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裏方(とある少年の受難)

『じゃあね、唯斗。――――――ありがとう、さようなら』


 自分への狂おしいほどの愛情を打ち明けた後。そう言って瞳に涙の雫を光らせ、花壇の花が霞んでしまうほどの、儚くも美しい微笑みを浮かべた元恋人の少女。


 別れの時のその少女の、顔が。声が。存在が。

 寝ても覚めても忘れられず、彼女をフッたはずの彼・山崎唯斗は――――


「空花! 頼む、俺ともう一度付き合ってくれ!」

「はい、残念! 空花にはまだまだ会えません。演技力上げて出直してきてねー」


 ――――戦っていた。



●●●



 山崎唯斗はサッカー部のエースであり、見目も良く人当たりも良い。成績だって中の上だし、サッカー以外のスポーツも万能だ。そんな顔だけに限らず総合して『イケメン』という称号がしっくりくる、爽やか系勝ち組少年である彼は現在。


「今度こそ、今度こそ大丈夫だ。もう何が来ても怖れずビビらず、対処しきってやる。今日こそは空花と会って話をする。必ず、必ずだ……!」


 どう贔屓目に見ても爽やかとは言えない、追い詰められた形相で、ブツブツと自分に言い聞かせるように独り言を呟きながら、演劇部の部室前で立ち往生をしていた。


 彼が此処に来た目的は一つ。

 元恋人である少女・時里空花に会い、「よりを戻して欲しい」と頭を下げて頼むためだ。



 ――――もう一ヶ月以上前の話になる。


 唯斗は半年付き合っていた空花に、自ら別れを切り出した。


 別に喧嘩したとか、彼女に嫌気がさしたとか、そんなことは無い。彼女に不満があった……といえば、まぁ少しだけ、演劇大好きで他の事にはわりとクールな彼女に、「俺のことが本当に好きなんだろうか」とか、一抹の寂しさに似た感情があったことにはあったが。

 それでも、そんな好きなことへの一生懸命さと、サバサバした面を持ち合わせる彼女に魅かれ、唯斗から告白し付き合ったのだから、不満と言うほどでもない。


 なら何故、自分から告白した相手を、今度は自分からフッたのか。

 それはとても分かりやすい理由で……『他の女に目移りした』からだ。


 空花とのわりと順調な交際の最中さなか。唯斗は彼女の妹である、時里海音に気持ちを傾けてしまった。


 『そらお姉ちゃんの彼氏さんですよね、初めまして。お姉ちゃんの双子の妹の、海音って言います』


 そう言って愛らしく微笑む彼女は、なるほど、噂に聞いた通りの美少女だった。

 だけど最初は「流石に可愛いな。ま、空花の妹だし良い子そうなのも当然か」と、そのくらいの認識であったのだ。


 しかし、初接触からやけに海音は、事あるごとに唯斗の前に現れるようになった。

 女の子らしく気遣いも出来る……そんな空花とは違った魅力を持つ海音を、気付けば唯斗は目で追うようになっていた。

 そしていつしか完全に、唯斗は魅了の魔法でもかけられたかのように、海音に夢中になっていたのだ。


 唯斗には唯斗なりの葛藤があった。だけど最終的に、彼は空花ではなく海音の方を選んだ。

 それは紛れもない事実である。


 …………そんな自分が今さら、『もう一度俺と付き合ってくれ』なんて、虫がいい事は唯斗だって分かっている。

 それでも、別れたあの日から。

 空花のことが忘れられずにいるのだから、感情というのは理屈ではないのだ。


 

 とにかくそんな感じで、唯斗は再び空花とやり直したいという一心で、必死に行動を起こしているのだが。

 まず彼は――――別れてから一度も、空花と接触さえ出来ていなかった。


 それは一重に、彼女の仲間である『森林高校演劇部メンバー』に、唯斗は徹底的にマークされ、空花と会うのを邪魔されているからだ。


「さすが、新聞部調査による『敵に回したくない部ランキング』堂々一位だな……」


 いまだに演劇部室前で足踏みしている唯斗は、過去に受けた手痛いしっぺ返しを思い出して、イケメンにあるまじき仄暗い薄ら笑いを浮かべた。


 部室へ空花に会いに行けば、使用済みの小道具攻撃で追い払われ(血糊のついたナイフが飛んできたときは、殺られる……! と戦慄したものだ。もちろん偽物だが、完成度が高すぎて本物にしか見えなかった)

 それなら校内で会おうとすれば、誰かしらの部員に謎の小芝居で妨害され(目の前で血を吐かれたら、誰だって人命を優先するだろう。そっちも血糊だったが)


 なんか最早もう、空花とは関係ないところで、自分は体の良いおもちゃにされている気さえする。


 フッと自嘲気味な笑いを溢し、しかし此処でこうしていても始まらないと、唯斗はようやく心を決めた。

 無理やり自分を奮い立たせ、彼は汗ばむ手で勢いよく、目の前の扉を開け放つ。


「し、失礼します! あ、あの空花はっ」



「――――貴様、何者だ。名を名乗れ!」



「は」


 突きつけられる銀の切っ先。

 広がる聳え立つ城っぽい背景。

 セピア色の光が溢れる室内に、流れる荘厳なBGM。

 そして剣を構える、鎧を着た騎士のような出で立ちの男。 


「え、えぇー……」


 ――――――ドアを開けたら、そこは中世ヨーロッパ風の王国でした。


「名を名乗れ、と言っている。答えぬのなら、この聖剣・天叢雲剣あめのむらくものつるぎの錆に……」

「朝陽先輩、朝陽先輩。それ、前の日本神話をテーマにした劇の方の、聖剣の名前ですよ。世界観間違ってます。エクスカリバーですよ、エクスカリバー」

「マジ? うわ、台詞ミスった。あー……えっと」


 騎士の恰好をした茶髪の少年は、先ほどまでの迫力が嘘のように、間の抜けた顔で髪を掻いた。だがそれも一瞬で、彼は「とにかく良いから名を名乗れ!」と、些か強引に台本を軌道修正する。

 少年に耳打ちした、全身真っ黒な後輩らしき小柄な男は、恐らく黒子なのだろう。瞬きの間に音も無く消えていて、さらに唯斗は分けが分からず混乱した。


 これは、一体どういう状況なんだ?


「……おい、お前も早く台詞言えよ。アドリブでも名前くらいは言えるだろ。劇が進まないから早く名乗ってくれ」

「え、あ、ご、ごめん。えっと……や、山崎唯斗、です」

「ヤマザキユイト? 聞き覚えのある名前だな。貴様、まさか……」


 いや、聞き覚えがあるも何も、お前と俺は一年の時のクラスメイトだろ。


 そう唯斗はツッコみたかったが、タイミング良く「ババーン」という派手な効果音が鳴り、彼は口を挟むことすら出来なかった。

 そして音が鳴り終わると同時に、今度は騎士のマントがなんかイイ感じの風で翻る。よく見れば先ほどの黒子が、黙々と部室の隅から団扇で煽いでいた。


 まだ現状整理が追い付いていない唯斗を前に、騎士(役)の男は瞳を釣り上げて剣を構え直す。


「お前が我が王国の空花姫に狼藉を働いたという者か! 首を刎ねられる覚悟は出来ているのだろうな!」

「空花姫? え、姫?」

「お可哀想に、姫は貴様に弄ばれ捨てられた日から、食事も碌に取っておらん。もう三日も塩しか食べていない……あ、それは俺か。とにかく、母上である王妃・湖夜様も大層心配しておられる。俺は貴様を許すわけにはいかない!」

「え、ちょ、まっ!」

「問答無用、お命頂戴仕る!」


 勢いよく剣を振り上げる騎士に、またもや黒子の「そっちは前の前の、時代劇で使った台詞ですよ!」という声が飛ぶが、もう唯斗はそれどころではなかった。


 今日こそは空花と会う、どんな妨害にあっても負けず、もう一度自分とやり直してもらう。


 そう決意したはずだったが、迫る白刃と騎士の迫真の演技に、遂に至ってまともな神経を持つ唯斗の許容能力は限界を迎えた。

 回れ右。

 サッカー部で鍛えた足腰を駆使し、全力撤退である。

 「貴様、逃げるとは卑怯な!」という鋭い声が背中にかかるが、それに言い返す余裕などない。

 

 本日も唯斗は、演劇部員たちの妨害に敗れ、早々に舞台を降りてしまった。


 ――――ああ、これが浮気者への罰なのか。

 双子の間をフラフラして、失ってようやく空花の大切さや魅力に改めて気付いて。都合良く謝って復縁を迫ろうとする、残念な自分への、下されて然るべき天罰なのか。


 それでも、俺は。


「明日こそ、明日こそは絶対に……っ!」


 流れる景色の中で必死に足を動かしながら、唯斗はもう何度目になるか分からない、決意の言葉を口にした。

 自業自得なことは分かっているし、たぶん自分が演劇部員たちに勝つことは、それこそ一生無いだろうことも分かっている。


 それでも、再び空花と言葉が交わせるその日まで、唯斗は明日も明後日も、挑み続けていくつもりだった。

 

「と、とりあえず、演劇の勉強でもしようかな」


 ちょっと間違った方向にも進みつつ、今日も彼は演劇部から走り去る。



●●●



「ねぇ、そういえば海。ふと思い出したんだけど、唯斗とはどうなったの?」

「気安く話しかけないでよ! ……唯斗? ああ、山崎君ね」

「私、唯斗とは別れたあとに一度も会ってないんだけど……もしかして今、海と付き合ってたりするの?」

「付き合ってないし。私は別に、あんたから男を奪ってやりたかっただけで、あいつのこと好きじゃないもん。あいつ、イケメンだけど不憫臭がするのよ」

「不憫臭……なんか、ちょっと可哀想になってきた」

「……自分をフッて、妹に乗り換えようとした男に同情? 随分余裕ね。やっぱりあんた嫌い! さっさと頼んだ漫画買ってきて! あとアイスも! 早く!」

「えぇー。いや、どうせ本屋もコンビニも行く予定だったからいいけどさ。うーん、どうしてんだろう、今は彼」


 …………演技派双子にハンパな気持ちで手を出した、山崎唯斗の受難は続く。

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