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幕開け(空花と大地の出会い)

短編『演技派ですので?』、『演技派ですので?――舞台裏――』に登場した、主人公・空花と、彼女に片思い中の部長の出会い編です。

よろしければ、短編の方もお読み頂けると有難いです。


 

 春は出会いの季節とはよく言ったもので。

 空は晴天。風は麗らか。

 小鳥は囀ずり、柔らかな日差しは、暖かく咲き誇る桜の花たちに降り注いでいる。


 そんな絶好の新入生歓迎日和に、彼は一人の少女と出会い――――斯くしてその喜劇は幕を開けた。



●●●



「君、そこの君! イイ体格してるねぇ、サッカー部どう? 明日のエースストライカーは君だよ! 球は蹴るに限るよな!」

「青春といえばバスケだろ! 爽やかさ、イケメンさ、キラキラ加減。君ならどのポジションでもヒーローになれるさ! 球は手で打つのが一番!」

「……おい、引っ込めやバスケ部。この少年は俺達が最初に声かけたんたぞ」

「……あ? お前こそ弁えろサッカー部。この少年が見てたのはどう考えても俺達の看板だろ」


「漫画研究部ー漫画研究部はどうですかー? 一緒に漫画甲子園を目指しましょうよー」

「君、絵好き? 彫刻好き? 陶芸好き? どれか一つでも当てはまるなら、美術部はどう? 目くるめくアートの世界を一緒に堪能しない?」

「お願い……オカルト実験部に入って……。幽霊部員でもいいから……新入生確保しないと廃部になるのよ……お願い……」



 ――――――本日、澄み渡った青空の下。私立森林高等学校の校門から校舎に続く一本道では、多くの人間がひしめき合い、個性豊かなプラカードや声が入り乱れ、激しい部活動勧誘合戦が行われていた。


 運動部も文化部も、ジャンル不詳の何かよく分からない部まで。

 二・三年生は、新入生に自分の部に少しでも興味を持ってもらおうと、とにかく必死にあの手この手でアピールを繰り広げ。そんな先輩たちの熱気に気圧されながらも、ぎこちない制服姿に初々しさを残す新入生の方は、真剣に自分の入るべき部を吟味している。



 …………そんな勧誘合戦を、桜木の幹に背を預け、少し離れた場所から、退屈そうに日景ひかげ大地だいちは見つめていた。

 長身にしっかりとした体格の彼は、チャラくない程度に制服を着崩しており、精悍な顔つきのなかなかの男前である。見た目だけでいえば、剣道部などに所属していそうな凛とした雰囲気ではあるが……濃紺の制服の上にはきっちりと、『おいでませ! 演劇部!』と達筆で書かれたタスキをかけていた。


「よお、日景。何サボってんだよ? もう将来有望な新入生は確保したのか?」

「あー……菱田ひしだか。いや、今のとこは特に」


 そんな大地に、サッカー部のユニフォームを着た、人の良さそうな顔立ちの茶髪の少年が、合戦から抜けて声をかけてきた。部を背負う二年生なら、誰もが熱くなるタイムリーな話題をふっても、あくまで大地はローテンションだ。そんな彼に、サッカー部の次期部長候補である菱田少年は、苦笑いで「おいおい」と返す。


「なんだ、やる気ねぇな。さっき演劇部スペースに、何人か新入生が来てたの見たぞ。芹香せりかちゃんにだけに任せてないで、お前も手伝えよ」

「俺は休憩中なんだよ。別にサボっているわけじゃなくてな。そういうお前こそ、サッカー部の方が人気あるんだから、抜けてきて平気なのか?」

「いや俺の方は、部長がバスケ部の主将さんと、一人の新入生を巡って小競り合いなっちゃって……。収集つかないから逃げてきた。ほら、クラスの女子たちが『けっこうイケメンな後輩見つけた!』って騒いでた、山崎やまざき唯斗ゆいとってやつ。聞き覚えある名前だろ?」

「そんな奴の話してたか?」

「ははっ、まぁ男の名前なんか覚えないか」


 落ちてきた花弁を間抜けにも頭に乗せながら、菱田は軽快に笑う。かと思えば急に、生娘を悪代官に進める阿漕な商売人のように、下卑た口振りと手つきで大地へにじり寄った。


「いやいや、しかし大地さん。男は覚えていなくても、可愛い女の子の新入生の名前くらい、覚えているでござんしょ? クラスで男子が騒いでるとき、あんさんも居ましたもんねぇ」

「……何だその口調。キャラ設定が甘いぞ。もっと時代劇を勉強してこい」

「いや、これはノリだから。ガチの演劇人視点で返さないで。……じゃなくて、なんとあの噂の、ロリ巨乳美少女・時里ときさと海音うみねちゃんが、我がサッカー部のマネになってくれるかもしれないんだよ! 凄くね!? あ、双子らしいけど、妹の方な。流石に海音ちゃんは知ってるだろ?」

「? いや知らん」


 大して考える素振りも見せず、そう即答した大地に、菱田は「そうだ、コイツはこういう話にも興味ないんだった」と肩を落とした。


 大地の所属している森林高校演劇部は、それなりに大会等での実績もある実力派。そんな部の次期部長につくであろう彼は、基本的に演技にしか興味のない、生粋の『演劇バカ』なのである。


「……うん。お前のそんなとこ、俺は嫌いじゃねぇよ? 彼女どころか好きな子すら、今後出来るか友人として不安だが」


 もちろんそんな大地は、わりとモテる癖に色恋沙汰にも興味はない。関心を示したとしても、それは『演技』の参考に……とかそんな感じだ。


「余計なお世話だ。それじゃあ、そろそろ俺は戻るわ。遅くなると先輩方にシバかれる」

「おーう。俺ももう少し休憩したら、ボチボチ戻るぜ」


 樹から身体を離して、大地は片手を挙げて菱田に別れを告げ、心地よい春風の中を気だるげに歩き出す。頭の中にはすでに、『山崎唯斗』やら『時里海音』などの名はインプットされておらず、明日から始まる体験入部時に披露する、ショート劇の構成について考えていた。




「ふむ……今日の段階でも、まぁまぁな人数が集まったな」


 勧誘ラッシュが落ち着きを見せ始めた頃。

 大地は紙ペラ一枚を片手に、部室に寄る近道として、人気の少ない校舎裏を通っていた。明日の体験入部に参加を申し出てくれた、一年生のクラスや名前の載った名簿を見つめて、思わず独り言をつぶやきながら。


 この森林高校は、偏差値は然程高くはないが、自由な校風と活発な部活動で有名である。部の数も県内一で、入部率はほぼ100パーセント。兼部している生徒も半数近くいるくらいだ。

 そんな、大半の生徒が青春を部活動へと捧げている学校であるが故、あの熾烈な勧誘合戦からも分かるように、この新入部員確保時期は、期末テストや修学旅行よりある意味一大行事と言える。


 本日、大地の持つ名簿に書かれた名前は六人分。俗にいう花形な部と比較すれば少ないが、去年の新入部員は大地を入れて三人だけだったのに比べれば、かなり良好な滑り出しなのではないだろうか。

 おまけにメンツも、華やかな容姿で舞台映えしそうな元気少年や、声マネが得意というスタイルの良い女子など、面白そうな人材が揃っている。


 大地が居ない間に来た一年生もいるので、全員は把握していないが、今年は期待できそうだ。あとは明日の体験入部で、他の部に逃がさないようにしなくては……。


「ん?」


 ――――そんな考えを巡らせながら、大地が校舎の角に差し掛かった途端。


 切羽詰まった女の子の「て、手を離して!」という、悲鳴に近い声が耳に届いた。不穏そうな空気を瞬時に悟った大地は、壁から顔を出して様子を窺う。


 校舎の壁を背に、前髪をピンで止めた小柄な女の子が一人。その子を取り囲むように、間違った方向に頑張ってしまった風袋の、違和感のある髪の立て方や着崩しをした、似非チャラ男が二人。

 学年ごとに色分けされている、男ならネクタイ、女ならスカーフの色が、どちらも赤なので、全員が新入生だろう。

 

「いいじゃん、これから暇なら俺らと遊ぼうよ。名前は? クラス何処?」

「彼氏とかいるの? 可愛いけど大人しそうだし、俺のカンじゃいないかなって思うんだけど」


 嫌がる女子の手を掴んで、古典的なナンパ紛いの台詞を吐く似非チャラ男たちに、大地は内心で「あー」とやるせない声を漏らした。

 これは、春の陽気と高校デビューという響きに頭を茹でられた、調子に乗った新入生たちの、これまた調子に乗った行為である。


 こういうのは後々黒歴史になるんだけどな……と、大地は短く切り揃えた髪をガシガシと掻いた。今後に関して心配になったのは、むしろチャラ男たちの方だったが、流石に涙目になっている女の子を放っておくわけにもいかない。見つけてしまった責任から、ここは先輩として助けに入り場を収めてくるかと、大地が一歩踏み出しかけた――――――そのとき。


「――――風紀委員です。校内で嫌がる女子に無理に迫るのは、校則違反ですよ。すぐにその手を離しなさい」


 そんな凛々しく、よく通る声と共に、一人の少女がチャラ男たちの前に颯爽と躍り出た。


 ショートカットの髪に、凹凸の少ない細い肢体。顔立ちも目立つ特徴がなく、どちらかといえば地味に分類されるであろう、容姿自体はパッとしない少女だ。

 だが、腰に片手を当てたその立ち姿は、堂々たるもので。小さな瞳を釣り上げて、冷たくチャラ男どもを見据える姿からは、どこか底知れない気迫を感じさせた。


 その胸元で揺れるスカーフの色は――――雄大な自然を思わせる、鮮やかな緑だ。


「ふ、風紀委員!?」

「え、風紀ってあの!?」


 目に見えて、チャラ男たちが動揺する。


 だが、それも無理はない。『風紀委員』という存在は、生徒たちから畏怖の対象であるからだ。


 この学校は本当に自由な校風であるがために、羽目を外しすぎる生徒も少なくはない。部内や他部同士の諍いも後を絶たず。何故か教師陣はのほほんとした人種が多く、争いが起きても「元気でいいですねぇ」と放置気味なので、くだらないものからわりと大事なものまで、学校内トラブルがとにかく多発する。


 それを、権力と場合によっては実力行使で諌めるのが、風紀委員のお仕事だ。


 『平等・公正・規則遵守』をモットーとし、度を過ぎた『違反者』には厳しい罰則を科す権限を持つ。

 メンバーは歴代風紀委員からの指名制で決まり、賢さや腕っぷしに自信がある者など、何かしらに『優れた人材』が集まっている。

 

 一年は赤、二年は青、三年は黄色と、学年で決まっている『色』も、風紀に所属する者だけは、学年問わず全員が『緑』を身に着ける。いわば緑色は、風紀特有のシンボルカラーだ。


 現れた少女の、胸ではためく鮮やかな緑と、何よりその『選ばれた者』にふさわしい迫力に、チャラ男ズがビビったとしても仕方がない。

 新入生とはいえ、いや新入生だからこそ、『風紀委員に目をつけられてはいけない』と、至るところですでに強く刷り込まれているはずだ。入学早々、風紀のブラックリスト入りなんてしたら、それこそお先真っ暗な高校生活になるだろう。


「今すぐ彼女を離し、ここから直ちに去れば、今回のことは見逃してあげる。風紀委員に顔を覚えられたくなければ、早く去りなさい」


 鋭利な刃物のような眼差しで射抜かれ、男共の肩が大げさに跳ねる。


 その風紀を名乗る少女の、気高ささえ感じる立ち振る舞いに、大地は感心しつつも…………始終、人知れず首を傾げていた。


「う……す、すみませんでした!」

「こ、今後はこういった行為はしないです。失礼します!」


 本当はお前ら、結構真面目な方なんじゃ? と思うくらい綺麗なお辞儀をして、似非チャラ男たちは脱兎の如く逃げ去った。


 力尽くではない、自分の存在の誇示と、凄みのある気迫だけで奴らを撃退し、絡まれている女の子を見事救出した風紀の少女には、賞賛を送らざるを得ないだろう。

 

 だが、やはり大地の疑問は尽きない。


 ――――――はたして風紀委員に、こんな少女は所属していただろうか?


 いくら演劇以外に無関心な大地といえども、いやでも目立つ人間が多い風紀メンバーの顔くらいは、ある程度把握している。人数もそこまで多いわけではないし、見れば流石に「ああ、いたな」くらいは思うだろう。


 けれど、この勇敢な風紀を名乗る少女の顔は、いくら思い返しても、大地の記憶の中にはなかった。


 腑に落ちず気になってしまい、大地が少女を観察していると、助けられたピン留めの女の子が、あわあわとしながらも頭を下げている様子が見えた。

 感謝の意を述べる声も聞こえてくる。


「あ、あの、助けてくださって本当にありがとうございます! とても困っていたので、凄く助かりました。出来れば何かお礼を……」

「いいよ、そんな大したことしてないし。あと、敬語も別にいらないよ」

「い、いや恩人ですし、それに先輩に敬語は当然……」

「? ああ、ごめんごめん! 実は私、あなたと同じ一年生。新入生だから」


 「え?」と、ピン留め少女と、大地の心の声がハモった。


「新入生……? でも風紀委員って……」

「――――あれは演技だよ。偶々通りかかったら、あなたが絡まれてるのを見つけてさ。あの男子たちは見たところ、根っからの不良さんってわけでもなさそうだったから、ちょっと脅したらすぐ追い払えそうだなって思って。風紀委員さんのフリしてみたの。即興で作った設定は、『冷静沈着でプライドの高い、クールな女風紀メンバー』って感じかな」

「だ、だけどスカーフが緑で……!?」


 実はね……と口角を上げ、風紀委員の演技をしていたらしい少女は、胸元からしゅるりとスカーフを外した。それを両手で広げ、ピン留め少女の眼前に掲げる。


「よく見たら薄ら、水玉模様が入ってるでしょ? これね、さっき廊下で拾ったの。誰かのお弁当でも包んであったやつかなって。落とし物として届けようと職員室を探してたら、道に迷って此処に来ちゃったんだ。じっくり見なきゃ、風紀のスカーフに見えるかも……って考えて、ハッタリかましてみただけ」


 少女はポケットに手を突っ込み、「本当はこっちが私のだよ」と赤いスカーフを取り出した。


「顔やスカーフがあんまりハッキリと見えないように、逆光になる立ち位置も選んだし。あとはもう、何処まで『風紀委員』に成り切れるかが勝負だったんだけど、成功したみたいで良かったよ」


 そう言って、赤い方のスカーフを結び直しながら、少女は悪戯っぽく笑う。


 そのあどけない表情は、先ほどまでのよく切れるナイフのような、鋭さも冷たさも窺えない。愛嬌はあるが十人並みな、至って『平凡な女の子』の顔だった。


 ――――――その変わりっぷりに、大地の身体に春雷でも落ちたような衝撃が走る。


 あの気迫や振る舞いが、まさかのすべて『演技』だったという事実に、彼は純粋に胸打たれ感動してしまったのだ。


 瞬時に『役』を創り上げ、それに成りきる高い演技力。似非とはいえチャラい男二人に、ハッタリをかます度胸は、きっと舞台でも活きるであろう。咄嗟に手持ちの『小物』を演技に活かすという、機転も効く。

 さらには立ち位置まで考慮していたというのだから、彼女の演技に対する考えの深さには、さしもの『演劇バカ』の大地でさえ、舌を巻くものがあった。


「す、凄いね。そんな演技が出来るなら、やっぱり入る部は演劇部だよね? ここの演劇部さんって、けっこう有名みたいだし……」

「うん。演劇部に入部希望。明日からの体験入部が本当に楽しみなんだ」

「いいなぁ。私はまだどの部かも決めてなくて……あ、そういえば、名前聞いてなかったね。良かったら教えてくれないかな?」


 ピン留め少女の控えめな申し出に、演劇少女の方は気さくに名乗る。


時里ときさと空花そらかだよ。新入生で同じ苗字の有名な子がいるけど、その子は双子の妹で、私は姉の方ね。ただの演劇大好きっ子だけど、これからよろしくね!」


 弾けるような満面の笑みを浮かべて、そんな自己紹介をした彼女・空花は、本当に心の底から『演劇が好き』なのだとよく分かる。


 そんな彼女の様子を、遠くからずっと見ていた大地は何故か……きゅっと心臓を絞られるような、謎の感覚を味わった。

 先ほどの、彼女の『演技』に対して抱いた、打ち震えるような情動とはまた違う。不思議な胸のざわつきに、大地は頭に疑問符を飛ばした。


 ――――なんだこれ、不整脈?


 「病院に行くべきか……」と大地が的外れでベタな思考を展開している間に、すでに仲良くなった女の子二人は、その場からさっさと立ち去ってしまった。


 残された大地はなんとなく手元の名簿を見つめ、そこにある『時里空花』の名前に、再び鳴る心臓に首を傾げるのだった。




 …………なお、彼がこの感情の正体に気付くのは、もう少し先。演劇部に入部した空花と、はちゃめちゃな演劇ライフを過ごす過程で、個性的な仲間たちに指摘されてようやく自覚することになる。

 その頃にはすでに空花には彼氏が出来ていて……とまぁ、別の一悶着もあるのだが。


 ひとまずこの日確かに、何処からともなく開演ブザーが鳴り響き、騒がしい舞台の緞帳は開いたのであった。

短編時は、続編希望や連載希望のお声をありがとうございました!

のんびりまったりやっていくので、よろしければ気楽にお付き合いくださると嬉しいです。

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