台本選び(見送り会準備中)
その日。
放課後の部活動の時間には、森林高校演劇部メンバーは二年生と一年生しか部室にいなかった。三年生は模試やら何やらがあり、今日は部の方はお休みなのである。
だけどこれは、そろそろ近づく三年生の引退の時……それに合わせ、『先輩見送り会~受験頑張ってくださいね!~』をこっそり企画している後輩ズには、一・二年だけで相談しやすい、願っても無い状況だった。
「だからさ、見送り会で今まで演じた台本の、メインシーンをいくつか私たちがやって先輩方に見せるっていうのは、朝陽にしては良いアイディアだと思うのよ? 思い出の振り返りにもなるし、私たちはこんなに成長しましたーって、形で表現できるし」
「良いアイディアだと思うなら、そのまま採用すりゃいいじゃん」
「案自体はもう採用してるわよ? ただあんたの選んだ台本が、何でこんなラインナップなのか聞いてるの!」
部室の真ん中を陣取り、輪になって話し合いをする一、二年生たち。ホワイトボードにはでかでかと『見送り会プラン』と書かれ、指揮を執るのは赤いリボンをはためかせる湖夜だ。
彼女は一人だけ立ち上がり、床に並べられた台本を指差して、正面に胡坐をかいて座る朝陽を見下ろした。
「『田中さん家は明日から動物園』、『空飛ぶ爺ちゃん』、『席替え戦争~可愛いあの子の隣を手に入れろ~』……あんたの選んだ台本、全部コメディじゃん! しかも頭空っぽにして見る系のアホなのばっかり! おまけに大半が、大地部長がオチ要員で酷い目に合うやつ! あんた、部長たちを激励して見送る会だって分かってる? もっとマシな台本選んできなさいよ!」
「はぁ!? 失礼なこと言うなよ、湖夜! 『空飛ぶ爺ちゃん』は名作だぞ! 最後は涙無しに見れない感動作だ!」
「ダメよ! それ確か、部長が演じた孫が最後は爆発して死ぬやつなんだから! もっと部長がカッコイイ役をした作品を選ぶべきなの!」
激しい言い合いを繰り広げる幼馴染コンビに、周囲は苦笑しつつも、並べられた台本を各々が手にとり、ペラペラと捲って検証をしていた。
湖夜の言うように、今は見送り会で演じる予定の、過去作品の台本を選んでいる真っ最中である。
数々の作品を演じ切ってきた森林高校演劇部にとって、この台本選別作業は、口で言うほど簡単なものではない。三年生の激励の意味で演じるということで、内容はもちろん、先輩方がその台本にどんな風に関わって、どのくらいの思い入れがあるかなど、考慮した上で選び抜かなくてはいけないのだ。
さらには、過去に先輩のやった役を、後輩の自分たちがやることにもなる。メインシーンだけの切り取り型で演じるとはいえ、そうそう手を抜けるものでもない。
一つの舞台を始める基本にして、最初の悩みどころでもある大切な『台本選び』。
それはこの場面でも、大いに苦悩するところだった。
「えっと、湖夜ちゃん。とりあえず、演じる台本は三つなんでしょ? それなら一応、元は朝陽くんのアイディアなんだし、ここから一つは決定してあげたらどうかな? コメディも一個くらいはあっていいと思うよ」
「灯……っ! じゃ、じゃあ、ぜひ『空飛ぶ爺ちゃん』を……」
「あ、私は『席替え戦争~可愛いあの子の隣を手に入れろ~』に一票入れとくね。これ、芹香先輩がお気に入りの台本だって、前に言ってたし」
爺ちゃん……っと崩れ落ちる朝陽に構わず、湖夜は「それもそうね。じゃあ、席替え戦争は決定にしましょう」と、あっさりと首を縦に振った。
残る台本の枠は二つ。
スッと静かに手を挙げたのは響介だ。
「俺はこの、『音の死んだ世界で』を推します。タイトルに反して、効果音、BGMの使いどころが盛りだくさん。内容も綺麗な感じの抽象劇で、お客さんにも好評でしたし。暦先輩の一押し作品でもあります」
ずっと膝に抱えていた台本を掲げ、響介は片耳にイヤホンをぶら下げたまま、だけど彼にしては珍しく、熱の篭った声でプレゼンを行なった。
なお、暦先輩とは、三年の有川暦のことである。
風紀委員会に所属しているため、滅多に演劇部の方には顔を出さないが、有事の際には颯爽と現れて裏方関係の仕事をすべて片づけていく、スーパースタッフな眼鏡女子だ。
「暦先輩……実は僕、いまだにその姿を一度も拝んでないです……。たぶん他の一年も、誰も見たことないですよ。風紀って目立つ人間の集まりのはずなのに」
「暦先輩は、そのステルス機能と仕事の速さを買われて、風紀にスカウトされた人だからね。私もほとんど見たことないよ」
可愛い顔に難色を浮かべて腕を組むミッチェルに、横で体育座りをしていた空花が笑う。響介は暦に音響を教わったので、彼女のことをよく知っていたが、他の者にとっては今だ謎の人物である。
「でもいいね、私もその台本好きだよ。確か、耳の聞こえない女の子の話だよね」
「流石空さん、分かってますね。朝陽さんとは大違いです」
「そこで俺をディスる必要あったか?」
「じゃあ、二つめはそれで決まりね。ラスト一つ、どれにする?」
ホワイトボードに決定した台本の名前を書き込み、湖夜はみんなに問い掛ける。すると部員たちは『ラスト』という言葉の重みもあってか、一斉に真剣な目つきに切り替わり、それぞれが自分の主張を始めた。
「うーん、そうだな。『コメディ』に『抽象劇』と来たら、やっぱ……もう一個コメディだな! ここは『空飛ぶ爺ちゃん』で……!」
「もう無視でいいわよ、コイツは。私は部長の殺陣が冴えていた、『蒼に駆ける』をおススメするわ。新撰組の衣装も残ってるし、私が部長の代わりに、あの激しい殺陣のシーンを演じてみたいの」
「じゃ、じゃあ、私は『異形異形と心霊倶楽部』を推すね。芹香先輩の書いた脚本で、観客を恐怖のドン底に落とし入れたガチめなホラーもの。照明の不気味な色合いを、色々と試してみたいな」
「もう一個、俺が推すとしたら『世界の果てまで片道三分』ですね。世界の終末を描いた微ファンタジーもので、これも綺麗な作品です。音選びにも腕がなります」
「ぼ、僕は、少し毛色が違うかもしれませんが、みんなで初めて挑戦したミュージカルもので、『ワンダーワンダー』をやりたいです! う、歌には僕、それなりに自信ありますし!」
喧々囂々たる部内。
やはり皆、自分にとってお気に入りの台本というものが存在するので、このまま議論が紛糾するかと思いきや。
「あの!」と大きく声を上げた空花に、皆はピタリと口を閉じた。
「私は、先輩たちが私たちを迎える新入生歓迎会でやった、『ああ、素晴らしき演劇部』がいいな。芹香先輩が部のアピールように書いて、暦先輩がスタッフ関係のことを一人何役もこなしてやったっていうやつ。ほぼ大地先輩と芹香先輩の二人芝居だったけど、演劇部の日常を描いていて、とってもコミカルだけど青春していて、私は好きだったよ」
それに、と空花は言葉を切る。
「あのときの大地先輩の演技、私は凄く生き生きしていて良かったと思うし。とってもカッコよかったよ」
そのときのことを思い出しているのか、空花は小さな目を和らげて、優しくふんわりと微笑んだ。その表情や瞳は、まるで好きな人のことを語る恋する乙女のようで――――皆はパチクリと瞬きを繰り返す。
思わず一瞬、不可思議な沈黙が部内に下りるが、先に正気に戻ったのは湖夜だった。
「あ、ああ、そうね。あれは良い台本だったわ。あれでいいんじゃない?」
「お、俺もあれ好きだぜ。あれにするか!」
「本当? 灯ちゃんと響介くんはどうかな?」
まだ動揺が抜け切らない湖夜と朝陽は、それでも何とか空花に同意を示した。自分がどんな顔をして、どんな感情を込めて、大地のことを語っていたか気付いていない空花は、嬉しそうに残りのメンバーへと顔を向ける。
「俺もあれでいいですよ。……それにしても、こちらもようやくですか。引退間近で、面白い展開になりそうですね」
「私もその台本でいいよ。……新入生歓迎会の時の、大地先輩の話であの顔だよね? つまりは最初から、空花ちゃんはこっちだったわけか。うん、山崎唯斗君、ドンマイだね」
「うう、ついにそろそろ部長と憧れの空花先輩が……っ! 僕はギリギリまで邪魔しますよ! 応援しつつ邪魔しますよ! あ、台本は僕もそれでいいです!」
満場一致を貰えたことに、嬉々として台本を探し出す空花は、皆の生暖かい視線には気付いていない。
だけど確実に、物語の始まりと同時に、一つのエンドロールもまた近づいてきていた。
話しに出てくる台本は、全部流れで考えたやつです><
キャラのイメージっぽい台本を考えてみました。
あと恐らく二話で最終回です。
よろしければ、ラストまでドタバタにお付き合いくださると幸いです。