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稽古中・おまけ

前話の『稽古中(空花の日常の一コマ)』の後日談。おまけなので短めです。

「――――大地先輩は現在、好きな人とかはいますか?」



 森林高校の本校舎とは離れた処にある、丸い屋根の小さなホール。

 中はそれなりの広さがある此処は、照明や音響の機材が揃い、平台による簡易ステージも設けられた、演劇部の根城である。


 その部室の真ん中で、空花と大地は床に座り込み、並んで柔軟体操を行なっていた。


 本日は土曜日。

 近隣の公民館での講演が数日後に控えている故、今日は森林高校演劇部は一日練習の予定が組まれている。

 先日はクラスメイトの世良に絡まれ、放課後の部活に遅れたことを気にしていた空花は、早朝に誰よりも早く来たつもりでいたが、部室のドアを開ければ、すでに先輩である大地が着替えを終えたところであった。

 かくして朝から演劇バカ二人、講演で演じる劇の内容について「あーだこーだ」と意見を交わしながら、一緒にストレッチを始めることなったわけである。


 なお今回の演目は、二年の脚本担当の者が書いた学生青春劇だ。恋愛要素も多分に含まれている故、空花は話の流れで、昨日の世良との恋バナ?を思い出した。


 そして参考までに、と。

 大地に対して冒頭の問い掛けをしたに至る。


「好きな人か……」


 足を伸ばして上半身を捻る体操をしながら、考えること三秒。

 大地は「いないな」ときっぱりと言い切った。


「やっぱりそうですか……でもなんとなく、そんな気はしました。先輩はモテる癖に恋とか興味なさそうですもん」

「聞いといてそれか。ていうか別に俺、モテキャラとかではないと思うが」

「しらばっくれても無駄ですよ」

「しらばっくれてねぇよ」

「芹香先輩が言ってましたよ? 『大地くんは隠れファンが多いタイプなので、ああ見えて沢山の女の子から告白されたりしているんですよ』って」


 「十分モテキャラじゃないですか」と淡々とした声で言う空花に、大地は「どうしてあいつは後輩に余計なことしか吹き込まないんだ……」と、痛む頭を押さえた。


 普通にしていれば、精悍な相貌で男前の称号を貰えるはずの彼の表情や雰囲気は、奔放な部員たちのまとめ役として気苦労が絶えないせいか、今はその疲れが滲み出て歳よりも老けて見える。

 この先。

 いずれ部長に昇格する大地は、さらに厄介な部員も増えて、ますます胃薬やらストレス社会で戦うためのチョコやらが手放せなくなるのだが。

 ……それはまだ、彼が知らない方がいい一年後の未来である。


「それじゃあ参考ついでに、もう一つ聞きますね。やっぱり男の人はみんな、胸が大きくて顔立ちが愛らしくて、髪は長めのサラサラの艶々で、愛嬌抜群で誰にでも優しくて、趣味はお菓子作りで特にマドレーヌが得意で、ちょっぴり抜けているところもある、そんな女の子が好きなんでしょうか?」

「なんだそのやけに具体的な人物像……少女漫画のヒロインかよ」


 そうコメントする彼はまだ、空花の双子の妹である海音の存在は認識していないらしい。


 空花は純粋に演技の参考にしたい気持ち半分、ただの軽い興味半分で、開脚の姿勢のまま、大地の返答をワクワクと待った。小さめな瞳を期待で輝かせる後輩を前に、短く切り揃えた髪を掻いて、大地はひとまず無難な答えを口にする。


「いや、まぁ、そういう子が好みって男は多いだろうけどな。別に100人中100人の男が、そんな女の子が好きってわけじゃないだろ。好みは人それぞれだからな」

「それもそうですけど……じゃあ、大地先輩はどうなんですか? せっかくなので、先輩の好みを教えてくださいよ」

「俺の好みねぇ……」


 薄汚れた茶色い天井を見上げながら、大地はぼんやりと考える。

 その間、またしても三秒。

 特にそこまで深くは思案せず、彼は一番先に思いついた『自分のタイプ』を、ありのまま言葉にした。


「俺は、そうだな。何か一つ、自分の好きなことに向かって、一生懸命がんばっている子は、いいなと思う」

「ふむふむ」

「あとは、性格はサバサバしている方が、一緒にいて楽だな。優しいだけじゃなく、意思が強くて度胸のある、はっきりと話す子がいい。見た目はそこまで気にしないが、髪はどちらかというと、ロングよりショート派だ。好きなことに真っ直ぐで、飾らない子がタイプ、だな」


 …………自分の方が余程、具体的な人物像を述べていることに、幸か不幸か、大地自身はまったく気付いてはいない。

 空花も「なるほど、先輩らしい好みな気がします」と、自分と『大地のタイプ』との類似点に、一ミクロンも勘付きもしなかった。


 ――――ツッコミ不在、である。


「答えてもらい、ありがとうございます大地先輩。なんか台本中にもある、『教室にて、主要人物の男女数名で恋バナをするシーン』のイメージが、ちょっと固まりそうです」

「それなら何よりだ。あのシーンは小折曰く、自然な学生らしい会話の盛り上がりを、観客に見せて欲しいそうだからな」

「ふふ、そうですよ。あと出来れば、高校生特有の甘酸っぱさも、あのシーンで特に演出したいです」

「甘酸っぱさですか……でももう、私の役がすでに『ヒロインの彼氏に片思いをしてしまった、ヒロインの一番の親友』という役なので、なんかもう、切なさは設定だけでも十分ですよね」

「そこをどう、舞台上で役として表現し切るかだな――――と、いうか」


 大地はバッと勢いよく振り向いた。


 彼の背後には先ほどまでは居なかったはずの、大地と同じく二年の部員・小折こおり芹香せりかが、しゃがんで両頬に手を当て、ほんわかとした笑みを浮かべてナチュラルに存在していた。


「いつから居た? ドアが開く音とか気配とか、一切無かったぞ。あと、自然に会話に交ざり過ぎだろ!?」

「あらあら。ちょっと前には部室に来ていましたよ、大地くん」


 おっとりとした声でそう返答する芹香は、ふわふわの髪をハーフアップに纏め、暖かい印象を与えるタレ目がちの瞳に、柔らかな物腰をした、『淑女』という言葉が似合う品のある少女だ。

 大地と同期の彼女は、演出や舞台監督の経験もあり、今回の脚本の創作者でもある。


「まぁでも? お二人を驚かそうと、あえて気配を絶って声をかけなかったところはありますよ。びっくりしましたか?」

「はい、まったく来たことが分からず、びっくりしました! 気配ってどうやって消せるんですか?」

「ふふ。役者スキルを上げれば、誰にでも出来るようになりますよ。空花ちゃんもすぐに会得できます」

「嘘つくな。それは役者じゃなくて、忍者か暗殺者のスキルだ!」


 大地の渾身のツッコミも虚しく、ちょっとズレた感覚を持つ空花は「私も早く役者スキルを上げて、気配の一つや二つ消せるようになりたいです!」と息巻いている。

 そんな素直な後輩の様子を見て、芹香はニコニコ笑っているだけで、いよいよ場が普段のカオスな演劇部になっていきそうだと、大地が感じ始めたところで――――――


 ガラッとドアの開く音がして、また新たな部員たちがひょっこりと現れた。


「おっはようございまーす! 今日は俺、遅刻しなかった! 偉くね? 俺偉くね? な、湖夜」

「ちょっと五月蠅いよ、朝陽。大体あんたが今日遅刻しなかったのは、私がわざわざ、あんたの家まで迎えに行ってあげたからでしょ。ねぇ、響介きょうすけくん」

「はい、よるさんの言うとおりかと。あささんはあと一回の遅刻で、危うく罰ゲームでした。ですよね、あかりさん」

「う、うん。で、でも、遅れなかったしいいんじゃないかな? 流石に朝陽くんに、『一人だけで大量にある小道具の整理』って可哀想な罰っていうか……」


 やってきたのは全員、空花と同じ新入生メンバーだった。

 まだまだ制服姿に新鮮さを感じさせ、一年違うだけで若々しく元気溌剌な彼らの、部室に入っていきなりのハイテンションさに、もう大地はお手上げ気味だ。


 空花も空花で、まだ芹香と『役者スキルが云々』の話で盛り上がっており、先ほどまでの恋愛トークなど、大地も空花もお互いに頭の片隅へと追いやってしまった。



 ――――そして、いつも通りの演劇部の一日は始まったのであった。

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