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開演ブザー(演劇部の秘密会議)

「あのね私、彼氏できたんだ」


 ――――そう空花がカミングアウトして、演劇部に震撼を走らせたのが約半年前。


 月日は流れ、空花の学年は二年になり、春の歓迎講演も終了し部内がまったりしていたところに、そのニュースは舞い込んだ。



●●●



「そういえば空花さ、最近、彼氏とはどうなの?」

「んー、えっとね、そろそろフラれそう」


 あっさりとしたその返答に、水無月みなづき湖夜こよるは、女子にしては凛々しい切れ長の目を見開いた。


 放課後の森林高校演劇部の部室。

 そこでは、早めに来た新部長の大地と、二年生メンバー(兼部の一名は欠席)が、各々自由に活動を行っていた。

 空花は湖夜と台詞の読み合わせをしつつ、合間にガールズトークに花を咲かせていたのだが。


 何気なく発せられた空花の、彼氏である山崎唯斗との破局間近宣言に、緩かった部室の空気は静かに一変した。


「……なに、喧嘩でもしたわけ?」

「そういうのじゃないよ。ほら、私に双子の海音っていう、人気者の妹がいるじゃん。私の歴代の彼氏はみんな、海音の方に靡いちゃってさ。今回もそのパターンっぽくて、近頃、唯斗の熱い視線の先には海音がいるんだよね。私の過去の分析からだと、高確率でそろそろフラれそうなの」


 台本片手に淡々と説明する空花に、ショックを受けている様子はない。

 すでに開き直っているようだ。


 そこで、茶色がかった髪の快活そうな少年・藤堂とうどう朝陽あさひが、「空花、あのイケメン彼氏にフラれそうってマジ?」と、デリカシーの『デ』の字もなく話に割って入ってきた。


「お前の妹の海音ちゃんって、可愛いって男子から超好評じゃん。勝ち目ゼロだな、空花」


 犬歯を覗かせ、そう邪気無く笑う朝陽の頭を、湖夜は台本を丸めて勢いよくはたいた。


 モデル体型で赤いリボンのポニーテールが特徴的な、女子にモテる役者担当・湖夜と、長身で容姿も華やかだが、劇部一KYな役者兼大道具担当・朝陽は、幼馴染のため互いに遠慮がない。


「うっ……飛んだ、今絶対せっかく覚えた台詞が飛んだ!」

「い、今のは仕方ないよ。確実に朝陽くんが悪いし」


 部室の隅で、照明器具を弄っていた浦井うらいあかりが、控えめな声で言い切った。


 灯は、前髪を花型のピンで留め、真っ直ぐ伸びたセミロングの髪が清楚さを漂わせる、小柄な女子だ。特別美人というわけではないが、守ってあげたくなる雰囲気で、密かに人気は高い。

 それ故、部活勧誘の際にチャラ男たちに絡まれ、風紀委員の演技をした空花に助けられたこともある。そこから演劇に興味を持ち入部した、照明担当のスタッフだ。


「朝陽くんの発言は気にしないで、空花ちゃん。朝陽くんはちょっと残念なだけだから」

「辛辣!」

「バカがバカなこと言ってごめん、空花。あとで私がもっとちゃんとシメとくわ」

「まだ俺に許しは来ないのか」


 自分の発言をイマイチ反省していない朝陽は、女子二人に責められてもなお、さらなる地雷を踏もうとする。


「なんだよ、どっちかっていうと、部長を応援している俺らには好いニュースじゃん。そうッスよね、部長。これでようやく部長にもチャンスが……」


 興味の無いふりをして、離れた処で台本の読み込みをしている大地(しかし台本は逆さまであり、彼の分かりやすい動揺が見て取れる)に、大声でそんなことを口にしかける朝陽。

 

 そんな彼の背中に、今度は何処からか飛んできたCDケースが、サクッと突き刺さった。

 「地味に痛い!」と喚く朝陽を、長い前髪の隙間から見据えるのは、灯の横で音響用CDの整理をしていた、音無おとなし響介きょうすけだ。


「何しやがる響介! 物投げんな危ないだろ!」

「要らない効果音CDの空ケースです。廃棄予定でしたので、安心してください」

「俺の身の安全の話な!」


 CDの心配じゃねぇし! というツッコミに、響介は「それはスイマセン」と平謝りだ。

 ボサボサの髪に、猫背で不健康さが漂う彼は、灯と同じスタッフで音響担当である。胸ポケットからは、愛用の紫のイヤホンが垂れており、隙あらば常に音楽プレーヤーを聞いている。


 しかし今は、朝陽の完全アウトな失言を、イヤホンを外して逸早く止めに入ったようだ。

 幸い空花の耳は、湖夜がファインプレーで塞いでおり、大地が云々~の話しは彼女には聞こえていない。

 それに大地は胸を撫で下ろしながらも、『空花に彼氏が出来た』と聞いた時と同じ、何とも形容しがたい表情を浮かべた。

  

 ――――半年前の話。


 空花と山崎唯斗が仲良く共に居るとこを目撃し、真っ先に情報を持ってきたのは湖夜だった。

 彼女は得意の声真似で、二人の恋人っぽい会話まで再現し(湖夜は男声もお手の物だ)、演劇部内に衝撃をもたらした。


 本人にも確認すれば、冒頭のセリフである。

 部員たちはいよいよ「こりゃ一大事だ!」となった。 


 この頃には部員全員が、大地の空花への恋心に気付いており、また大地も、痺れを切らした部員たちからストレートに指摘され、自分の感情を自覚済みだった。

 目を丸くして「え。俺、空花のことが好きなのか」とのたまった彼に、後に副部長・芹香は「無理にでも自覚させて正解でした」と、しみじみ語ったという。


 『部長も空花も演劇バカだから、進展が遅いのは仕方ない。お似合いの二人がくっつくのを、俺たちはのんびり見守ってやろうぜ。そして部長を弄って遊ぼう』……そう部員たちが、生暖かく部長の恋を応援していたにも関わらず。

 まさかのトンビに油揚げを拐われた。


 それでも大地は、複雑かつ穏やかじゃない感情を押し留め、空花のためを思い、あくまで良い先輩の演技を続けていたというのに。


 逆さまの台本を捲る彼の目は、分かりにくいが半分据わっていた。 

 ちなみに、大地の包み隠さない山崎唯斗に対する本音を挙げると……


 フルくらいなら付き合うな。

 妹に乗り換えるくらいなら付き合うな。

 ていうかお前が付き合うな。

 なんかもう色々ふざけんな。


 ……という感じである。

 些か理不尽だが、絶賛片思い中の彼の心情を考慮すれば、致し方ないのかもしれない。


 彼の荒れる内面は置いてけぼりに、二年メンバーの会話は続く。


「まぁ朝さんの軽率さや迂闊さは置いといて。それでも妹さんの方に……というのは、いい気のしない話ですね」

「うーん、私はもう慣れっこなんだけどね」


 苦言を呈する響介に、空花は軽い笑みで返す。彼氏が妹の方に行くのも、三回目となればネタ話でしかない。


「でも、大人しく『フラれ待ち』ってのも癪じゃね? なんかイケメン彼氏に、一泡くらい吹かせてやりたいよな」

「急に良いこと言うわね、朝陽」

「珍しいですね、まともな発言するの」

「そうだね。朝陽くんが怒られないこと言うの、一日に二、三回くらいだもんね」

「そこまで割合低くないだろ!?」


 演劇部恒例の朝陽弄りを静かに眺めつつも、人知れず荒みモードだった大地はそこで、悪ノリ半分冗談半分、あと大幅な鬱憤のスパイスも加えて、ボソッと呟きを落とす。


「…………それなら山崎唯斗に、演技の練習にでも付き合ってもらえばどうだ?」


 大地のその言葉は、やけに明瞭な響きを持って、部員たちの耳に届いた。

 まるで舞台に立った時のように、皆の目が一斉に輝き出す。


「いいですね、それ! ちょうど私、次の台本でやる『健気なヒロイン』のイメージに悩んでいて……。彼氏にフラれる場面設定なんて、健気キャラを演じるにはピッタリです!」


 誰より真っ先に食い付いたのは、当人である空花だ。

 自分が彼氏にフラれる状況を、『場面設定』とか言っちゃうところでもう、彼女も大概どこかおかしい。


 部員たちも部員たちで、劇部スイッチが各々入ったらしく、どんどん話しは広がりを見せ始めた。


「それなら、相手の出方も予想しねぇとな。フるときに、山崎唯斗が言いそうなセリフを当てようぜ、湖夜」

「そうね、どうせ『君に興味が持てなくなった。……すまないが、別れてくれないか』とかじゃない? お約束でしょ」

「相変わらずスゲェな、湖夜の声真似! そうしたら健気ヒロインとして、次の空花の第一声はどう出るべきか……あ、舞台となる場所も大事だよな」

「それは相手が呼び出しとかしてくるでしょうけど。どんな場でも臨機応変にいかなきゃね」


 湖夜と朝陽は、別れのシチュエーションについて真剣に考え出し。


「別れのシーンにBGMを流すとしたら、どれがいいですかね?」

「考えても実際に流せるわけじゃないけど、考えちゃうよね。私も、二人にどの色の照明をどう当てればいいかとか、つい想像しちゃうよ」

「職業病みたいなものですかね。照明はやはり、空さんを引き立てるようにすべきでしょう」

「音響は王道失恋ソングの、オルゴールバージョンとかどうかな?」


 灯と響介は、光と音についての談義を開始し。


「自分の性格と真逆なタイプの役だから、イメージ湧かず困ってたんだよね。今まで演じてきた役とも、全然違うし。唯斗の前で、上手く健気さを表現出来るかなぁ」


 ……何より空花がやる気満々なため、言い出しっぺである大地はもう、この流れを止めることは早々に諦めた。

 むしろ内心では彼も、「自分で言っといてなんだが、なかなか面白そうじゃね?」とか思い始めているところで、やっぱり大地はこの部の部長だった。


 ついに彼も話にノッてきたところで、遅れて現れた芹香が、「楽しそうな内容ですね。健気さを演出するなら、笑顔と泣き顔の、表情での演技は重要ですよ?」と極々自然に話に加わり。

 入部したての一年生で、『空花信者』でもあるベビーフェイスの期待のルーキー君が、「ここはもう、空花先輩をフったことを、思いっきり後悔させるような感じでいきましょう!」と、途中参戦してきて。


 他にも次々と来た部員たちが会話に交じり、誰が言い出したのか『逃した魚はでかかった作戦』というプロジェクト名もつき、部内は全体練習が始まるまで、この話題で大いに盛り上がった。



 ――――――そしてこれから一週間後。

 花々が咲き乱れる学校裏の花壇の傍で、空花が主演を演じる劇の、開演ブザーは鳴り渡る。




 そして短編『演技派ですので?』に続く……って感じです。


 そろそろようやく海音が登場予定ですが、その前におふざけパート入るかもです。マイペース更新ですが、またよろしくお願いします!

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