用意する選手も、みんなまとめてひとつのチームなんです。ですから、皆さんも試合に出られないからと言ってふてくされることがないように一日一日真面目に取り組んでください。そうすればきっと、今日の俺みたいなことがあるはずです。頑張ってください!」
俺の話には割れんばかりの拍手が起こった。
「よし、これで全員だな。安村がええこと言ってくれたなぁ。お前らは野球部に入ったんやろ?バットを持って打ったり、グローブでボールを捕ったりするレギュラーだけで、野球やっとるんと思ったら大間違いやで。野球言うてもな、その他にもやることはいろいろあるんやぞ。たとえ安村みたいに用具係なんかにさせられても、どうせ俺は試合に出られへんからと思わんと、俺も野球に関われてるんやって意識を持たなあかんのや!ええか?」
「はい!」
「よし、今からお前らに約束したるわ。俺が野球部監督である限り、お前ら全員、引退までの間に最低でも一試合は代打でもええから出させてやる。ただし!毎日のトレーニングを真面目に取り組むことが条件やで。真剣にやれ!ええか?」
「はい!」
「今日はこれで解散!三年生の諸君。今までご苦労だった!」
「気を付け。ありがとうございました!」
俺は部員が家へ帰る中、監督に近付いて声を掛けた。
「あの、監督」
「どうした?安村」
俺は気になっていることを監督に聞いた。
「監督は、どうしてあの時、俺を打席に立たせたんですか?」
すると監督は笑顔を見せてこう答えた。
「用具係を務めてくれた、俺からの“お礼”や。ダジャレちゃうで!」
「えっ?“お礼”?」
「そうや。お前さっき言ったやないか。“試合に出られないからってふてくされるな”って。俺はお前がそういう意識をしとるのを買ったんやで。俺はお前が一年の頃からに部活を真面目に取り組まないのを重く見たから、わざと用具係をやらせたんやで。あれ、本当は最後通告でな、それでもふてくされるようなら本当に追い出すつもりやったけど、お前はあれからふてくされずに真面目に用具係もトレーニングにも取り組むようになったのが分かったから、せめて最後ぐらい、お前が試合に出る様子を見たかったって訳や。まぁあの時、お前の顔を見て思い出したんや。気付くのが遅くなってしまってすまんかった。でも、まさかホームランを打ったのは予想外やったけどなぁ。ハハハ・・」
俺は監督の言葉に心打たれるものを感じ、帽子を取って、監督に深々と頭を下げた。
「監督…ありがとうございました!
「おう!用具係、お疲れさん。用具係は、また別の奴に任せるわ」
これで、俺が部活動に参加することはもうないのだ。最初は嫌々参加していたが、今は何故だか引退しまうのが寂しくなっていた。
家に帰り、親にホームランを打ったことを伝えると、まずは誰もが疑った。
「ろくに部活に参加しなかったあんたが、ホームランなんて打てる訳ないでしょ?私たちが見てないからって嘘ついちゃダメよ!」
結局、家族は試合の様子を見ていた近所の人が話しをするまで、俺が嘘を言っているものだと思っていたらしい。息子が言うことを信じてもらえないって、なんてこった!
八月の県大会に出場したことから、他の部活動にいた三年生より夏休みが一ヶ月にも満たないように感じた。しかし、俺はこの日から高校受験に向けての勉強が本格的に始まることに変わりはない。これこそ真剣に取り組まなければならないことだ。
二学期を迎えると、校内では俺がホームランを放ったことが一時的に珍しがられたが、新聞などで大きく取り上げられることはなかったので、学校の外では話題にはならなかった。しかし、俺はもしかしたら、これがきっかけで野球に力を入れている高校からお誘いを受け、甲子園大会で活躍できるのではないかと淡い期待を寄せていたが、結局、どこからもお誘いを受けることはなかった。やはり、ビギナーズラックより常日頃から活躍している奴しか見向きされないのかもしれない。俺は仕方なく、一般受験で合格した高校に入学したのだが、そこには野球部がなかったため、二度とホームランを放つことはできなくなってしまった。だから、あれが「最初で最後のホームラン」なのだ。
俺は卒業後に中学校の近くを通ると、たまに野球部の様子を覗き見る。そこには俺と関わったことのない後輩たちが汗水流してトレーニングに励んでいる。俺はそこで用具係を任されている部員の姿を見た。彼もまた、もしかしたら野球部に入りたくなかったことを監督に見透かされたのだろうか。でも、真面目に取り組んでさえいれば、きっと俺みたいにまぐれでホームランを打ってしまうぐらいの活躍ができるに違いない。是非、彼には頑張ってもらいたいものだ。
月日は流れ、俺は家庭を持ち、男児を設けた。俺は息子を連れて毎年夏に行われる中学校の夏の大会を見に行く。その度に、俺は息子に話していることがある。
「父さんな、中学の時に夏の大会でホームラン打ったことがあるんだぞ。どうだ、凄いだろ?」
俺はその度に、息子にこう言われる。
「お父さん。もう、それ何回言ってるんだよ?去年も聞いたよ」
息子は、毎年同じことを得意気に言ってくる俺に呆れていた。でも、俺は夏のこの時期になると思い出してしまい、口にしないと気が済まなかったのだ。それだけ、あの時のホームランは俺の心の中にしっかりと焼き付いている。だから、この時だけは自慢させてほしい。それが、俺が生きている今の時点で、最高の夏の思い出なのだから……。
今度、俺が中学生だった時の野球部監督の墓参りにでも行ってこよう。俺が最初で最後のホームランを打てたのも、あの人の見る目があったおかげだからね。
(終)
自分も中学生の頃は野球部でした。話の主人公の安村同様、試合に出たことがほとんどなく三年を過ごしました。その時の自分を思い出しながら、実際にはあり得ないだろうけど、もしも、こんなことがあったら楽しかっただろうなぁと思いながら作成しました。
皆さんからの率直なご感想をお待ちしております。