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幕間(演劇部の暇潰し)

「もうびっくりするくらい暇で、どうしようもないくらい暇で、意味なく金魚の真似とか唐突にし出すくらい暇で。とにかく暇で暇でしょうがねぇから、久しぶりに『演劇部式・王様ゲーム』でもしようぜ」


 基本的に年中忙しい森林高校演劇部にも、講演や大会が一段落し、中休み的に時間を持て余す時は訪れる。そういう時も、部員の半数は何となく部室に集まり、各々好きなことをしているのだが。


 本日、朝陽の『ひまひまメーター』は限界値に達したらしい。

 先ほどまで部室の隅で一人、口をパクつかせ目を極限まで見開き、「デメキン!」とか誰も見てない一発芸を披露していた幼馴染みの脈絡のない提案に、湖夜は呆れ顔だ。


「またあんたは、暇になると思い付きで物言うんだから……」

「まぁまぁ、湖夜ちゃん。朝陽君の提案も悪くないんじゃないかな? 私も久々にやりたいよ、『演劇部式・王様ゲーム』」


 お説教モードに入りそうな湖夜に、床に座り込んで『あやとり』をしていた灯は、控えめに口を挟んだ。彼女も暇なのである。


「わぁ、懐かしい! 入部したての頃にやったよね、響介くん」

「はい。あれは演技の練習にもなりますし、みんなでやればいいのでは? 副部長もやりますよね」

「ふふ。私はいつでも、楽しいことには参加しますよ。大地君はどうですか?」


 音響用CDでイントロクイズをしていた空花、響介、芹香も、気色を滲ませ話に乗ってくる。言うまでもない、三者同様に暇だ。

 

「あのな、お前ら。別にやることが全く無いわけじゃねぇんだぞ? 小道具の整理とか部室の掃除とか、こういう時間のある時にこそすべきことがだな……」

「そういう大地くんも、暇過ぎて私の貸した星占いの雑誌を真剣に読んでるじゃないですか」

「よし、やるか王様ゲーム」


 パタンと雑誌を閉じて、大地は素知らぬ顔で大仰に頷く。部長からの許可が下りたぞと、一斉に盛り上がる部員たち。

 その中で一人首を傾げるのは、入ったばかりの新入生君だ。


 小柄な体つきに、色素の薄いふわふわの髪。絵画に描かれた天使の如き容姿の少年は、一年生の結城ゆうきみつる。部内共通のあだ名・ミッチェルは、「それはどんなゲームなんですか?」と、憧れである空花に子犬のような瞳で尋ねた。


 彼は新入生歓迎会での空花の演技に惚れ、演劇部に入った生粋の『空花信者』である。


「そっか、ミッチェル君は知らないよね。あのね、簡単に説明すると――――」



 ――――――『演劇部式・王様ゲーム』とは。


 基本ルールは、クジで当たりを引いた者が『王様』になり、他のクジに書かれた番号を指名し、運のない下民共に好きな命令ができるという、普通の王様ゲームと何ら変わりはない。

 

 ただ『演劇部式』になると、王様になった者は『お題』を与える。そして番号指名で王様が『役柄』を決め、当てられた者たちはお題と役に沿い、三分間ほど『即興劇』をしなくてはいけないのである。



「王様が『ロミオとジュリエットのラストシーンを、二番と三番がやる!』って言ったら、当てられた二人はすぐにやらなきゃいけないんだよ。これは台詞が決まってるからまだやりやすいけど、王様がオリジナルの状況設定をしてきたら、アドリブでやるの」

「ちなみに、二番がジュリエットで、三番がロミオって指定だとするわよ? それが例え、二番・朝陽、三番・部長という、絵面的にコリャナイみたいなのでも、当てられたらそれ通りに演じなくてはいけないの。王様の命令には絶対服従……恐ろしいゲームよ」


 空花に続いて説明をした湖夜は、「あれは悲惨だったわ……」と、凛とした顔立ちに沈痛な面持ちを見せている。どうも実際にあった例のようで、心なしか朝陽と大地の顔色も悪い。


「どんな変な役だろうが、無茶なお題だろうが、一演劇人の誇りとプライドにかけて、演じきらなければならない……」

「演劇人の登竜門、それが『演劇部式・王様ゲーム』よ!」

「まぁそんな大袈裟なものでもないですけどね」


 スポットライトでも当たってそうな立ち振舞いで、力説する湖夜と朝陽の幼馴染みコンビに、響介はくじ用の割り箸を用意しながら茶々を入れる。偶然にも割り箸が大量に出てくる響介のバッグに、「何だその物持ちの良さ!?」と驚く大地。


 そんないつも通りの適当なノリで、真面目なおふざけは始まった。




「王様だーれだ!」

「俺だ!」


 ――――赤く塗られた箸を、高らかに掲げたのは朝陽だ。

 彼は以前に小道具で創った王冠を被り、箱馬(舞台セットに使用する木の箱。平台と組み合わせて、舞台の高さを調節する)に踏ん反り返って腰かけた。

 「さぁ、余を楽しませよ愚民共!」と、調子こいた発言もしている。


「なんか朝陽君が王様だと、『王』っていうより『バカ殿』って感じだよね」

「冠よりちょんまげのヅラの方が似合いそうですもんね」


 そんな灯と響介の暴言も、今は王様の余裕でスルーである。朝陽は犬歯を煌めかせながら「じゃあ四番が山崎唯斗、一番が空花の役をして、二人の別れシーンを再現すること!」と、悪気ゼロで高らかに宣言した。


 そして間一髪入れず、後頭部に湖夜からの制裁を喰らう。


「いってぇ! てめぇ、王様の頭を叩くとか謀反か!? 極刑に値する所業ぞ?!」

「黙れバカ殿! あんたは一度、デリカシーの意味を辞書でひいてこい!」


 ずり落ちた冠を直して抗議する朝陽に、同情する者はいない。今のはどう考えても、国民にクーデターを起こされて然るべき発言だったと言える。


「てか、私が一番だよ? 本人じゃ面白くないよ」

「そういう問題じゃないけどな、空花」


 自分の失恋をネタにされても欠片も気にしない空花に、呆れ顔を浮かべる大地。そうこうしている間に、強制的にお題は変更になったらしい。絶対王政は形骸化し、「ちぇー。じゃあ、二番と三番が男を取り合って、修羅場シーンを演じることー」と、権力と意欲を無くした王様の声が部室に響く。


 それを聞いて、大地は密かに安堵した。

 彼の持つ割り箸の番号は『四番』。何が悲しくて、好きな女の元彼を演じなければいけないのか。


 役者心はあれど、そんな虚しいことはちょっと避けたいのが本音である。


 ちなみに、修羅場シーンを演じることになったのは灯と芹香で、「この泥棒猫! 人の男に手出してんじゃないわよ!」「はぁ? ブスが調子乗ってんじゃねぇよ! 引っ込んでろブス!」と迫真の演技をし、ミッチェルの心に「女の人って怖い……」とトラウマを植え付けたのは、また別の話だ。



●●●



 その後も、ゲームは順調に続いていった。


 王様を引いた灯が、「一番が女王様、六番が下僕でお仕置きシーン」という、大人しい見た目に合わないエグいお題を出したり。

 響介が「二番がイソギンチャク、五番がクマノミで海の仲間トークをする」という、変化球な演じにくい人外系のお題を出したり。


 それでも全員が、それなりの演技力と対応力で即興劇を演じ切ってしまうのだから、この演劇部のレベルは高いと言えるのだろう。


 ――――そして、訪れるラストゲーム。

 王様を引いたのは、ふんわりと微笑む芹香であった。


「ふふ。それじゃあ最後は、甘酸っぱい青春な感じでいきましょうか。そうですね、四番が鈍感な後輩役、六番がそんな後輩に片思い中の先輩役で、先輩からの告白シーン、なんてどうですか?」


 「性別は当たった人に合わせましょう。四番と六番は誰ですか?」と朗らかに問い掛ければ、「四番は私です!」と元気よく手が上がる。

 小さめな瞳に、やる気の炎を燻らせている空花が、どうも『鈍感な後輩役』のようだ。


「…………なぁ、お前。くじの番号とか見えてないよな? 仕組んでないよな?」

「あら、そういう大地くんは、もしかして六番ですか?」

「白々しいな畜生!」


 箸を床に叩きつける大地は、『後輩に片思い中で、今から告白をする先輩役』らしい。


 部員たちはキタコレ! と一気に色めき立つ。さすがは副部長。神の采配だと、皆は意気揚々と観客側に回った。

 舞台スペースに立つ主役二人に、期待を込めた視線が降り注がれる。


「あ、待ってください。こんな大事なシーンには、音響が必要です。今から俺がムードのある曲を探すので、暫しお待ちを」

「それなら照明もいるよね。大丈夫、私が必ず二人の大事な告白シーンを、光の演出で彩ってみせるよ」

「おい、何でそんなテンション上げてんだお前ら。これはただの『演技』だからな! ゲームの一貫での、役としての告白シーンなんだからな!」


 音響機器の電源を入れる響介に、照明の角度を調節する灯は、大地のツッコミなど聞こえていない。


「僕としては複雑です。憧れの空花先輩と部長が……。結婚式には絶対呼んでくださいねっ。滅茶苦茶にしてやりますから!」

「話が飛び過ぎだ! あとお前だけは何があっても呼ばねぇ!」

「いっそ私たちが乱入して、ハプニングでも起こしてさ……うっかりキスイベントとか……」

「既成事実さえ作っちまえば、こっちのもんだよな……それならまず俺が部長を……」

「そこの問題児コンビ! 仄暗い相談すんな!」


 ミッチェルと幼馴染二人も、別の方向で水を得た魚のように活き活きしている。

 空花の方はすでに役作りに入っており(役なんて作らなくても、まんま鈍感な後輩なのだが)、周囲の騒ぎには我関せずだ。


 焦るのは大地ばかり。

 男らしい端整な顔に妙な冷や汗を浮かべる彼に、芹香は「本番告白前の、予行演習とだとでも思えばいいですよ?」と、女神の微笑みで悪魔のような耳打ちをした。


 こうなったらここは『役』に徹して乗り切るべきか……そう、大地が葛藤の最中にいたとき。

 お約束といえばお約束で、タイミング良く(大地を除く部員達には悪く)、部室のドアが音を立てて開いた。


「おいコラ、このバカ共。今日の放課後は、このホールは科学部が良くわかんねぇ実験に使うってことで、一日使用許可を譲ったって言っただろうが。さっさと帰れ、撤収だ撤収」


 ――――現れたのは、髪をオールバッグにし、目許に酷い隈を作った二十代の男性だった。スーツをだらしなく着崩す彼は、演劇部顧問の数学教師・司馬しば円二えんじである。


「うぇー空気読めよ、司馬ちゃん。今からがイイとこだったのに!」

「ああん? お前にだけは空気読めとか言われたくねぇわ、朝陽。科学部顧問の長谷川からの催促がウゼェんだよ、三秒で帰れや。はい、一、二、三。出てけ出てけ」

「横暴か! この駄目教師!」


 司馬は元の見てくれは悪くなく、これで授業も分かりやすいので生徒人気はあるのだが、いまひとつガラが悪い。目許の隈だって夜中までオンラインゲームをしていたからという、不良教師な顧問の横柄さに、部員たちはブーイングの嵐だ。


 しかし、大地にとっては好都合である。「よし、仕方ないからゲームは中断だ。さっさと帰るぞ」と、そそくさ帰り支度を始めている。


 そんな大地を逃がすまいと、芹香は司馬に近づき、素早く現状を説明した。

  

「……と、いうわけでして。なかなかに面白いものが見れるチャンスなんです。司馬先生も一緒に御覧になりません?」

「へぇ、なるほどな。大地が空花に……」


 そりゃ面白れぇわ、と、ニヒルに唇を歪める司馬に、大地は嫌な予感が止まらない。

 ドカドカと部室内に入ってきた司馬は、打って変わって床に腰を下ろし、「しゃあねぇから、俺が顧問として監督を勤めてやるよ。さっさと告白劇を始めろ」と、見物モードを決め込み出した。


「長谷川先生は!? 科学部が待ってんだろ!」

「あ? いいだろ別に。あと一時間くらい待たしとけ」

「さっきと言ってることが違い過ぎる!」


 ――――この部に、大地の味方はいない。


 顧問まで加わった下世話な仲間たちの視線と、空花からの「部長と二人で舞台に立つのも、なんか嬉しいです」という天然あざとい発言に板挟みにされ(向けられた笑顔も惚れた弱みか、大地にはものすごく可愛く見える)、大地はついに観念した。 


「音響、スタンバイOKです」

「照明も準備完了だよ」

「舞台は僕が整えました!」

「俺と湖夜も乱入……見守る体制はバッチリだぜ!」

「素敵な青春恋愛劇をお願いね、部長に空花!」

「退屈させんじゃねぇぞー」

「それじゃあ、開始の合図は私がしましょうか」


「頑張りましょうね、部長!」

「もう、どうにでもしてくれ……」


 …………だけどもう二度と『演劇部式・王様ゲーム』はやらねぇと、大地は心の中で誓うのであった。



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