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稽古中(空花の日常の一コマ)

 時里空花は双子である。

 片割れの妹は、校内どころか他校にまで評判の美少女で、名を海音うみねという。


 二卵性のため地味めな空花とは似ておらず、海音は二重に整った鼻梁で、非常に愛らしい顔立ちをしている。スタイルも、小柄だが胸はあるロリ巨乳。

 勉強はそこそこ出来て、運動神経にも秀でている。性格は明るく元気で社交的。誰にも分け隔てなく優しく、男子からの人気はもちろん、女子からも『理想の妹キャラ』として受けは悪くない。


 そんな二次元のヒロインにでもいそうな彼女だが――――双子である空花だけは、その本性を知っている。


『そらお姉ちゃん大好き! そらお姉ちゃんはいつも私に優しくて、面倒見も良い私の自慢のお姉ちゃんなの。私、そらお姉ちゃんと双子で本当に良かったぁ』

『ちょっと、そら! 頼んだ飲み物買ってくるの遅いんだけど。コンビニ限定のメロンソーダ、今すぐ買って来いって言ったじゃん。私と双子で、しかも姉の癖にマジで鈍くさすぎ!』


 …………上記は、どちらも海音の台詞だ。

 ちなみに、上が対その他、下が対空花用。


 言葉遣いはもちろん、表情や纏う雰囲気も、海音はきっちり使い分けている。

 両親を含めた周囲には、常にニコニコ笑顔で素直に可愛らしく。空花オンリーで、舌打ちでもかましそうな凶悪な顔つきで。


 つまり、空花の双子の妹である海音は――――空花以外には徹底して『天使な完璧美少女』を演じる、ある意味では姉と同じ、骨の髄まで『演技派少女』なのであった。



●●●



「なぁなぁ時里。お前ってさ、3組の海音ちゃんと双子なんだろ?」


 放課後に窓際の席で、日直の日誌を黙々と書いていた空花は突然、後ろから気安げに声を掛けられた。

 身体を反転させて、その声の主の方を振り向く。


「そうだけど。それがどうかした、世良せらくん?」

「あ、やっぱりそうなんだな! それならさ、さりげなーく俺のこと、海音ちゃんに紹介してくれない? 今度合コン開くから来て欲しくて。ちょっと話を持ち掛けるだけでいいから!」


 「超お願いします!」と軽い頭を下げる、後ろの席の少年に、空花は「またこういうのか」とため息をついた。


 海音の人気は止まるところを知らず、身内である空花を利用してお近づきになろうという、浅はかな輩は跡を絶たない。

 入学して三ヶ月半が経過したが、既に空花のところにこの手の話は、いくつも舞い込んでいる。


 最初はまず、あまりの似てなさに双子であることを確認され。そんなDNA鑑定が終われば、空花的には「知らんがな」といった興味のない理由を述べられた上で、「自分を海音に紹介しろ」やら、「海音との仲を取り持ってくれないか」やら。


 ワンパターン過ぎる奴ばかりで、演技の参考にもなりゃしないと、空花は辟易していた。

 こういう手合いは、きっぱり断る姿勢を貫いている。


「悪いけど、私はそういうの受付ないよ。世良くんのその高いコミュ力を駆使して、海音には自分で接触しなよ」

「つ、つれないこと言うなよ時里! だいたい俺のコミュ力って、『鬱陶しい、馴れ馴れしい、騒々しい』で女子に不評じゃん! 知ってるぞ、『壊れかけのスピーカー』って呼ばれてんの!」


 「でもこのテンションは止めない、俺のアイデンティティだから!」と、派手な赤渕眼鏡の奥を涙目にして喚く世良少年に、空花は苦笑いを溢す。


 ちなみにそのあだ名の由来は、『煩くて不愉快だから』だそうだが、決して悪意100%の悪口というわけではなく、お調子者で弄られキャラな世良に贈られた愛称である。


 そんな彼らしく自然体で、自分から海音に話しかければいいのにと空花は思う。

 それに『演技中の海音』なら、世良がいきなり絡んだとしても、邪険に扱うことはないだろう。


「大丈夫だって。私の仲介なんてなくても、海音は話を聞いてくれるよ。合コンも暇なら付き合ってくれると思うし」

「うう……でも海音ちゃん人気過ぎて、きっかけないと近づけないんだもんよぉ。やっぱり頼むよ時里! 軽く俺の話題を出すだけでいいから! ……あ、何なら逆に俺も、男を時里に紹介するし! 誰かいねぇの、好きな奴。もしくは気になっている奴でも可!」

「えー……」

「俺、通称『イケメンの集合体』のサッカー部員だし、人気な奴も紹介できるぞ! ……その集合体の中で俺だけ『異物混入』とか言われているけど。とにかく俺もギブ&テイクで協力するから、気になってる奴を言ってみろって!」


 思っていた以上に本気なようで、世良はわりと粘ってくる。

 もうほとんどの生徒が教室から出て行ってしまい、日誌の提出もある上に早く部活に行きたい空花としては、もうこの話は切り上げたいのが本音だった。


 しかし、根が付き合いの良い性格なため、彼女は真面目に『気になっている人』を考えてしまう。


「うーん」


 『好きな人』という明確な存在は、今のところ思い当らない。

 ただ気になる人といえば……いないこともなかった。


 隣のクラスで同じ委員会。

 奇しくもサッカー部員で、爽やか少年として人気者な『山崎唯斗』。


 彼に対してなら空花は少しだけ、『カッコいいなぁ』と薄ら、憧れにも近い気持ちがあることは確かだった。いくら『演劇バカ』とはいえ、そこは空花も年頃の女の子なので、そういう感情は少なからずあるにはあるのだ。


 だけどそれはまだ恋というにはあまりにも淡く、世良にわざわざ言うほどではない。大体紹介も何も、すでに委員会で多少は話す仲だ。


 ――――それに空花には、いまひとつ『恋』に踏み切れない『理由』がある。


「……やっぱりいないかな。残念だけど諦めて、世良くん」

「えぇー!」


 最終的にはそんな答えを出して、空花は日誌の書き残し部分に素早くペンを走らせ、ガタリと席を立った。


「私、部活もあるしもう行くね」


 これ以上話していたらいよいよ遅れてしまう。

 壁の時計を確認して、世良には悪いがもう行こうと、空花は本格的に帰り支度を始めた。

 もし此処に他のクラスメイトがいたら、むしろ空花は、よく世良の話に付き合ってやったと言うだろう。


 ……が、壊れかけのスピーカーは、それでもなお食い下がろうと「ま、待ってくれ時里! えっと、じゃあいっそ時里も、海音ちゃんと一緒に姉妹で合コンに参加するとか……!」など、必死に話を繋げようとする。

 

 そんな些かしつこい彼に対して、空花は困ったように眉を下げたあと…………演技の『稽古』も兼ねて、ちょっとくらい意趣返しでもしてやろうかと、悪戯染みた案を思い付く。


 そして。


「――――ねぇ、世良くん」

「え……?」


 フワリとショートの髪を掻きあげて、空花は口の端を釣り上げながら世良の名を呼んだ。

 その動作はやけに色っぽく、かつその声音や笑みには、何故か逆らえない威圧感のようなものが込められていた。


 急に雰囲気の変わった目の前の同級生に、世良は「え、と、時里?」と目に見えて分かるほど動揺している。


「私ね、やっぱり海音には、世良くんから声を掛けた方がいいと思うの。こういう頼みは他の人にもされるけど、全部断ったし。世良くんだけ、私が引き受けちゃうのはダメでしょ? 出された交換条件も成立しなかったし、潔く諦めて? それでもまだ、私にお願いしたいなら――――」


 ツッと唇を指先でなぞって、空花は笑みを深める。

 口調は幼い子供に言い聞かせるような優しいものだが、そこには謎の色気と迫力が含まれ、纏うオーラは妖しく、色で言うなら紫か黒だ。 


 さながら、男共を手玉にとる『麗しき悪女』の如き雰囲気で、空花は告げる。


「――――借りは相当高くついちゃうよ?」


 「ね」と止めとばかりに、淫靡で邪悪な微笑みを浮かべれば、世良は見事にカチンっと固まった。

 普段の空花からは想像もつかない、棘のある大輪の薔薇を思わせる、ダークな大人の女の魅力に完全に呑まれ、顔を赤くしたり青くしたりと忙しい。 


 そんな彼を横目に、空花はさっさとバッグを担ぎ、教室のドアへと向かった。出る前に『演技』を止め、いつものサバサバした様子で「じゃあね、世良くん」と軽く手を振る。


 「あ、うん」と、辛うじて手を挙げた世良を確認して、空花は急ぎ足で教室を後にした。……昨日ドラマで見た、悪役の女優さんの演技の真似をしたけど、やっぱりまだまだこういうのは色気が足りないかも、などと思いながら。



 ちなみに余談だが。

 これを機に世良少年は「俺って本当は、海音ちゃんみたいな可愛い系より、美人で踏まれたい感じのお姉さん系の方が好みかも……」と、新しい扉を開くことになったりする。



●●●

 


 空花が『恋』をすることに、心の何処かで若干踏み出せない理由は、何を隠そう海音にある。


 過去に二回、空花は恋人を海音に獲られているのだ。

 空花の彼氏に近付き、巧みにいつもの演技を駆使した(あるいはいつもより磨きをかけた)彼女に、恋人をあっさりと籠絡された。


 それに関して元彼や海音には、元より引き摺らない性分の空花は然程、怒り等は感じてはいない。当時はそれなりに悲しかったり残念だったりはしたが、そんな気持ちもすぐに薄れた。


 むしろそれより、『相変わらずうちの妹、演技すげぇな』という想いの方が強く残ったくらいだ。


 …………そもそも空花が『演劇』にハマった切っ掛けが、周囲を魅了する演技をし続ける妹の姿に、虐げられていることも忘れて感動し、演技の素晴らしさに気付いたからというのだから、彼女もなかなかにズレた図太い神経をお持ちである。


 まぁ、そんな感じの彼女なので。

 空花が恋に踏み切れない原因は、海音に劣等感を抱き、恋人をまた獲られることが怖くて……とか、別にそんな殊勝な話ではない。


 ただ「素の私の魅力では、妹の演技の前ではまた適わないんじゃないかなぁ」と、諦観にも似た乾いた思考が邪魔をするだけだ。

 決して「もう恋はしない」なんて誓ったわけではないし、好きな人が出来て、もし両思いになれたら……その人が自分より海音を選んでくれると信じて、もう一度付き合ってみたいとは考えている。


 これは空花自身も気付いていない小さな願望だが。

 空花は心の片隅で――――海音に目移りすることもなく、演技も抜きにした『素の自分』だけを見てくれる、そんな相手を欲していた。


 だけどそれはあくまで、自覚のない密やかな願いである。目下、彼女の一番の目標は『自分の演技力を高めること』なので、『恋』はまだまだ二の次だ。


 ――――――それでも案外。『そんな相手』は意外と近くに居ないこともなかったりするのだけれど。

 

 そんな『彼』との恋愛劇の舞台に空花が辿り着くには、あと少しの回り道と時間が必要なようである。

 なのでひとまず。



「ごめんなさい、日直で遅れちゃいました」

「あ、空花やっと来た! ちょ、聞いてくれよ、湖夜こよるの新しい声真似! めっちゃ某芸人そっくりなんだぜ! 今度の講演の前説(本番前に観客に説明する諸注意などのこと。時におふざけを交えてやることも)でやったら受けるんじゃねぇっかて話してたんだ」

「ふふ、本当にそっくりでびっくりしますよ。早く空花ちゃんにも聞いてもらいたいです」

「空花にも評価してもらわなきゃね。こっちはいつでも披露する準備は出来てるよ!」

「なるべく、空さんは厳しめ評価でお願いします」

「おい、お前ら。来たばっかの奴を急かすなよ。空花、ゆっくり準備すればいいぞ?」


 ガラリと部室のドアを空ければ、溢れてきた部員たちの賑やかな声に、空花は小さく笑った。


 『恋』も大切かもしれないが、今は目の前にいる仲間たちと、思いっきり演劇を楽しもうと思いながら、空花は部室に足を踏み入れるのであった。  

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